『そうだ、サマキャンに行こう!』~吃音と歩んだこれまで、これから~ 2

 昨日の続きです。今回の報告のように、参加者だけでなく、スタッフが家族と一緒に参加することは珍しくありません。サマキャン卒業生が我が子と一緒に参加したり、一緒に参加していた親やきょうだいがスタッフとして参加したり、「吃音ファミリー」ということばがふさわしい集まりです。それぞれのセルフヘルプグループができ、それぞれにとってのサマキャンがあるようです。

第26回吃音親子サマーキャンプ報告 2
『そうだ、サマキャンに行こう!』~吃音と歩んだこれまで、これから~
               掛田みちる(教員・京都教育大学連合教職大学院)
               掛田力哉(教員・大阪スタタリングプロジェクト)

3.サマキャンは「気づきの場」である
                              掛田力哉

①そうだ、サマキャンに行こう!

 サマキャンは、私に結婚という大きなプレゼントを与えてくれた。さらには、親として2人の子どもの子育てに携わる貴重な時間も与えてくれた。大きな幸せを手に入れながらも、ふとした瞬間に露呈する私の自分本位で器の小さな姿は、あらゆる場面で妻や子どもたちを悲しませ、多くの迷惑をかけてきたのが実情である。
 この10数年は、吃音と向き合う日々であると同時に、自分自身の人間としての「育ち直し」を迫られる日々でもあった。その育ちを支え、指針を与えてくれたのは、吃音ショートコースや大阪吃音教室等での吃音についての学びであり、論理療法やアサーション等の様々な人生課題に対する広く深い学びの数々であった。そして何よりも愚かな自分に勇気を与え、「豊かに、誠実に生きる」ということの意味を教えてくれたのは、自分の吃音と真剣に向き合い、年々個性豊かに立派に育っていくサマキャンの子どもたちの姿、その姿をまっすぐに信じる親たちの姿、そして働き者で魅力にあふれたサマキャンのたくさんのスタッフたちの姿だった。愚かなりにも学び考えながら、1人の人間として、親として、教師としての自覚を深め、少しずつは成長してこられたのは、正にサマキャンがあったおかげである。そして、これからもその学びは続いていくのである。

 そんなサマキャンに、自分の子どもたちを連れていきたいと強く思い始めたのは、上の子どもが小学生になった頃からだった。初めて子どもの授業参観に出かけた日、その日の学習は「クラスの友だち当てクイズ」のような内容で、それぞれの子どもの特徴がヒントとして紹介され、それは誰かを当てるというものだった。皆が異なる個性や違いを持っている…というような人権教育的なねらいの授業であったと思われるが、教室の後ろに立つ私は刻一刻と自身の惨めな小学生時代を思い出し、全身が足元から凍り付いてくるような、頭上から熱湯をかけられ真っ赤に腫れ上がってくるような、言葉に出来ぬ恐怖に打ち震えてしまっていた。
 「もし、自分の名前が呼ばれなかったらどうしよう…」
 私は、すっかりそのクラスの一員となってしまって、誰も自分のことに興味など持っていない、忘れ去られた存在であるという現実に押し潰されかけた、ちっぽけな少年になり果ててしまっていた。
 子どもの名前は、なかなか呼ばれなかった。彼の不安そうな表情が見てとれた。しかし驚いたことには、彼はちゃんと手を挙げ、消え入りそうな声ではあったが、友だちの名を挙げてクイズに正解しようと頑張っているではないか。私は愕然とした。そして、気付いた。「彼は、私とは違うのだ」という厳然とした事実に。彼は、クラスでそれほど目立つ存在ではないが、人間関係に立ち向かい、学習や様々な活動に取り組み、ちゃんと生きているのだ。学習の後半、「泳ぎがうまい子」「足の速い子」というヒントで、ようやく自分の子どもの名が呼ばれ、彼もほっとした笑顔で隣の子と笑い合っていた。そして、こちらに顔を向け、愚かな私の顔を嬉しそうに見つめていた。

