第1回吃音問題研究国際大会を終えて

第1回吃音問題研究国際大会 大会会長 伊藤伸二

はじめに
 海外10力国から34名、日本の各地から360名の研究者、臨床家、成人吃音者が参加し、第1回吃音問題研究国際大会が、昨夏京都、国立京都国際会館で開催された。
                              (資料1事業報告)
 日本音声言語医学会、全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会、全国言語障害児をもつ親の会の協賛を受け、全国言友会連絡協議会、大阪言語障害児教育研究会、京都言語障害研究会の3者の共催で開かれた。その準備の中心となったのは言友会であった。
 法人格もなく、経済的基盤もない、成人吃音者のセルフ・ヘルプ・グループが多額の経費を必要とする国際大会のイニシアチブをとり、準備を進めた意義はどこにあったのか。
 これまで大きな壁や人生のさまざまな問題にぶつかると「どもるからできない」と回避してきた吃音者は多い。〈どもり〉ということばにすら嫌悪し、どもることに病的なほどに否定的な感情を持つ吃音者も多い。どもることを家族、友人、職場の人たちに隠している吃音者もまた多い。このように〈どもり〉に否定的な感情を持ち、日常生活で逃げることの多い吃音者のグループであれば、国際大会の開催など不可能であったろう。
 今回の国際大会は、「どもりながらも明るくよりよく生きる」ことをめざす言友会ならではの事業であり、言友会のこれまでの活動の成果が問われる大会でもあった。また、言友会の〈吃音者宣言〉を頭では理解できるが、実際には行動できないという吃音者が、頭での理解から経験を通して学ぶ好機でもあった。
 成果はどうであったか。職場の同僚全員にカンパを訴えた人がいた。多くの吃音者が両親、友人、職場の人々に言友会の活動を、国際大会の意義を語った。大口のカンパが全くない中で、言友会が身近な個人から集めたカンパ総額は、1,100万円に達した。多くの言友会の会員が〈吃音者宣言〉を実践した証しであった。
 以下、準備の段階から大会の概略を紹介しよう。

 大会内容
 1.準備
 言友会は以前からいつか世界の吃音者に呼びかけ、吃音者の世界大会を開きたいとの希望を持っていた。事実、世界の吃音研究者や吃音者グループとの若干の交流はあった。しかし、まだそのような大会を開く実力もなく、またその時期でもないと考えていた。ところが、言友会が創立20周年を迎える年、1986年、国際音声言語医学会議が東京で開かれるという偶然のチャンスがめぐってきた。国際音声言語医学会議に参加する世界各国の吃音研究者、臨床家、さらにこれまでつき合いのあった吃音者のグループに呼びかければ、国際的な吃音研究の交流が実現するのではないか。この機会を生かさなければ、吃音の国際大会は今後実現不可能であろうと考え、非力を顧みず準備に取り組んだ。
 幸い、日本音声言語医学会が協賛して下さり、国際音声言語医学会議での official reporterの Hugo H.Gregory博士も私どもの国際大会に参加することを快諾して下さり、西ドイツ、アメリカなど吃音者グループから参加の連絡が入った。結局、10力国、34名の海外からの参加を得、国際大会にふさわしいプログラムを組むことができた。

 2.大会の目的・意義
 大会の意義目的を開催趣意書で次のように表した。

「社会生活そのものが言語生活といえる現代、話しことばの障害である吃音は、人間を深く悩ませる大きな問題の1つだといえます。
 吃音は人口の約1%の発生率があり、これは国や民族の違いを越えてほぼ同じです。この人数の多さからも、吃音は解決すべき重要な問題であるとして、世界各国では言語病理学を基礎に研究が発展してきました。しかし、長年の調査、研究にもかかわらず、吃音の本態で不明な部分も多く、すべての吃音者に100%有効な治療法はまだ確立されていません。
 吃音者本人は吃音にどう対処すればよいかを、また吃音児・者にせっする臨床家はどのようにアプローチすればよいかを悩んでいるのが現状です。
 しかも、吃音の研究者、臨床家、成人吃音者の互いが研究、実践、体験を出し合い討議するという、世界的な規模での共同の歩みはこれまでほとんどありません。
 こうした状況の中で、世界の吃音の研究者、臨床家、成人吃音者、さらに広く吃音に関わる人々に呼びかけ、吃音にテーマを絞った大会を開くことは意義あることと考えます。
 この大会では、吃音問題の中で、臨床上、重要な課題である「吃音の評価」「吃音との直面」「吃音と環境」を主なテーマとしました。また、世界各国の成人吃音者のグループの活動内容が紹介され、討議されます。
 このような具体的なテーマをもとにした世界の吃音研究・実践の交流が実現すれば、この分野での今後の国際的な発展に寄与できるものと思われます。
                            大会開催趣意書より

 3.プログラム
 以上の趣旨のもと、プログラムが組まれた。大会冒頭の「出会いの広場(エンカウンター・トレーニング)」では、初めて出会った世界の参加者が心をひとつに打ちとけ合い、これから始まる大会を和やかな友好あふれるものにする効果があった。口頭・ビデオ発表、3つのシンポジウムを通して、世界各国の研究、吃音のとらえ方等が明らかにされ、さらにワークショップでは、イギリス、東ドイツ、オランダ、スウェーデンの研究者、臨床家による、その国の研究、臨床の紹介があった。参加者の積極的な素直な質問や発言が会議を常に盛り上げた(資料2大会プログラム)。

