どもって声が出ないときの対処法
セルフヘルプグループは、ミーティングを大切にしています。いつもの場所で、いつもの時間に、会い続ける。それが、ミーティングです。大阪吃音教室も、基本的に、毎週金曜日、今は大阪市の谷町2丁目、大阪ボランティア協会の2階で開催しています。
今日は、「どもって声が出ないときの対処法」について、参加者みんなで考えた講座を紹介します。「スタタリング・ナウ」2009.12.22 NO.184 に掲載されたものです。〇印は、参加者の発言を表しています。たくさんの発言が飛び交い、話し合いが深まっていっているのが分かります。
どもって声が出ないときの対処法
大阪吃音教室 2009.11.6 担当 伊藤伸二
はじめに
伊藤 どもるかもしれないとの予期不安。特定の場面に出るのが怖い場面恐怖。特定の音が出ない吃語恐怖。これらが吃音の問題の中心です。
不安と恐怖から、吃音を隠し、話すことから逃げる行動へとつながっていく。私は、名前の「いとう」が言いにくい。どもってもいいと思っているから吃語恐怖にはならないが、多くの場合、どもる。
この音ではどもると確信がある人? (多い)
その予期不安が的中してどもる人? (多い)
どもるだろうと予測をした音で、必ずしもどもるわけではないが、自分の意識としてはあるのだろう。
どもってもいい場面と、どもってはいけない、どもりたくない場面がありますか? これまで経験してきたことで、どもりたくない場面は?
○大勢の前で、自分の名前だけを順番に言うとき。
○児童朝会で、全児童の前でしゃべるとき。
○公式な用件を伝えないといけない電話。
○決まったことばを忠実に表現するとき。
○全社で規模の大きな会議で話すとき。
○会社の電話で、社名を言うとき。
○接客用語の練習のロールプレイ。
○全く知らない人に最初に自己紹介をするとき。
○話しづらい上司に、決まった文言の伝言。
○救急車を呼ぶために、名前と住所を言うとき。
○入院した病院でのナースコール。
○再配達依頼の電話で、住所や名前をいうとき。
伊藤 再配達のお願いの電話など、今後その人と会うことが絶対にない場合でも、嫌ですか?
○私はむしろこの先もつき合っていく人なら、いずれ、どもるとばれると思うからいい。
○どもりたくないと思うのは初対面の人の方が多い。
〇二度と行かない食堂でどもってまで食べない。
伊藤 僕も、寿司屋で、必ずどもる「トロ」は注文しないが、店の注文は避けられるけれど、再配達の場合の住所、名前を言うのは避けられない。
どもりたくない場面として挙げたことを整理していこう。すべての場面でどもりたくないのは分かるけれど、我慢できることは、どもってもいい場面だと考えて、どもってもいい場を増やしていかないと生活しにくい。
声が出ないときの対処の基本は、どもらずに、吃音をコントロールするということではなく、いかにその場で、用件を伝えたり、したいことができるように、「声」を出すかということだ。吃音を治す、改善ではなくて、いかに生き延びるか、サバイバルするかだ。二度と会うことのない人には、別にどもろうと、時間がかかろうと、構わないと考えた方が生きやすいよ。
やっぱり嫌だ、できないという人、いますか。
○見たい映画の名前が言えなくて、その映画を見ることができないということは。
伊藤 その映画、本当に見たいの?
○そう言われると…。見たい映画は、どもってでも言って、切符を買って見てますね。
伊藤 それがサバイバルだ。自分が本当に見たいものならどもってでも言う。本当に食べたいものだったらどもってでも言う。でも、どうでもいい、「まあいいか」というときに、逃げることは、山ほどあるんじゃないか。そういうときでも、私は逃げないという人、ちょっと手を挙げてみて。 (ひとり)
伊藤 それはすごい。僕なんか今でも逃げまくっている。ことばを言い換えたり、どうでもいいことは、言わない。昔はことばを言い換えたり、言わずにいることに、抵抗感や罪悪感があったが、今はないし、逃げている意識もない。
「言いたいことはどもってでも絶対言い切り、言い換えをしてはいけない」と言う、アメリカの言語病理学者がいた。成人のどもる人で、言い換えをしていない人はほとんどいないと僕は思う。吃音が治らないという前提に立つと、私たちは、どんな手を使っても、生き延びることを考えたい。しなければならないこと、したいことからは逃げないということだ。そういう観点で考えてみよう。
自分の名前や会社の名前を瞬間的に言う
伊藤 先日も女子大学生から電話相談があった。出席確認で、名前の「はい」が言えずに、欠席扱いになってしまう。先生に、どもることを話して、出席にしてもらった。その後は、手を挙げるなどでしのいでいるが、それでいいのかという相談だった。
女優の木の実ナナさんも、「男はつらい」の映画のときに、フーテンの寅さんに言う「おにいちゃん」が言えなくて、2日間撮影がストップした。
「はい」とか、「会社や自分の名前」など、一言が言えないときに、今まで自分はこう切り抜けてきたという人、いますか。
