はじめに

吃音は、100年以上の膨大な吃音研究・臨床がありますが、最近の脳科学や遺伝子学などをもってしても、吃音の原因は解明されていません。吃音の歴史は古いものの、未だに有効な治療法もない、未知のものともいえそうです。脳科学のさらなる発展で、今後原因を突き止めたとしても、どもる人がどう生きるかについては、何の役にも立ちません。吃音と向き合い、吃音と上手につきあうには、科学的な知識よりも、大勢のどもる人や、どもる子どもの経験をもとにした知識、知恵、哲学が必要です。

1965年から57年、どもる人のセルフヘルプグループ(自助グループ)で活動してきました。1986年に私が大会会長として開いた第1回世界大会から、6回の世界大会への参加しました。31回の吃音親子サマーキャンプを始め、島根、岡山、静岡、群馬、沖縄、千葉などの吃音キャンプに長年参加してきました。それらの活動の中で対話をしてきた一万人を超える、どもる子どもや成人のどもる人の体験や物語をもとに吃音の特徴を整理します。

吃音の多様性 一人ひとり違う

「ぼぼぼぼく」と音を繰り返す(連発)のが吃音で、「……」と第一音が詰まる、ブロック(難発)が吃音だと知らない人は多いようです。三つのタイプのどもり方をする人、ブロックだけの人など、どもり方は一人ひとり違います。どもる程度も、一言一言どもる人から、家族も気づかない程度の人までいます。どもる場面も、親しい人とはどもらずに、学校での音読や発表、職場での朝礼やプレゼンテーションでどもる人。反対に、ある程度緊張状態のほうがどもらない人がいます。話す場面や話す相手によって違います。すべての「音」にどもる人もいれば、「カ行」や「タ行」、「ア行」など特定の「音」だけどもるという人もいます。幼児期にどもり始める人が圧倒的に多いですが、中学生や高校生、成人になってからどもり始める人もいます。どもる人一人ひとりがちがう、吃音のどもる状態の多様性です。

吃音の変動性 一人のどもる人の中での変化

幼児期の吃音には「自然治癒」があり、どもったりどもらなかったりの変化「波現象」があり、自分ではコントロールができません。年齢があがるにつれてあまりどもらなくなる人がいる一方、大学生や社会人になってから、よくどもるようになった人もいます。年齢、ライフステージ、仕事内容の変化、職場環境、人間関係などさまざまな要因で吃音は変化します。「吃音症状」は、一度改善されても元に戻ることの多い、脆弱性のあるものです。どもらなくなっても、自分の名前や会社名など、特定の音が言えない状態は残ります。私も講義や講演であまりどもらなくなった時期でも、自分の名前や寿司屋での「トロ」の注文など、苦手な短い「音」では確実にどもりました。ドイツでの世界大会で会ったアメリカの言語病理学者、フレデリック・マレーは、「吃音は活火山のようなもので、いつ噴火するかわからない」と言い表しました。吃音の変化は、人の制御を超えたところにあるようです。

このように多様性と変動性の大きい吃音に、一律の言語訓練はあり得ないと思いますが、実際は「ゆっくり、そっと、やわらかく」の言語訓練だけです。「吃音とはこういうものだ」の固定的な見方から離れる必要があります。どもる状態、困ること、将来への思いなど、知っているのは本人だけです。親、ことばの教室の担当者や言語聴覚士は「無知の姿勢」で、本人と対話して教えてもらうしかありません。そして、専門家として知り得た知識はすべてどもる人本人や親と共有し、対等の立場で、今後取り組む道筋を一緒に考えるのが、多様で、変動性の大きい吃音に対する取り組みの基本的な態度です。

吃音は治っていないが、自然に変わっている

1986年の米国音声言語聴覚協会の大会で言語病理学者のユージン・クーパーは、どもる人の5人に2人は、どんな治療技術でも治らない慢性的吃症状症候群で、「治す」ではなく、「吃音コントロール」をめざすべきだと発表しました。また、「どもらずに流暢に話す派」と「流暢にどもる派」の長年の激しい論争を経て、2007年に日本でも翻訳され紹介された、バリー・ギターの統合的アプローチでは、「吃音が治る」ことを流暢性と表現して、三つに分類します。

①自然な流暢性 話し方を全く意識しない、どもらない人の正常なスピーチ。
②コントロールされた流暢性 流暢性の維持のために、話す速さや話し方に注意を払う。
③受け入れることができる吃音 非流暢性は目立つが、回避せず気楽にどもる。