 小学生時代の私は、人間関係からも、勉学やスポーツの努力からも、何もかもから逃げ続けた。惨めで孤独な日々ではあったが、見方を変えれば、それはそれで「楽な」道を選んだに過ぎなかった。図書館で一人本を読みふけっていれば日々は過ぎていったし、自分が何を言わずともクラスの決まりごとはどんどん決まっていった。今こうして大人となり、大阪吃音教室に通い、吃音キャンプでたくさんの子どもたちに出会う中で、あの時の「何か」を変えられる力が、本当は自分にもあったはずだということを思い知らされてきた。吃音を憎み、己の苦しみを理解しない周囲を憎み、何もかもを誰かのせいにして、ふてくされたように過ごした日々を変えられるのは、自分以外の何者でもなかったのだ。そんな子ども時代をもう一度「やり直したい」とは露ほども思わないが、私は今正に現実の子ども時代を懸命に生きている自分の子どもに、少しばかりの羨望の思いを抱いた。そして、彼に私がしてあげられることは一体何だろうと考えた時、私は自分の愚かな子ども時代の失敗の数々を伝えることではないかと思い至った。
 担任の話をよく聞かずに軽い気持ちで手を挙げ、2学期の始業式で「夏休みの思い出」を全校生徒の前で発表するはめになった彼。泣きながらも原稿を書き上げ、見事に大役を果たした彼を、私は「自分が子どもの時なら絶対逃げていた」と大いに褒めちぎった。「何だ父ちゃん、自分にできないことを、人にやれって言ってたのか」と嬉しそうに笑う彼。そんな事を繰り返しているうちに、子ども時代の父の様々な行動の原因となった「吃音」に、子どもたちも少しずつ興味を持つようになっていった。親戚の集まりでどもった私の姿をビデオで見た彼が、「あっ、今父ちゃんどもった!」と嬉しそうに言う姿もみられるようになった。家族の中で「吃音」「どもり」という言葉が自然に交わされるようになってきたことが、何とも嬉しく、不思議な思いがした。
 そんな日々の中で、やらなければならない事が2つあることに気づいた。子ども時代の父は、どもることで発表や人間関係、学業その他からも逃げ、つまりどもりは自分の人生から逃げるための理由でしかなかった。しかし今、自分にとって吃音は自身の人生を形作る上で欠く事のできない、大切な存在であったことに気づき、吃音を通して己の学びが豊かに広がっているのだということを、子どもたちにしっかり伝えなくてはいけない。

 吃音は人生の可能性を何ら狭めるものではなく、むしろ生きるテーマとなって私たちを育てる原動力になることを、自分の子どもたちに少しでも良いから感じてほしいということが、まず1つ。そしてもう1つは、子どもの時の父とは異なり、今正にどもりながらも己の吃音から目を背けることなく、どもりと向き合い、自分と向き合って誠実に生きようとしている子どもたちが沢山いることを伝えなければならないということだ。
 どもりに悩み、苦しみながらも、人間関係の中で豊かに楽しく生きようとしている子どもたちがいること、自分の言葉で誠実に自分のことを考え、語ることのできるすごい子どもたちがいるということを、自分の子どもたちにも知って欲しかった。
 その為には、そうだ、サマキャンに行こう! 幸い、大学院生として学ぶ妻も今年は絶対スタッフをやりたいと言っているし、私ももちろん行くつもりだった。両親がスタッフなのだから、子どもたちも必然的について行かなければならない。下の娘も小学校に上がり、友だち関係などについて色々考え始めるようになっていた。今こそチャンスだ。子どもたちも最初はぶつくさ言っていたが、山登りができるよ、虫捕りもできるよ…と甘言を弄して何とか一緒に参加することに同意した。「劇は、絶対やらない」と二人とも言っていたが、私はそんな事を言っていても思わずやりたくなってしまうキャンプの魔法を知っている。「いいよ、やらなくても」と平然と言い置き、初めての家族総出のサマキャンへ出発した。