成果
 吃音問題に対するとらえ方、今後の吃音研究、臨床のあり方を盛り込んだ「大会宣言」が、参加11カ国の代表によって討議され、採択された。大会宣言は、次のように言う。

 『ここで研究、臨床上、考慮しなければならないことは、吃音は単に表出することばだけの問題ではなく、その人の人格形成、日常生活にまで大きく影響するということである。だからこそ吃音問題解決は、吃音児・者の自己実現をめざす取り組みであり、吃症状の改善、消失もその大きな枠の中に位置づけられるべきである』
                                (資料3大会宣言)。

 参加した世界各国の吃音者、研究者、臨床家がこの点で合意に達した意味は大きい。これは、ともすれば吃症状にのみ目を向けがちであった吃音者、研究者、臨床家への警告であり、さらには「どもりは簡単に治るもの」という一般社会通念への啓蒙でもあった。
 また3年後、西ドイツでの第2回大会開催が決定したことの意義も大きい。吃音に関わるすべての人々が集う第1回大会の基本理念が第2回大会へと継承されることになった.

おわりに
 大会は、主催者側の予想をはるかに上回る参加者数と幅広い階層からの参加を得て、大会プログラムが充実し、また会議も熱気あふれるものとなった。口頭発表やシンポジウム等、大会のすべてのプログラムの中で音声言語医学会の先生方が積極的に協力をして下さった。また,業者に委託しない手作りの大会であったため、翻訳、通訳、その他さまざまな仕事を大勢の人々が手弁当でお手伝い下さった。第1回吃音問題研究国際大会を成功に導いたのは、これら大勢の方々の善意と熱意であった。

 協賛をして下さった日本音声言語医学会をはじめとする諸団体、大会成功のためにご支援下さったさまざまな立場の人々に深甚の謝意を表したい。
 最後に、本大会顧問として,大所高所からいろいろとご助言いただいた筑波大学心身障害学系内須川洸教授に深く感謝する。

資料1 事業報告
1)開催期間 昭和61年8月8日~11日
2)開催会場 国立京都国際会館  堀川会館
3)参加者数 国外34名 国内360名 計394名
4)参加国 11カ国 
    アメリカ、西ドイツ、東ドイツ、オーストラリア、フィンランド、スウェーデン、    オランダ、イギリス、イタリア、ポーランド、日本
5)参加者構成
   吃音研究者(大学および研究機関)50名
   臨床家(ことばの教室の教師)150名
   吃音者150名
   その他(行政職員,病院ST,吃音児をもつ親など) 44名
6)大会内容
  各国状況報告、シンポジウム、海外研究者によるワークショップ、分科会、学術講演など
        日本音声言語医学会 『音声言語医学 Vol.28 No.2, 1987.4』

資料2 大会プログラム

8月8日(金)
 出会いの広場(エンカウンター・トレーニング)
  ファシリテーター:村山正治(九州大学教育学部)

8月9日(土)
 基調報告・各国代表発表
  基調報告:伊藤伸二(全国言友会連絡協議会)
  各国代表発表:アメリカ、西ドイツ、オーストラリア、フィンランド、スウェーデン
 口頭発表・ビデオ発表
  司会:峪道代(大阪市立小児保健センター)
  口頭発表 
アリクサンドラ・ファインバーグ(アメリカ)
    RRの事例研究:チームアプローチによる流暢性向上のための精神力学的介入     エリザベス・セーデルホルム(スウェーデン)
    吃音の折衷的とらえ方と集中治療プRグラムの考察
   後上鉄夫(豊中市立教育研究所)
    吃音に対する態度尺度に関する研究
   吉岡博英(筑波大学心身障害学系)
    実験音声言語医学からの吃音研究
       ―光電グロトグラフィによる観察を例に―
   水町俊郎(愛媛大学教育学部聴覚言語障害児教育研究室)
    吃音者のassertivenessに関する研究
   オーケ・ビストロム(スウェーデン)
    訓練を受けない成長・教育と学習への自然的アプローチ
 ビデオ発表
 永淵正昭(東北大学教育学部聴覚言語欠陥学研究室)
    吃音と聴覚
   佐世省吾(大分県教育センター)
    吃音障害を超えて
 シンポジウム1
   テーマ 幼児吃音へのアプローチ
   ―幼児吃音の環境調整を中心に―
    幼児吃音の場合、その周囲の環境、特に母親へのアプローチが重要な意味を持つ。 母親指導におけるポイント、留意点などを中心に幼児吃音へのアプローチについて 考える。