バリー・ギター著、長澤泰子監訳『吃音の基礎と臨床―統合的アプローチ』学苑社、2007年

吃音治療大国のアメリカも、自然な流暢性の「完全な治癒はない」と認めましたが、「ゆっくり、そっと、やわらかく」の流暢性形成技法の言語訓練で、吃音のコントロールはめざします。しかし「ゆっくり話す」訓練は、100以上も前から、ほとんどの人が失敗してきた方法です。「吃音のコントロール」ができないから、どもる人は悩んでいます。吃音のコントロールを教えることができないため、アメリカの言語聴覚士の95パーセント以上の人が吃音の臨床に苦手意識をもつといわれています。

私は57年間の活動の中で、吃音が治ったという人には会ったことがありません。治ってはいなくても、以前よりはどもらなくなった人は多く、会に初めて参加した人の多くが、「みなさん、本当にどもるんですか」と驚くのはそのためです。私の周りの多くの人たちは、言語訓練的なものはしていませんが、仕事を誠実にしていく中で自然に変わっていきました。

子どもたちは、クラスの担任が替わった、先生や仲間が理解してくれた、得意なことや熱中するものができたなどで、変わったと言います。成人の場合は、仕事で業績をあげた、昇進などの達成感を得た、恋人ができた、結婚したなど人間関係の変化で変わります。

「吃音を治したい」と願う人にたくさん会ってきましたが、日常的に言語訓練をする人はほとんどいません。その数少ないひとり、何度も芥川賞候補にあがった小説家の金鶴泳さんは、「今日は二十分練習した。もっと時間を増やそう」などと毎日日記に書き、何年も訓練を続けましたが、効果がないどころかますます悩みを深めます。金さんが吃音の悩みから解放されたのは、吃音の苦悩を書いた小説『凍える口』(1966年初版発行、2004年クレイン刊の「金鶴泳作品集」に収載)を出版したときでした。

イギリスの文豪サマーセット・モームは『人間の絆』(1915年発表)で、真継伸彦さんは『林檎の下の顔』(筑摩書房、1974年)の自伝的小説を書いたことで、吃音の悩みから解放されたそうです。悩む人にとって、吃音はとても深刻な問題です。私はその人たちを「悩む力」がある人だと思います。「悩む力」は「よく生きる力」に変わる可能性を秘めていると思うのです。言語訓練による吃音の変化ではなく、吃音を認めたことで、話すことから逃げない行動をとることが、吃音変化の道筋だと思います。

歌や極端にゆっくり話すなどのリズムがあれば、あまりどもらない

歌でもどもる人はまれで、お経や謡曲、講談などリズムのあるものや、メトロノームに合わせて話す、極端にゆっくりと話す、誰かと一緒に読むなどではどもりません。この効果を治療法として使っても役に立ちません。世界大会での議論で、「ゆっくり話すどもらない言語」を外国語のように習得すると主張する人に、何人も会いました。私の親友、オーストラリア人のジョン・ステグルスは、仕事場の会計事務所に出かけるとき「ことばの仮面」をつけます。私たちと話すときでも「ゆっくり、まったり」した抑揚のない話し方をして、とても不自然でした。家族の中では、仮面を外し、自由にどもれて心地よいと言うので、「そろそろ仮面をはずしたら」とすすめても、仮面をとると何が起こるかわからないので怖くて外せないと言います。

「ロボットみたいな話し方、僕は絶対使わない」と、「どもりカルタ」の読み札を書いた子どもがいます。どもらないようにするためのゆっくりした話し方は、どもらないけれども、とても不自然なのです。

どもらなくなった人々の現実

吃音だと本人が言わないかぎり、周りからはわからない人はたくさんいます。それが「どもりは治る」の根拠になっているのかもしれません。人間国宝で歌舞伎役者の片岡仁左衛門さんは、NHKのドラマ収録で20回近くNGを出し、大河ドラマ「春の坂道」では短いセリフが言えず、本当につらく、自分が情けなくなったと読売新聞のインタビューで話しています(読売新聞2016年7月2日)。アナウンサーの小倉智昭さんも、テレビカメラの前ではどもらないが、日常生活ではどもり、「吃音は治らない。私は吃音キャスターだ」と言い切ります。「タ」行が苦手だったとき、首相が田中角栄でつらい思いをしたそうです(小倉、2009)。女優の木の実ナナさんも、「男はつらいよ」の映画の撮影で、渥美清さんに呼びかける「おにいちゃん」の「お」が出なくて撮影が2日間ストップしたとエッセー『下町のショーガール』(主婦と生活社、1987年)で書いています。

