〈NPO法人・全国ことばを育む会発行〉両親指導手引き書41吃音とともに豊かに生きる～どもる大人の感想～ 　　　　　　　　　　　著者:伊藤伸二 定価 500円 装丁 A5版55ページ

　2013年に完成した小さなパンフレットは、一貫して吃音肯定の立場に立ちきり、それを前提とした取り組みを具体的に提示しています。そのパンフレットを、NPO法人・大阪スタタリングプロジェクトに集う、どもる大人が読み、感想を書きました。パンフレットに流れる思想は、大阪吃音教室で毎週行っているミーティングと共通しています。どもる大人がパンフレットを読んだ感想を特集した、「スタタリング・ナウ」2013.5.20　NO.225　を、昨日に続いて、紹介します。

　　幸せに生きるということ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　掛田力哉(教員　36歳)
　パンフレットの底に貫かれている大きなメッセージは、「子どもには自らの困難と向き合い、それを『生きるテーマ』に変える力がある」ということであり、「人間は日常の人間関係の中で、悩み戸惑いながら生き抜いていくことでこそ、変わることができる」ということだと思います。
　数知れぬどもる当事者たちの長いながい「人生」に、正に自分の人生全てをかけてひたすら向き合い続け、寄り添い続けてきた伊藤さんにしか断言することのできない「確信」であり、真理です。限られた空間、限られた時間の中での数値的結果を吃音研究や「治療」の根拠としている吃音研究者、臨床家には、どもる子どものその後の「人生」にまで深く関わった経験など恐らくないでしょうし、そこまで責任を持つ気概や覚悟があるかどうかも疑問です。
　伊藤さんの人生をかけた吃音臨床の中で見出された数々の真実が、厳しくも温かな具体的なメッセージとして、親や教師たちに届けられています。
　例えば、「Ⅱ章　保護者の皆さんへ」の「5　子どもと対話する」の項にある、「幼い子どもが自分の吃音を意識し始めたとき、親が吃音の知識や情報をどう伝えるか」についての伊藤さんの言葉「うまく伝えられるか、子どもが理解し、納得するかは問題ではありません。話の内容よりも親の態度が重要なのです。(中略)吃音というテーマに、悩みながら、試行錯誤しながら、取り組んでいくのです」には、本当にハッとさせられ、親として子どもの成長に関わる姿勢の基本を教えられた思いになります。
　また、「音読練習」で苦悩する親子に向けて、「音読の宿題は済ませたことにして、好きな絵本や詩を声に出して暗唱することを一緒に楽しんだらいかがでしょう」というアドバイスは、目先の音読を取りあえずうまくやるかどうかが重要なのではなく、その子が生涯生きていく上で、声を出し、表現することの楽しさ喜びを知っていることの方がはるかに大切であることを、私たちにそっと教えてくれます。
　また、本パンフレットの中には、頻繁に「幸せに生きる」という言葉が出てきます。伊藤さんの説く「幸せ」とは、苦悩や困難が何もない状態ではありません。苦悩に支配され、振り回されるのではなく、自分が人生の主体となって自らの苦悩や困難と向き合い、自分の責任で自分らしい生き方を選んでいけることです。そして、吃音はそんな「幸せ」を手にするための力の源になることを、パンフレット全般を通して何度もなんども教えてくれます。
　「あとがき」にある、「生きていくのは、苦しいときもあるけれど、基本的に楽しい」「人間は、社会は、信頼できる」の二つは、26歳で大阪吃音教室に通い始め、多くの学びと出会いに恵まれたこの10年間の中で、正に私自身が深く教えられ、確信できたことです。最後の一言、「楽観的な見方で子どもと関わりましょう」の「楽観」には、人間の基本的な強さに対する伊藤さんの信頼感と愛情がたっぷり詰め込まれているのだろうなと感じながら、パンフレットを閉じました。

　　どんな弾圧にも耐えられる思想構造を持つ、伊藤さんによる新たな吃音観の始まり
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　村田朝雅(会社員　43歳)
　ここまで強く言われないと、少なくとも私には、わからないのです。
　治るかもしれないと希望を抱く保護者の方、どもる子どもにとっては、これでもか、これでもかと強く厳しい言葉が迫ってきます。
　脅しではありません。脚色されたものでもありません。本当のことが書かれているのです。間違っていることは間違っている、正しいことは正しいとズバリと言い切ってくれた。今までなぜ誰も言ってくれなかったのか、不思議なくらいです。
　正しいものを選び取る、選択することは正しくないことを捨てることでもあります。品物であれ、気持ちであれ、未練なく捨てるなんてことは至難の業でありまして・・などといつもなら思うのですけれども、「疑いなく捨てきること」が自分にもできると思わせる勢いがあるのです。
　学術的な吃音のイメージや常識を完全に超えている、今回の伊藤さんの吃音観はとてつもない世界です。誰も言えなかったことを言い切り、言葉で表現された。受容派という言葉が存在するのならば、その殻に閉じこもって述べているだけではない、全てを見通しながら体系を確立し展開していかれる、これはまだ序章なのかもしれません。