②僕は、友だちを作るのが苦手

 いよいよサマキャンのスタート「出会いの広場」が始まった。多くの参加者たちが和気あいあいと話す中、初参加の家族はどことなく不安そうに肩を寄せ合っている。ただ、中には初参加にも関わらずすっかり親と子が離れて座り、子どもの方はずっと前から知り合いであったかのように他の子どもたちに混じって冗談など言い合っている姿も見られる。人は皆、違うのだ。私の子どもたちはと言えば、普段は喧嘩ばかりしているのに、この時はぴったりと二人寄り添って母親の近くに座り、様子を窺っている。始まったばかりなのに、ゲームがあり、歌があり、そしていきなり寸劇のような表現活動もありの独特な雰囲気に、子どもたちも圧倒されているようだ。正に、サマキャンの「洗礼」というやつだ。しかし、表情は少しずつ和らいでいくようだった。開会式のあとすぐの夕食の場では、もう私たち親子も別々に座り、下の娘は隣のお姉ちゃんと何やら楽しそうにおしゃべりまでしている。私の方と言えば、気にせずにいようとは思いながらやはり子どもたちの様子が気になってチラチラと視線を送る。上の息子は、まだ表情も硬く、黙々と食事をしている。初めて参加する親の気持ちが、この時初めて少し分かる気がした。学校でさんざ辛い目に会った我が子の姿を見て、何とかこの子を救いたいという親心から参加したであろうサマキャンの場で、自分の子どもが居場所なくうつむいている姿を見たとき、親の胸ははちきれんばかりだろう。しかし、サマキャンは親と子がそれぞれの課題と向き合う場であり、そこで手を差し伸べ、親子がずっと共に過ごしたのでは意味がないのだ。
 「子どもの力を信じ切ること」、私はこの10年間、サマキャンの素敵な親たちの姿からそれを学んできた。きっと大丈夫。自分にそう言い聞かせながら、子どもの姿を遠くから見守るようにした。
 上の子は、時折私の所へ駆け寄ってきては「自分で風呂入ったで」「荷物も整理できたで」「布団、自分で敷いたで…」と状況報告をしてくる。健気に頑張る彼を大いに褒めては、「頑張りや」と送り出す。多くの子どもたちが自分の吃音について「話し合い」の時間などで思いを分かち合い、打ち解けていく中で、どもらない彼はサマキャンの中ではマイノリティである。不器用な彼が自分の居場所を見つけるのも一苦労だったことだろう。そんな彼がそれまでとは少し違った表情で近寄ってきて、そっと耳打ちするように「友だち、出来たで」と嬉しそうに言った時、「そうか、良かったなあ!」と思わず私も胸が熱くなった。どうやら、初参加の子が話しかけてくれて、二人で将棋などするようになったらしい。いつの間にやら、朝夕の野球の輪にも加えてもらい奔走している彼を見て、ほっとしたような羨ましいような、不思議な思いにかられる。子ども時代の自分がもしサマキャンに連れてこられたとしたなら、すぐにその場に馴染めたとは到底思えないし、素直に自分の吃音と向き合う気持ちになれたかどうかも、疑わしく感じてしまうのも事実だ。