私も講義や講演など人前で話すときは、ほとんどどもらなくなった時期がありました。しかしそのときでも、名前や「おはようございます」などの「短いことば」ではよくどもりました。あまりどもらなくなったそれぞれの人は、吃音を改善するための訓練ではなく、俳優、アナウンサー、教員としての仕事をまっとうする中で変わりました。

小倉さんも木の実さんも、「どうしたら治るか」と質問を受けるそうです。私もよく質問を受けますが、大学の講義や講演で相手に伝わるようにていねいに話すことを心がけるなど、仕事、人間関係などで自然に変わったので言語化ができず、説明のしようがないため教えられないのです。構音障害の発音指導と違って、どもる人の話しことばは、生活や人生をかけて自分がつくるもので、他者が技術的な訓練をして教えられるものではないと、私は思います。

吃音の影響の、大きな個人差

どもる人のすべてが悩んでいるわけではなく、多くの人が相談や治療を必要とせず、明るく積極的に生きています。一方、伴侶が気づかない程度の人でも、深く悩んでいる場合もあります。吃音の程度と、吃音からくる影響や悩みが必ずしも比例しないのが、吃音の大きな特徴です。吃音研究者や臨床家、セルフヘルプグループには、吃音に悩み、「治したい」との物語が集まり、メディアでも紹介されますが、どもる人を代表しているわけではありません。吃音とともに豊かに生きている人の物語は、著名人以外はあまり語られません。ほかの病気や障害は、「障害受容」しても生活上の困難さは変わりませんが、吃音はどもることを認め、どもる覚悟さえすれば、できないことはほとんどありません。「どもらないで電話」することはできませんが、「どもって電話」することはできます。だから、営業の仕事でいい成績をあげたり、教師や医師、看護士、言語聴覚士などの対人援助職、さらには弁護士など話すことの多い仕事に就いている人は少なくないのです。

アドラー心理学では劣等性、劣等感、劣等コンプレックスを区別します、客観的な劣等性があっても、主観的な劣等感をもつとはかぎりません。劣等感をバネにしてがんばる劣等感の補償をする人がいます。劣等感を言い訳にして人生の課題から逃げる、劣等コンプレックスに陥る人もいます。これまで出会った人を、整理すると3つに大別できます。

①あまり劣等感をもたずに生きている人

吃音がよくいわれているように、人口の1%程度だとすると、日本では百万人ほどの人がいることになります。ことばの教室や病院、セルフヘルプグループに参加する人の数から考えると、治療・相談機関を訪れる人はごく一部だということになります。吃音キャンプや講演会、相談会などで私は、「どもる人に会ったことのある人」とアンケートをとり、さらに「その人は、どんな人ですか」とよく尋ねます。「会社の上司にも同僚にもいる」「得意先によくどもる人がいる」「うちの社長がどもる」「先輩教師や校長がそうだ」「町内会の会長がどもる」などの答えが返ってきます。また、「初めて言うんですが、私もどもるんです」と言う人にもよく会います。その人たちは、あまり悩まずにきたか、一時的に悩んでも、折り合いをつけて、吃音とともに生きてきたのでしょう。全国巡回吃音相談会でそのような人にたくさん会ったときは驚きましたが、その後も、吃音の世界大会を含めて、多くの人に出会った経験から、70%以上の人があまり悩まずに、あるいは、悩んだとしても折り合いをつけて、さまざまな仕事に就いて自分なりの幸せな人生を送っているのではないかと、私は想像するようになりました。統計的な根拠はありませんが、57年間吃音とかかわり、たくさんの人と出会ってきた私の実感です。吃音に深く悩んでいる人にとっては、深刻で大きな問題なのですが、実際に自分なりに対処している人が多いということは、吃音は、治らなくても対処できるものだということになります。

②劣等感の補償=劣等感をバネにしてとてもがんばる人

ほかの病気や障害と比べて、劣等性や劣等感をもつことにあえて挑戦し、話す仕事に就く、劣等感の直接的補償をする人が少なくないのが吃音の大きな特徴です。アナウンサーの小倉智昭さん、落語家の三遊亭円歌・東京落語協会元会長、桂文福さん、「ダイハード」シリーズで有名な映画俳優のブルース・ウィリスさんなどは、その世界に入るきっかけが吃音だったと言います。映画や舞台の俳優、世界一のセールスマン、イギリスのチャーチル首相、日本の田中角栄首相、英国王のジョージ六世なども、吃音に悩んだ時期があったものの、自分の仕事、役割に誠実に取り組んで活躍した人たちです。最近では、第46代アメリカ大統領になったジョーバイデンの吃音が大統領選挙の時に話題になりました。