　　真実は揺るがない
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　藤岡千恵(一般事務　36歳)
　このパンフレットを開き、冒頭から数ページ読んだとき、伊藤さんが静かに真実を語っているという印象を持った。そして読み進めるうちに、伊藤さんという人は本当に勇気のある、力強い人だとあらためて思った。
　目に見える障害や数値で表される病気とは違い、目に見えないどころか原因もわからず、そういう意味ではとらえどころのない「吃音」というものに対してきっぱりと「治りません」と言い切る勇気。そしてその信念を48年間微動だにせず貫いてこられた凛としたたたずまい。未だに根強い「吃音は治る」「吃音は治すべきもの」という勢力に対して、日本国内のみならず世界も相手に立つ姿。それでもにっこり笑って「治さなくてもいいじゃん」と言い切るほがらかさ。これは並大抵のことではないと今さらながらに心が震えた。
　さらに伊藤さんは「治らない」という信念を貫くだけではなく、”治らないのだから、どもりとともに自分の人生を楽しく豊かに生きよう”を提唱し、そのために役立つものを次々に取り入れている。私が伊藤さんに最初に出会った頃、すでに交流分析・論理療法・内観療法・森田療法・アサーション・認知行動療法の思想を取り入れ、大阪の仲間たちと楽しく実践していた。そのエッセンスを私もわかちあううちに、伊藤さんの確かな目でとらえたものたちの根底に流れる思想は、すべて1本の糸でつながっていることに気づいた。そして、近年では当事者研究・ナラティブアプローチ・レジリエンス、そして大切な教え子を失った震災からも学んでおられる。「吃音」と大きな根っこでつながり、枝葉のように広がる思想。それはまるで、深くて広い海のような景色だと感じた。そしてその大海原を自由に泳いでいる伊藤さんの姿が目に浮かんだ。このパンフレットには、伊藤さんがこれまでの人生で出会った思想・体験・哲学がいたるところにちりばめられている。
　かつて私は、何の努力もしないくせに、いつまでも治ることをあきらめられずにいた。最近、大阪の教室で伊藤さんが「どれだけの根拠があれば、(どもりが治らないことを)あきらめられるのか」と問うたことがあった。吃音から目をそらすことなく真剣勝負で生きてきた伊藤さんの存在すべてが根拠かもしれない、と思う。それだけではない。伊藤さんは長い活動の中で多くのどもる子ども、大人たちと出会ってきた。それらの人々を、時に励まし、一緒に涙を流し、勇気づけ、見守り、ともに成長を喜んできた。吃音とともに豊かに生きてきた伊藤さんは、数えきれないほどの「人が変わる」姿を目の当たりにし、豊かに生きる人を見つめてきた。これが何よりの証拠なのだと思う。

　パンフレットを読み終えて私は、自分が吃音というテーマを持って生きていられることがありがたいと感じた。そしてこのパンフレットの著者である伊藤伸二さんに出会えたことは本当に嬉しく、幸せだと心から思う。