アクションを使う
○手を振って言う。
伊藤 はい。いいですね。声が出ないとき、動作をしたら声が出たことをきっかけに、どもる時その動作が無意識に出てしまうのが、「随伴症状」と言われています。私たちは、これを症状とは言わないが、自覚的なアクションとして活用したい。手を振るということも、指を折るということも、いいけれど、かっこいい、ユーモラスなアクションを自分なりの工夫で身につける。
第一回吃音問題研究国際大会で挨拶をしたとき、全然声が出なかった人が、ほっぺたをピシャピシャとたたいて言った。そのユーモラスな仕草が大きな笑いを呼び、場がなごんだ。そのような動作を「なぜそんなことするの?」と聞かれたら、こうすると、声が出やすくなるからと言ったらいい。
アメリカの吃音学者のヒューゴー・グレゴリー博士が、第一回吃音問題研究国際大会の基調講演で、どうしても自分の名前が出ないときに、オーバーに手を振って言えるようにして、少しずつ動きを小さくして、最後は手をポケットに入れて、「ヒューゴー・グレゴリー」と言うと言っていた。
そんなことをしてはいけないという専門家もいるかもしれないが、その方が言いやすいなら、それでいい。僕は吃音矯正所に行っているときに、「高田の馬場」の切符が買えなくて、いろんな動作をつけてしのいだ経験がある。
昔は、メトロノームを使うみたいに、「こ・ん・に・ち・は」と指を折って話す「指折り法」などが、緊急避難の対策としては一般的だ。
こういう、緊急避難のためだけでなく、普段から、直立不動のようにしゃべるのではなく、もっと表情を豊かに、身ぶり手ぶりを使った方がいい。非言語のコミュニケーションを豊かにしたい。
竹内敏晴さんが、「ことばはアクション」であると言った。人とかかわろう、人に向かっていこうとするアクションの音声の部分が、ことばだと考えたら、相手に働きかけるアクションをつければいい。
言いやすいことばを先につける
○自己紹介のとき、みんなは名前だけを言っていたけれど、不自然で、おかしいと思われてもいいやと思って、言いやすい自分の住所を上につけて、勢いで言った。
伊藤 これもいい手だね。「何々の・・」と、言いやすいことをつければいい。極端に言ったら「に」が出やすかったら、「日本人の○○」でもいい。
○そしたら、私の次の人から、私と同じように、住所を言うようになった。
伊藤 それはおもしろいね。自分がルールを作るくらいのおおらかさがあるといい。前の人の言った通りにしないといけないと思うからしんどいので、自分の所から変えてやろうと思えばいい。
自分の名前を言わなければならないときに、ちょっとかっこいい「ことば」をいくつかレパートリーとして持っておいたらいい。名前を言わなければならないときには、これとこれとこれとを使おうとか、場面に応じて準備しておけば安心する。不安のプラス面は、準備ができることなのだから、そのときのために、準備をすればいい。
名前の前に、住所をつけるのは誰でもが考えることで、もっと何かかっこいい、ユーモアのあるものをつけるといい。自分をアピールできる、「えっ」と思うような、形容詞でも副詞でもつければいいと、思う。
○私は名前の最初の「と」が言いにくいから、「えー」を言って、「えーと」にして、「とくだ」と、弾みをつけて、つないでいくんです。
伊藤 これも昔からあった方法。日本音声医学会の颯田琴次初代会頭が、「ん」をつければと提案した。「うん、いとうです」と言う。緊急避難のときに、使える。「えー」でも、「うん」でもいい。「うん」をつけたり、「えー」をつけたりすることが一般的だけれども、これもできるだけもっとかっこいいのをつける。
望月勝久という、リズム効果法を提唱した吃音臨床家は、どもりは絶対治ると言い、「あのー、えー、あのー」を40%つけろと言った。アナウンサーでも、ニュースを読むときはすらすら言うけれど、対談などでは「えー」や「うー」と言う。それをつけない人はほとんどいないから、どもる人が、「あのー」「えー」をどんどん使い、40%つけて話しても、「相手がどもっていると気づかなければ、もはや、吃音ではない」と、むちゃなことを言いました。たしかに、結果として「あのー」は言うが、わざわざ言う必要はない。40%もつけたら、聞いていられない。
○声が出ないとき、息が止まるので、息を吐いて深呼吸してから、言う。
伊藤 これもいいね。声がブロックして出ない時、どもったままで出そうとしないで、いったんやめて息を吐いてやり直す。ヴァン・ライパーの吃音治療法の一つにこの「キャンセリング」がある。
深呼吸と言ったが、吐くのはいいが、吸ってはだめ。吸うと、また力が入る。どもったままの状態で言い切ろうとしないで、いったんやめて、「はあーっ」と、少し声を出すようにして上あごに息をぶつけるように吐く。緊張をとく一番いい方法は、息を吐くことです。吐く息で言ってみる。(つづく)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/03/05