一方、苦手なことはそのままに、得意の分野に挑戦する間接的補償はとても多いです。ノーベル物理学賞の江崎玲於奈さんは、「小学校の教室では、思うようにコミュニケーションできない苦痛で引きこもりがちだった。人とあまり話さなくてもいい条件にかなう、サイエンスの研究に適した人間ではないかと早くから思っていた。私のどもりは、ノーベル物理学賞にひょっとするとプラスに働いたかもしれない」と日本経済新聞の「私の履歴書」の欄に書いています(江崎、2007)。そのほか、ノーベル文学賞の大江健三郎さんなどの小説家、数学者、映画監督、ミュージシャン、スポーツ選手などあらゆる分野でどもる人は活躍しています。映画監督の羽仁進さんは「吃音の背後にある、人間性などの広い世界を発見してほしい」と私たちによく言っていました。吃音に悩んだことが、創作や生きるエネルギーになった人たちです。

③劣等コンプレックスに陥り、人生の課題から逃げる人

私は、劣等性や劣等感を言いわけに人生の課題から逃げる劣等コンプレックスに陥りました。人生の課題とは、仕事、人間関係、愛ですが、子どもの頃の私は、「どもる僕は何もできない」と音読や発表だけでなく、ほかの勉強もしなくなり、友だちとの人間関係も、クラスの役割からも逃げました。課題から徹底的に逃げた代償は大きく、すべてに実力のない私は、遅ればせながら、学童期・思春期を21歳からやり直すことになりました。劣等感は誰にもありますが、あまりにも大きくなると、劣等コンプレックスに陥ります。幼児期・学童期から、吃音の劣等感が大きくならないような「吃音の予防教育」が必要です。すでに陥っている人には、その現実に向き合い、吃音に支配された人生から、自分が人生の主人公になるよう勇気づけます。

どもれないのがどもる人の悩み

2018年の大阪吃音教室の4月の開講式で、初参加の人が多かったせいか、27人の参加者中7人が、まわりの人が自分の吃音にまったく気づいていないと言いました。大阪吃音教室に参加したのは、どもりを隠す生き方に限界を感じ、吃音を肯定し「どもれるようになりたい」と、大阪吃音教室の内容を調べたうえで参加したと言います。どもりが目立たなくなったことで、よけいに「どもりたくない」思いが強まり、吃音を隠すことが増え、悩みが深まる例はたくさんあります。ある女性は、初めて参加したときはまったくどもらなかったのですが、治したい思いが強くて参加しなくなりました。7年間、治す試みに挑戦しても治らず、「どもらないウソの人生」に耐えられなくなり、再び大阪吃音教室に参加しました。すごくどもる現在が、幸せで楽だと言います。

大阪吃音教室に、市役所に勤め、昇進したばかりの50歳の課長さんが参加しました。大勢の前の司会で「起立、願います」「着席、願います」と号令をかけるのが、課長の役割なのだそうです。人前で話すことを含めて普段の業務は問題なくこなせているので、人前ではどもりたくないと言います。仕事を辞めようかと思い詰めていました。どもって司会をするか、係長に司会役を代わってもらうかなど複数の提案をしたのですが、「どもらずに号令したい」といって受け入れませんでした。卒業式が怖くて高学年の担任を避けてきた教師が、6年生を担任し、子どもの呼名ができるか不安で、卒業式が頭から離れません。卒業式を控えた2月、電話相談があり、資料を送ると言うと、内緒にしている妻に、どもることを知られるのは絶対嫌だと言います。私は、「今が吃音と向き合うチャンスだ」と、妻や同僚に話し、子どもに相談することを勧めました。そして、どうしても言えないときには、教頭に代わってもらうなど複数の提案をしました。子どもや同僚、保護者に事前に話し、卒業式を無事に終えたと、電話で報告してくれたとき、「教育は、自分の弱みも含めて、正直に話すことから始まるのですね」と、彼は泣いていました。

提案を受け入れた20代の若い教師と、断固受け入れなかった50歳の課長に、吃音を否定して生きた歴史の長さのちがいを思いました。普段、課長や教師として問題なく話せている彼らに、言語訓練は役に立ちません。現実の社会には、「どもりたくない場」はあっても、「絶対どもってはいけない場」などは一切ないと考え、どもる覚悟をするなど、「生き方の選択」を提案するしかありません。「吃音を治したい」と願う人たちとばかり接している人には理解しにくいでしょうが、「どもれるようになる」ためにこそ、仲間や専門家の力が必要なのです。