 しかし、しかしである。私は今しみじみと思う、「ああ、もしサマキャンがあったらなあ!」と。人と出会い、少しずつ心開いて関わる不安や喜びを、もっと早くに経験していたらなあと、私はサマキャンの子どもたち、自分の子どもたちを見ながら切に思うのである。この思いはきっと永遠に私の胸から消えることはなく、親として、教師として、子どもに関わる上での何よりのテーマとなり糧になるのだと、私は感じている。
 2日目の朝、恒例の作文教室があった。勿論、自分の子どもたちも原稿用紙に向き合っているが、何を書けばよいか途方に暮れている様子。私はそっと「吃音キャンプに来てから、今までのことをそのまま書けばいいんだよ」とアドバイスした。しばらく経って、彼の原稿用紙をふと覗くと、そこにはなかなか友だちが出来ず不安だったこと、初めて一緒に遊んでくれる友だちができて嬉しかったことなどが素直に書かれていた。「僕は友だちを作るのが苦手なので」という一文を見た時には、ハッと驚いた。彼はもうそんな風に自分を客観的に洞察し、自分の弱さを表現できる勇気を持っているのかと驚いたのだ。いや、それはむしろサマキャンだからこそ出来たことなのかも知れない。自分はこういう人間だと、最初から丸腰で自分を開いて率直に語り合うサマキャンの子どもたちの姿に、彼も余計なものをはずして素直に表現して良いのだと気づかされたのではないか。彼の作文がその後どんな風に続いていったのかは知らない。
しかし、「作文チェック」の渡辺貴裕さんに読んでもらい、合格をもらって嬉しそうに駆けていく彼の姿に、私は彼がサマキャンでまた1つ何かを得た瞬間を見たような心持がしていた。
 ちなみに、下の娘に関しては何を書いたのかも全く知らない。きっと誰かが絵日記用の用紙など渡してくれて、機嫌よく絵日記を描いたのかも知れない。同じ場所にいながら、自分の子が何をしているのかも全く知らずに過ごせるというのも、サマキャンのすごみである。みんながそれぞれ、どこかで勝手に頑張っていて、しかも、いつも誰かがどこかで助けてくれているのである。そんな不思議な緩さと温かさと安心感が、一人ひとりを育ててくれる、やはりサマキャンは大きな家庭なのだと、今振り返って改めて感じている。

③サマキャンは「気づきの場」である

 宿泊部屋では、父親たちと色々な話をした。隣のベッドには丁度初参加の父親がいて、初めて子どもを参加させた不安や心配などを色々と分かち合えて、私も心強かった。その初参加の父親が、戸惑っていた。子どもが、宿泊部屋を抜け出して父親のベッドに眠りにくるのである。原則、子どもは縦長集団の子ども部屋で寝るのがサマキャンのルールである。他の子は皆、子ども部屋で寝ているのだからと、父親は困惑し、何とか部屋に帰らせようと説得していた。子どもは泣いている。そこで、私はとっておきの「秘密」を伝えた。実は、私の下の娘も、夜中こっそり宿泊部屋を抜け出して母親の布団に入っていたのだ。「よその子と自分の子を比べるのではなく、ありのままの自分の子どもの力を信じ、そっと見守ること」。私は、それをサマキャンの親たちの姿に教えられてきた。人は必ず変わることができる。しかし、行きつ戻りつ、時間がかかる。人それぞれに違った成長の道がある。その真実を、サマキャンの子どもたちは私に教えてくれた。そして、それを真っ直ぐに信じる親たちの姿を、私は10年間見続けてきた。だから私はその父親に言えた。「大丈夫ですよ」と。
 その子は劇の練習も最初とても嫌がり、帰りたいと父親に訴えたようで、父親は悩んでいた。しかし、それも大きな問題ではないと私はその父親に伝えた。劇が嫌いでも、話し合いは好き。作文は大嫌いだけど、休み時間の遊びは大好き。今年は劇が辛かったけど、その次の年は劇が楽しくて仕方なかった。大人の思惑や願いとは全く関係なく、子どもは自分でその時々に自分の楽しみをちゃんと見つけ、自分の力の試しどころを発見し、成長の種を着実につかんでいく。子どもの課題はあくまで子ども自身の課題であり、子どもたち自身にそれに取り組んでいく力があるという認識があれば、親が過度に責任意識にかられ自分を責めたり、子どもを責めたり憐れんだりすることは無くて良いのだということが分かる。