  司会   長沢泰子(国立特殊教育総合研究所言語障害研究室)
  シンポジスト レナ・ラスティン(イギリス)
         若葉陽子(東京学芸大学附属特殊教育研究施設)
  指定討論者  早坂菊子(筑波大学心身障害学系)
         一色啓祺(新居浜市立宮西小学校ことばの教室)
         益川正博(京都市児童福祉センター)
         内野敏彦(福岡言友会)
 ワークショップ
  来日する海外研究者3人による吃音講座 講義と質疑応答、ディスカッション。
   幼児吃音の指導について  レナ・ラスティン(イギリス)
    進行:内須川洗(筑波大学心身障害学系)
   学童期の吃音児の指導について  ルース・ベッカー(東ドイツ)
    進行:竹田契一(大阪教育大学聴覚言語障害児教育研究室)
   成人吃音者の指導について  エリザベス・セーデルホルム(スウェーデン)
    進行:永淵正昭(東北大学教育学部聴覚言語欠陥学研究室)
   成人吃音者の指導について  E.F.ストロナラス(オランダ)
    進行:吉岡博英(筑波大学心身障害学系)

8月10日(日)
 学術講演
  テーマ  吃音の問題と展望
  講師   ヒューゴーH.グレゴリー(ノースウェスタン大学アメリカ)
  司会   内須川洸(筑波大学心身障害学系)

 シンポジウム2
   テーマ 吃音児・者にとって吃音問題解決とは何かを考える
   ―対症療法だけでよいのか―
    吃音問題解決の長い歴史の中で、吃症状そのものへのアプローチ、つまり対症療   法が主流を占めてきた。その中で成人吃音者のセルフ・ヘルプ・グループ言友会で   は、吃音症状の改善、および消失を目的とせず、吃音を持ったままより良く生きる   方向を探ろうとしている。
    吃音児・者にとって、真の吃音問題解決とは何かを考える。
  司会  竹田契一(大阪教育大学聴覚言語障害児教育研究室)
  シンポジスト 伊藤伸二(全国言友会連絡協議会)
         ヴィヴィアン・シーアン(アメリカ)
         ジョン・ステグルス(オーストラリア)
  指定討論者  望月勝久(日本吃音治療教育連盟)
         龍石龍国(福岡県教育センター)
         オーケ・ビストロム(スウェーデン)
         西ドイツ吃音者協会代表

 シンポジウム3
   テーマ 吃音問題の評価について考える
   ―吃音評価の確立を求めて―
    吃音児・者の指導プログラムを立てる上で、その吃音児・者の吃音の問題をどう   評価するかは大変重要である。
    従来の吃音検査法を検討しつつ、吃音問題の評価のあり方について考える。
  司会 大橋佳子(金沢大学教育学部言語障害児教育)
  シンポジスト 森山晴之(国立身体障害者リハビリテーションセンター)
         村上英雄(岐阜言友会)
  指定討論者 伊藤友彦(静岡大学特殊教育研究室)
         喜多順三郎(須碕市立須崎小学校ことばの教室)
         ルース・ベッカー(東ドイツ)

8月11(月)
 まとめのシンポジウム
  司会  内須川洸(筑波大学心身障害学系)
  シンポジスト 各国成人吃音者グループ代表
         海外の主な研究者
         永淵正昭(東北大学教育学部聴覚言語欠陥学研究室)
         盛由紀子(川崎市立三田小学校ことばの教室)
                                     など

資料3 大会宣言

 話しことばによるコミュニケーションが欠かせない現代、吃音は人間を深く悩ませる大きな問題のひとつだと言える。また、吃音は人口の1%の発生率があり、これは国や民族の違いを越えてほぼ同率である。この世界の多くの人々が悩む吃音問題を解決しようと、さまざまな調査、研究および治療プログラムが世界各国で進められ、セルフ・ヘルプ・グループも多く発足した。しかし、長年にわたる調査、研究にもかかわらず、吃音の本態で不明な部分は多く、したがって全ての吃音児・者に100%有効な治療法はまだ確立されていない。吃音児・者本人は吃音にどう対処すればよいか、また臨床家はどのようにアプローチすればよいか悩んでいるのが現状である。
 一方、一般社会には「どもりは簡単に治るものだ」という安易な考えがあり、吃音児・者の真の悩みは知られていない。社会における吃音問題への理解の浅さが、吃音児・者本人にも影響を及ぼし、吃音問題解決に大きな障害となっている。
 このような吃音を取りまく厳しい状況の中で、吃音問題の解決を図ろうとするためには研究者、臨床家吃音者がそれぞれの立場を尊重し、互いに情報交換することが不可欠である。互いの研究、臨床、体験に耳を傾けながらも相互批判を繰り返すという共同の歩みが実現してこそ、真の吃音問題解決に迫れるものと思われる。
 ここで、研究、臨床上、考慮しなければならないことは、吃音は単に表出することばだけの問題ではなく、その人の人格形成や日常生活にまで大きく影響するということである。だからこそ、吃音問題解決は、吃音児・者の自己実現をめざす取り組みであり、吃音症状の改善、消失もその大きな枠の中に位置づけられるべきである。
 1986年8月、京都で行われた第1回吃音問題研究国際大会を機に、われわれは世界各国の研究者、臨床家、吃音者に呼びかけ、吃音問題解決のための輪を広げることを宣言する。

1986年8月11日              第1回吃音問題研究国際大会

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