再発する言語訓練ではなく、生き方を学ぶ

「薬とセラピーは一時的な症状緩和にすぎず、治療が終われば症状の再発が予想される。症状とうまくつき合い、症状があってもうまく機能するための訓練に真剣に取り組むべきだ。幸せに生きるために、ポジティブ感情、生きる意味、人間関係など、ポジティブ心理学を学ぶ必要がある。これは専門家の力を借りずとも、自分だけで継続していける」

ポジティブ心理学の提唱者、マーティン・セリグマンのことばです。吃音はどもらないようにも変化するが、どもるようにも変化します。小学4年生から吃音親子サマーキャンプに参加していた子は、「吃音は私の欠点にはならない」と高校を卒業したが、大学2年生から突然、かなりひどくどもるようになりました。母親は将来を心配し、吃音治療の場を探しましたが、本人は、「吃音とともに生きる」を学んでいたので、大学の発表もカフェでのアルバイトもやめず、元に戻るまでの2年半を耐えました。今は、薬剤師として働いています。「どもる状態」は環境や状況で大きく変化する、不安定なものですが、その子は、「生き方」として確立していたため、多少の困難があっても崩れなかったのです。

吃音とともに豊かに生きている人

紀元前の政治家デモステネスや宗教者モーゼの古い時代から、どの国にも人口の1%程度のどもる人がいて、治っていません。「治らない」ということは、「どもりながら生きていける」ように「基本設定」されていると考えてもいいのではないでしょうか。

吃音と向き合い、どう生きるかを考えることは、人生の大切なテーマになります。私が日本の、世界のどもる人と対話を続けてきた中で、吃音とともに豊かに生きている人を検討すると共通することがありました。

  1. どもる現実をそのままに認めている。
  2. 自分と他者を信頼し、他者貢献する、アドラー心理学でいう共同体感覚をもっている。
  3. 自分の人生の目標や楽しみ、没頭できるものをもっている。
  4. 家庭、地域、セルフヘルプグループなどで、他者との深い結びつきをもっている。この安全基地では、安心して弱音を吐き、本音を話すことができる。

言語訓練の問題点と副作用

ほかの病気や障害なら症状によって薬や治療法やリハビリテーションのメニューは違いますが、「吃音改善」のメニューは同じで、「ゆっくり話す」訓練しかしていません。ほとんどどもらない人にそのような訓練が必要だと思えません。またその人が、どの程度軽減すれば満足するのでしょうか。軽減すればするほど、あと少しと完全を求め、「いつか、完全に治れば」の思いが膨らみ、どもる事実を認めることができなくなります。私が失敗してきたように、治ることばかりを考え、人生の旅立ちを遅らせる危険があることが、言語訓練の副作用です。音読や発表が苦手な子が、練習をして、学校でどもらずに音読や発表ができたとしても、それがその後の生きる力になるほど、吃音は単純ではありません。小学校時代に問題がなかった子どもが、中学生、高校生、大学生、社会人になってから悩み始め、私のところに相談にやってくることも少なくありません。

2007年、クロアチアでの世界大会で、シドニー大学のマーク・オンズロー教授のリッカムプログラムのワークショップに参加しました。子どもがどもったら指摘し、言い直しをさせ、どもらなかったら褒めるアプローチを目の当たりにして、言い直しをさせることは、子どもが吃音を否定することにならないかと、質問しました。すると、オーストラリアの言語聴覚士は吃音を否定していないのでそれはないと教授は答えました。「吃音を否定しているわけではない。吃音を肯定しながらも、本人が治したいと望むなら、改善の努力はすべきだ」という意見は根強くあります。それができる人はそうすればいいのですが、私たちは両立できませんでした。ことばの教室の先生や言語聴覚士が一所懸命「改善しよう」としてくれればくれるほど、「どもることは、いけないことだ」と、子どもが、吃音へのネガティヴな感情や考えをもつ可能性があります。善意の言語訓練は、「吃音否定」の物語をつくりかねないのです。また、「言語訓練での一時的な改善を維持し、日常生活に活かすのが難しい」は、世界の吃音治療の常識で、長年の課題です。

どもる人のことばの言い換え

大人になるとどもらなくなると言われるのは、治ったわけではなく、語彙数が増えることでことばの言い換えが巧みになったり、言いやすいことばを前につけて言ったりするなどのサバイバル術が身につくためです。アメリカ言語病理学では、「ことばの言い換え」を、「吃音の症状」のひとつの「回避」と名づけて、やめるようにアドバイスします。しかし、このアドバイスがどもる人を追い込みます。言い換えに罪悪感をもつからです。