 私は、10年間のサマキャンで出会ってきた数多くの子どもたちの姿から、それを教えてもらった。また、それぞれの活動を嫌がる背景には、その子どもの持つ歪んだ先入観が関係していることも分かってきた。数年前に出会ったある子どもも、やはり劇を強く嫌がり、練習が始まる度うつむいて殻にこもっていた。しかし、皆で動物の形態模写をやってみたとき、彼はそれまでとは全く違い、生き生きと犬の真似をやって見せた。それを皆に褒められ、そのままやれば良いのだと言われた時、彼の表情がみるみるうちに変わっていったのだ。つまり、彼は「劇」というとあくまで淀みなくスラスラと台詞を読み上げなければならないものだとばかり考えていたのだ。しかし、そうではないのだという「気づき」を得て、彼は大きく変わるチャンスを手に入れたのだ。彼はその次の年からは、少しずつ台詞のある役へも挑戦するようになってきた。人は変われるのだ。先述の初参加の子どもも、練習が進んでくると、星を取ろうとする子ギツネの役を笑顔で楽しめるようになった。その事を伝えると、父親はとても嬉しそうにしていた。正直に告白すれば、ここまで偉そうなことを書いていながら、「劇はやらない」と断言していた自分の子どもたちのことを、私は密かに心配していた。なので、休み時間に「お子さんたち、伸び伸びやっているよ」とスタッフの方がこっそり教えてくれた時、私はほっとすると同時に、改めて子どもたちの力、サマキャンの力に感心させられたのである。
 サマキャンは、「気づきの場」である。弱さを認め、素直に表現してよいという気づき、表現とは話し言葉だけで行われるのではないのだという気づき、自分の新たな力に対する気づき、人は変われるのだという気づき、親と子はそれぞれの課題を持った独立した存在であり、互いの課題を肩代わりすることなどできないという事実への気づき、自分の人生は自分だけのユニークなもので良いのだと言う気づき…。数多くの気づきに出会うための魔法がそこかしこに仕掛けられており、しかもそれは主催者である伊藤さんやスタッフが巧妙精緻に仕掛けたものではなく、子ども、親、スタッフ問わず参加者一人ひとりの生きざまが生み出すものである所に、サマキャンの大きな魅力があるのだ。

4.終わりに

 実はこの文章は、そもそも「スタタリング・ナウ」の11月号に掲載される予定であった。しかしそれが叶わなかったのは、10月の中旬から、上の子どもに病気が見つかり、長期入院を余儀なくされたからだった。原稿締切間近になってその事をお伝えし、急遽11月号の内容を変更して準備に取り掛かって下さった伊藤さん、溝口さんには大変なご迷惑をおかけしてしまった。この場を借りて心からお詫びを申し上げたい。おかげ様で、長男は1ヶ月を超える入院生活を終え、今は元気に学校へ通っているが、薬を飲みながら一生これと付き合っていく類の病を抱えたままである。
 吃音親子サマーキャンプを共に支えるどもる人のセルフヘルプグループである、大阪スタタリングプロジェクト(大阪吃音教室)の機関紙「新生」9月号に掲載された、サマキャン参加者Mさんの感想文を読むと彼女は、どもることを決して「かわいそう」とは思われたくないと書いている。「わたしは、かわいそうではないから」と。そして、「大変なことはいっぱいあると思うけど、大事なことは自分できちんと伝えていきたい」と綴っている。そんな彼女の言葉を前にするとき、子どものしなやかな「レジリエンス」の力を改めて思い知らされる。
 自分の子どもを不憫に思う親の心を、私はもちろん捨て去ることはできないが、この間2つの病院に入院し、様々な検査を繰り返しては喜んだり落胆したりする日々を過ごし、院内学級に在籍して様々な病気を持つ子どもたちと生活を共にした彼が学び得たものは、彼のレジリエンスを少なからず育て、私の知りえない彼の内面世界に深く大きな影響を与えたはずだ。彼は、決してかわいそうな存在などではない。その事を確信できる力をくれたサマキャンに、今改めて大きな恩を感じている。これまでも、これからも、私たち家族は吃音親子サマーキャンプという大いなる家庭の中で、少しずつ成長させてもらいたいと思っている。(了)
「スタタリング・ナウ」2015.12.20 No.256

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/04/04

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