　　豊かに考える
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　鈴木永弘(印刷業　50歳)
　「吃音とともに豊かに生きる」とは、なんて甘美なタイトルでしょうか。吃音でない人にとっても「豊かに生きる」ということばだけで、期待が膨らむことでしょう。まして吃音に悩む人にとっては「吃音とともに」なのです。
　私も大きな期待と希望を持って冊子を開きました。「どもり始めるのも、どもり続けるのも原因は親にない。どもる子の特別な子育てはない」「どもることそれ自体は何の問題もない、吃音を否定することで初めて問題になる」「吃音は自らの努力によってではなく、生活の中で自然に変わる」と、まず初めに目に飛び込んでくる文章があります。ここで、子どもの吃音の原因は自分の教育に問題があるのではないか、と悩んでいる親たち。自分の人生の問題はどもることであり、吃音さえ治せば人生が開けると考えている人たち。吃音は努力によって治せる、もしくは何か治す方法があるはずだと考える人たちは、期待と希望とは反対の考えを突き付けられたような気になることでしょう。しかしこのパンフレットの内容に触れるにことにより、なぜ吃音の問題(課題)が症状に無いのか、どうして吃音の原因が親にも子どもにも無いのか、吃音が変わっていくとはどういう事なのかが、やさしくわかりやすい文章で綴られていることにより、突き付けられたように感じた考えが徐々にわかって来ることでしょう。
　そして、「どもる事実を認める」「自然に治まっていく」「どもったままで大丈夫」などの様々なことばと共に、吃音肯定への取り組みとその歴史や吃音をどうとらえるかの考え方、吃音教育への取り組みなどを知ることが出来るでしょう。けれども本書によって吃音について学び、知識を得て、理解するだけではもったいないと私は思いました。そう思ったきっかけとして、今期になってから大阪吃音教室に初参加したある女性の話があります。彼女は吃音教室に参加する前に、職場における吃音の悩みで吃音ホットラインに電話を掛けたそうです。するとそこで「吃音は治らないよ。あきらめなさい」と言われてショックを受け、2、3日泣き続けたと言います。けれども彼女はそれから言われた言葉の意味を一生懸命考え続け、自分なりに消化しながらもそのホットラインで教えてもらった大阪吃音教室を訪れることにしたそうです。そして彼女は吃音教室を訪れて「ホッ」としたと言います。おそらく、悩むだけでなく、悩みを人に聞いてもらって同調してもらうだけでもなく、一生懸命自分で考えたこと。その考えを行動に移したことで彼女は自らをケアしたのではないでしょうか。本を読んだり、人から教えられたりしてわかった気になること。理解したと思ってしまうより、自分の頭で悩み考えること。「悩む力＋考える力」が大切だと思います。そう考えるとこのパンフレットで突き付けられる冒頭の三つのことばは「悩む人＋考える人」にはとても役立つ大切なことばなのではないでしょうか。
　このパンフレットに書かれている言葉はどれも吃音に悩む人たち(吃音ではないが悩める人たちにも)にとって、輝ける宝石のようなものだと思います。出来れば一度読むだけでなく、何度も読み返して自分なりに消化して、折に触れ宝石を磨くように、自分のことばで自分のこころで考えていきたいものです。
　最後に、私は今、吃音で悩むことはなくなりました。しかし今なお、吃音に関わり続け吃音について学んでいるのは、人生についての悩みは尽きることがなく、そんな悩み多き人生を豊かに生きるために、吃音について学び、真剣に考えることが役立っていると言っても過言ではありません。かつて生きる足かせになっていた吃音に今、助けられています。

　　自分らしく豊かに生きることの選択
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　徳田和史(会社員　66歳)
　100年を超える臨床でも解明できない吃音の実体、確固たる治療法が見つからない現実、そしてこれらを示して自らの体験を加えての論証、正に伊藤伸二さんの吃音集大成だと思います。わが子の吃音の対応に迷い悩んできた親、導き方が分からないことばの教室の先生、これを読めば安心して、吃音を肯定することができ、日常生活を吃音とともに生きる心構えができるのではないでしょうか。効果が見えない「治す努力」をするよりも、吃音をもったまま自分らしく豊かに生きることへの選択、渓谷のゆったりとした川の流れを感じました。平野に出て河口が広がればいいなと願っています。

　　パンフレットの理解を深めよう
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　斎洋之(会社員　54歳)
　このパンフレットには、伊藤さんの思いが十分に込められています。内容に関しては申し分なく、どもる子どもたちと周囲に理解してもらえれば、どもる子は幸せになるでしょう。私たちは、これまでの大阪吃音教室や親子サマーキャンプの活動の中で理解が深まっていますので、一読して納得できることばかりです。しかしながら、これを読むのが初めての人たちがどれほど理解できるでしょう。私自身の場合、大阪吃音教室で他のどもりの人と出会うまでは、自分ひとりで悩んでいましたし、すぐには症状を改善する努力を放棄することはできませんでした。じっくりとどもりと向き合うとともに、他のどもりの人との交流があって初めて考えを変えることができました。その結果として、症状も改善しました。症状が改善したといっても、話す時の不安は必ず付きまといますので、どもりが治ることはありません。まず、自分一人ではないことを体験することが必要だと思います。
　吃音親子サマーキャンプに参加する子どもたちを見ていると、たくましく変化した子どもたちが多いです。これは、自分だけではないことが理解できたからではないでしょうか。パンフレットにあるように、各地のことばの教室でこのような体験ができればいいと思います。社会に出ていくと、どもりを欠点と捉えられる場面が多くなります。私の場合、自分の実験結果の学会発表をやらせてもらえなかったり、症状が改善しても治ることはないということを話すと、上司の態度が変化したりしました。
　このようなことを全くなくすのは不可能だと思いますので、理解する人を地道に増やすこと、情報の発信を続けることが必要です。そのために、このパンフレットが役に立つことを期待します。

〈NPO法人・全国ことばを育む会発行〉両親指導手引き書41
『吃音とともに豊かに生きる』　　著者:伊藤伸二 定価 500円 装丁 A5版55ページ
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　　　　　　　　日本吃音臨床研究会　伊藤伸二

日本吃音臨床研究会　会長　伊藤伸二　2025/10/21