オランダでの世界大会で私が親しくなったイギリスの小説家、デイビッド・ミッチェルさんも、13歳なら絶対に使わないことばに言い換えることに犯罪者のような罪悪感をもっていました。ところが、吃音と闘うことをやめて、言い換えを認めることで、それが、小説家としての力量を育ててくれたと意味づけが変わったことを話してくれました。アメリカの言語病理学者で小児科医のスペンサー・F・ブラウンも、「ことばの言い換えを批判するどもる吃音研究者で、言い換えをしていない人などいない。言い換えを気にしないで気楽に生きよう」と言います(アメリカ言語財団編『人間とコミュニケーション』内須川・大橋・伊藤訳、1975)。吃音を肯定している人が、無意識的、意識的にかかわらずしている言い換えは、その人の工夫や技、サバイバル術です。言い換えができない固有名詞などでは、どもればいいのです。

「吃音の状態」の改善に焦点をあてない

欧米の言語聴覚士が吃音の指導に苦手意識をもつのは、「治す・改善」を目標にするからです。アメリカでは、言語聴覚士が公立小学校に出向き、「医療モデル」で「吃音を治す、改善する」を目標に吃音を治療します。しかし、日本は、公立小学校の教育現場にことばの教室がおかれ、教育の専門家の教員が「教育モデル」で指導にあたります。ですから、吃音の改善にこだわらず、吃音と向き合い、子どもと一緒に吃音の学習をし、おしゃべりや遊びなどを通して、子どもの自己肯定感を高める取り組みをします。吃音が改善されずとも、学校の場で楽しく過ごし、将来を展望しての「生きる力」を育てることを考えます。私は、学童期のどもる子どもに対する、日本のことばの教室の実践は、世界に誇れるものだと思います。

精神医療従事者の中からも「医療モデル」への反省が出ています。「疾病生成論」から「健康生成論」への転換で、中心となるのが、レジリエンス(回復力・逆境を生き抜く力)です(加藤、2012)。また、オープンダイアローグ、リカバリー、愛着アプローチなどもそうです。死と向き合う「がん医療」の世界でも「がん哲学外来」が注目され、大きな広がりを見せています。アルコール依存症が専門の精神科医のなだいなださんも、治らないことを教え、生活習慣を変える教育が医者の役割だといっていました。「医療モデル」で解決できるものは多くないのです。

どもりが治らないことの意味

紀元前の政治家デモステネスや宗教者モーゼが有名ですが、あの古い時代から、どの国にも人口の1%程度のどもる人がいて、多くが治っていません。この吃音の事実に向き合うとき、「吃音が治らない意味」を私は考えます。「治らない」ということは、「どもりながら生きていける」ように「基本設定」されていると考えてもいいのではないでしょうか。どもっていてもきちんと生きていけるので、医学も科学も必死にはならないし、まわりも「治さなければ」と必死にならないのでしょう。悩んでいる時は深刻でも、私の友人の関節リウマチのような身体的激痛のない吃音は耐えられます。私も21歳まで吃音に深刻に悩んでいたものの、一時期不登校になったものの、学校生活は送れていました。

治らないものは、改善ではなく、人間的な成長・成熟を目標にするしかありません。治らないどもりと向き合い、どう生きるかを考えることは、人生の大切なテーマになるのです。

どもる人の世界大会では、どもる声が響いていた

吃音の世界大会では、日本人よりもかなりどもる人によく会います。2013年の第十回オランダ大会の実行委員長の歯科医師の女性は、どもりながら堂々とあいさつしていました。基調講演をした作家、キャサリン・プレストンさんも、一時間の講演で、恥じらいながらもよくどもる声が、私にはチャーミングで、リズムよく心地よく響きました。大会実行委員の全員が「私はどもるけれど、それが何か問題でも?」の缶バッジをつけていました。こんなに居心地のいい大会は初めてでした。プレストンさんは、アメリカの心理学会誌“Psychology Today”に体験を寄稿しています。

「自分のことばをコントロールできず、すべての単語でどもり、ひとつの音節を押し出すのに何秒もかかったが、聴衆のすべての目は私に釘付けになっている。スピーチを終えた後、吃音の驚くほどの強いパワーに気づいた。吃音は人々を遠ざけるものではなく、結びつけるものだ。なめらかに話す人よりもどもりながら話す人のほうに、より熱心に耳を傾けてくれることがよくある。しかし、残念なことに、どもると言いながら、私のように、よくどもる講演者に出会うことはめったにない。どもる人の世界大会で、普段以上に見事にどもって、拍手喝采をあびた経験は、どもらずに話したいと、瞬間でも思った私に、忘れかけていた一番大切なことを教えてくれた」

難しい「障害受容」

私は「障害受容」ということばが好きになれません。当事者よりも援助者の視点で「受容すべきだ」と語られることが多いからです。そうできない自分を弱い人間だと責めてしまいます。長く否定してきた病気や障害などは、簡単に「受容」できるものではありません。とくに吃音は、本人にとって「受容」しにくいものです。あまりどもらなくなったり、どもらない場面もあります。自分の名前や会社の名前だけが言えない人は、生活の会話ではほとんどどもりません。そのため、いつか治るという期待を持ち続け、受け入れることが難しくなります。

「吃音を受容できない」と自分を責める人に、「受け入れなくていいじゃないですか。でも、どもっている事実は認めますか」とたずねると、「事実は認めざるを得ない」と言います。どもる事実を認めることを、「ゼロの地点に立つ」と私は言います。「治療法がないなら仕方がない、まあ、どもってもいいか」の世界です。「吃音受容」は、人によっては遠い道のりで、最終的な到達点になるのかもしれません。吃音を受け入れられなくても、「どもる事実を認める」だけで十分です。そこを出発点にして、不安や恐れがあっても、少しずつでも話していこうと心がける生活態度が大事です。どもる状態と同様、気持ちにも波があり、時に落ち込みながら、それでも「どもって生きる」道筋に立ち続けることのお手伝いを、私たちはしたいと思います。

どもり、吃音、「吃音症」

私は、悩んでいたとき「どもり」も「いもり」も「やもり」も嫌でした。しかし、どもりは誰もが知っていたことばで、書籍のタイトルも、『どもりの話』(神山五郎・内須川洸、東京大学出版会)、『どもりの相談』(内須川洸訳、日本文化科学社)、『子どものどもり』(平井昌夫ほか、日本文化科学社)でした。ところが、かつて部落差別が社会問題となったとき、これまで使っていたことばも、放送禁止用語としてメディアが自己規制し、「吃音」が使われるようになりました。「吃」は、吃音以外では使わない漢字なので、一般の人はあまり知りません。メディアでも教育場面でも「どもり」を使わなくなったために、どもることが「吃音」だということを30歳まで知らなかった人がいます。

一方、「どもる」は動詞で言い換えができないので、メディアでも広く使われてきました。それが、最近、「どもる」さえも、「つまる」「つっかえる」と表現されるようになり、ますます「どもり」「どもる」が消されてしまいそうです。「どもり」も「どもる」もメディアでも教育の世界でももっと使ってほしいと、私は願っています。「どもり」を死語にしたくないのです。

一方、「吃音症」は厚労省が使ったために広まり、「症」がついて病気、治療、支援の対象と意味づけられました。文学や演劇のテーマ、たとえば、どもりの絵師又平と又平がしゃべれない分を補ってあまりある人一倍おしゃべりのお徳との夫婦愛を描いた、歌舞伎の演題『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』に登場する「どもり」を、「吃音症」として病気であるかのような狭い世界に閉じ込められるのは残念です。私たちは、「吃音」も「どもり」も自由に使いたいと思います。

吃音は、ことばが頭に思い浮かばないわけでも、話すのが下手なわけでも、発声・発語器官に障害があるわけでもないので、言語障害というのも変です。話し方に特徴がある、発声・発語マイノリティー(少数派)に過ぎないと私は思います。

対話で生まれる理解

「弱い存在に対する配慮や支援」を吃音の理解だと考える人も、「配慮や支援」を拒否する人もいます。音読で配慮されることを望む子どももいるし、配慮されたくない子どももいます。どもる子どもは、基本的には「こころは健康」です。環境調整の名の下に、親や教師が子どもと相談せずにまわりに配慮を求めることは、子どもの生きる力を奪います。本人がどう理解されたいのか、相談する必要があります。子どもは、自分が生きやすい環境に変えていく力をもっています。子ども自身がまわりの人と対話をすることで、理解が生まれます。子どもには自分のどもりや自分のことを、自分のことばで説明する権利があるのです。どもりを障害と位置づけ、合理的配慮が広がることを無条件に歓迎するどもる人たちがいますが、私は疑問をもちます。子どもたちが今後話していく相手は、常に理解してくれる他者とはかぎりません。吃音の理解は、目の前の人との粘り強く、ていねいな対話によって得られるものだと思います。

どもる人の就労の実態

1992年、愛媛大学の水町俊郎教授が113名のどもる人の就労の実態調査をしました。
「どもる人の職種といえば、あまりしゃべらなくてもすむ仕事と一般的に思われがちだが、実に多種多様だ。いちばん多かったのは公務員(教諭以外)、次いでプログラマーなどの技術者、三番目が教諭だった。注目すべきは、一般的に仕事を遂行するうえで、コミュニケーションが重要な役割を果たす職種と考えられる学校の教諭、営業職が上位を占めていることと、総合病院の受付、医師、看護師、接客業など人と直に接する仕事の分野にどもる人が進出していることだ。多くのどもる人があらゆる仕事に就いていて、いろんな問題にぶつかりながらも自分なりに工夫、努力をして、真摯に職務を遂行している。それらの事実を知ると、「このままでは、この子は将来、どんな仕事にも就けないのではないか」と悲観的な思いをしている親が、子どもの将来について無用な取り越し苦労をする必要がなくなると同時に、将来を見越して今何をやっておくべきかが明らかになってくる」(水町・伊藤、『治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方』ナカニシヤ出版 2005)。

この調査研究から20年近くがたち、状況はいくらかちがってきているでしょうが、少なくとも私たちのまわりでは、事務系の会社員はもちろん、医師や看護師、消防士、教師、言語聴覚士など話すことの多い仕事に就いている人はたくさんいます。

近年、発達障害とは本質的にはまったく異質の吃音が、発達障害者支援法のなかに入りました。吃音の程度はさまざまで、障害者手帳で就労を選択する人も、今後出てくるでしょう。選択肢が増えるのは喜ばしいことですが、就職活動で苦戦するとつい安易に自分の可能性を閉ざしてしまうことにならないか、私は危惧をもちます。先日もある女子大学生から、面接に4回失敗したからと障害者手帳の取り方の相談がありました。話を聞いていると、ほとんど、どもっていません。就職活動について大阪吃音教室で一緒に考えませんかと提案したのですが、障害者手帳のことで頭がいっぱいだったのでしょうか、断られました。

水町教授が調査した当時は、自分の人生は自分の力で切り開くのだという気概が、どもる人にあったように思います。それが安易な方向に流れてしまわないかと心配です。吃音は現在のどもる状態が固定するわけではなく、自然に変わっていくことが多いものです。今のどもる状態だけでこれからのことを考えるのではなく、できるだけ自分のしたい仕事に就いてほしいと、多くのどもる人の就労に立ち会って、心から思います。

吃音を否定し、どもりたくないと思えば思うほどどもり、吃音を治そうと闘えば闘うほど、自分の人生を生きることができなくなります。吃音に悩んだ多くの人々は、遅かれ早かれ、吃音が治らない、吃音を治せない現実に向き合い、折り合いをつけて生きるようになります。スキャットマン・ジョンは、52歳でやっと自分の吃音に向き合いました。私と一緒に「吃音を生きる」ことをめざしていろんなプロジェントをつくって取り組もうと約束していたというのに、57歳のときがんで亡くなりました。その5年間の人生は幸せで、とても充実したものでしたが、それまでの人生はあまりにももったいないと思います。

文献

アメリカ言語財団(編)内須川洸・大橋佳子・伊藤伸二(訳)『人間とコミュニケーション 吃音者のために』日本放送出版協会、1975年
伊藤伸二(編)『吃音者宣言 言友会運動十年』たいまつ社、1976年
伊藤伸二『第一回吃音問題研究国際大会を終えて』日本音声言語医学、28巻2号、1987年
伊藤伸二『セルフ・ヘルプ・グループ言友会の27年の軌跡―「吃音を治す」から「吃音とつきあう」へ』日本人間性心理学研究、11巻1号、1993年
伊藤伸二『吃音親子サマーキャンプにみる、グループの力』コミュニケーション障害学、27巻1号、2010年
江崎玲於奈『限界への挑戦 私の履歴書』日本経済新聞社、2007年
小倉智昭『吃音キャスター』「心理学ワールド」日本心理学会編、2009年
加藤敏『レジリアンス――現代精神医学の新しいパラダイム』金原出版、2012年
バリー・ギター(著)長澤泰子(訳)『吃音の基礎と臨床――統合的アプローチ』学苑社、2007年
木の実ナナ『下町のショーガール』主婦と生活社、1987年
金鶴泳『凍える口』図書出版クレイン、2004年
マーティン・セリグマン(著)宇野カオリ(監訳)『ポジティブ心理学の挑戦――“幸福”から“持続的幸福”へ』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2014年
片岡仁左衛門『時代の証言者 歌舞伎の華 片岡仁左衛門 せりふ言えずNG20連発』読売新聞 2016年7月2日
水町俊郎・伊藤伸二『治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方』ナカニシヤ出版、2005年