ふたりの心の旅路

 昨日紹介した巻頭言に書いたように、吃音親子サマーキャンプで出会ったふたりの体験を紹介します。
 サマーキャンプに長年参加していたふたりが、2004年、相次いで、吃音と向き合ってきた自分の体験を発表する機会に恵まれました。まさき君の「変わっていくこと」と題する体験は、国際吃音連盟のISAD2004オンライン会議に掲載され、多くの反響がありました。また、国際吃音連盟のニュースレター「ワンボイス」にも掲載されました。あやみさんは、宮崎県で開かれたセルフヘルプセミナーに参加し、セルフヘルプグループの活動の中で感じたり考えたりしたことを発表しました。
 まず、まさき君の体験を紹介します。

変わっていくこと
                          まさき(大学1年)

どもってもいい―キャンプとの出会い
 私は自分の吃音がいつぐらいから始まったのかはっきり覚えていませんが、幼稚園の頃にはすでにどもっていました。小学校に入学してから私は、自分の吃音のことで馬鹿にされたり、からかわれたりする毎日が続き、私の心はだんだんと暗くなっていきました。
 そんな中、小学校4年生の夏、私は日本吃音臨床研究会が主催する「吃音親子サマーキャンプ」と出会いました。このキャンプに参加して私は、吃音で悩み、苦しんでいるのは自分ひとりだけじやないということと、私には自分と同じように吃音で悩んでいる仲間達が大勢いるんだということを知り、とても勇気付けられました。この「吃音親子サマーキャンプ」と、そこでの吃音で悩む仲間達との出会い、そしてその仲間達と過ごした3日間は、「どもりでよかった」と思えるほど私の心を明るく、前向きなものへと変えていきました。
 このキャンプをきっかけに、私はあまり自分の吃音で悩まなくなり、「自分はどもっていてもいいんだ」と思えるようになりました。そして、学校生活が次第に楽しくなっていきました。それ以来、私はどんなに吃音でつらいことがあっても明るく、前向きに生きていこうと心に決めました。明るく前向きに考えていれば、たとえ吃音で悩むことがあっても、その悩みに押しつぶされることなく、日々を楽しく過ごすことができると思ったからです。

どもりたくない気持ちも自分―中学生
 けれど、そんな私が中学生になってから、次第に人前でどもることに抵抗を感じるようになりました。そして、中学2年生のある日、国語の授業での本読みでひどくどもってしまい、恥ずかしさと本読みも普通にできない自分への苛立ちから、ひどく落ち込んでしまいました。この時は、なぜか以前のように明るくふるまうことができませんでした。その時、私は今まで自分の本心を偽るために、無理矢理明るくふるまっていたことに気づきました。どもることを恥ずかしいと思う気持ちや、普通に話すことのできる人達がうらやましいと思う気持ちを認めたくなかったから、そういう感情を心の奥に押し込めるために明るくふるまっていたのでした。
 そのことに気づいてから私は、自分の感情を偽らず、押し込めずに自分の吃音と向き合っていこうと思いました。自分の本当の思いを押し殺して生きるということが、とても辛いということに気づいたからです。これからは自分のありのままの感情で、吃音とつき合っていこうと思いました。
 それから吃音で悩むことはたくさんあったけれど、その悩みから逃げずに正面から向き合い、自分なりの答えを出すことで、私はその悩みに押しつぶされることなく、学校生活を送ることができました。

強い劣等感に気づく―高校生
 そんな日々が続き、高校受験の時、私は初めて「自分の意思」で行きたい学校を選択し、その学校の試験に合格しました。この、自分の力で進む道を切り開いたという事実が、私に大きな自信を与えてくれました。
 合格した高校に入学してからも、私は積極的にクラブや学校行事などに参加するなど、とても充実した楽しい毎日が続きました。何をするにも、私は自信に満ち溢れていました。その頃から私は、自分はただ言葉が詰まるだけあって、他の人と何も変わりはしないんだと思うようになり、自分の吃音についてあまり考えないようになっていきました。それ以来、私は人前でひどくどもってもほとんど気にならなくなりました。私は吃音と向き合い、考え続けたことで成長し、強くなったのだと思っていました。
 けれど、本当はそうではなかったことを、一人の音楽教師が気づかせてくれました。その教師は私に、「君はかたくなに心を閉ざしてしまっている。誰と話すときでも決して自分の本心で話そうとしていない。いつまで逃げているつもりだ?」と言いました。その時、私はこの教師の言っている意味がわかりませんでした。自分は心を閉ざしてなどいないし、自分の吃音にも逃げずに正面から向き合い、考えてきた。だから自分は強くなったんだと、私は信じていました。しかし、そう思いながらも、その教師の言葉を聞いた時、私は自分の心の奥底をえぐられたような痛みを感じ、泣いていました。その時初めて、私は吃音を持つ自分に強い劣等感を抱いていることに気づきました。
 小さい頃から負けず嫌いで、人から低く見られることが何より嫌いだった私は、「誰からも尊敬されるような立派な人間」を演じ、皆から認められることで、自分への劣等感を心の奥底に押し込めていたのでした。私は強くなったのではなく、ただ「強い自分」を演じていただけだったのでした。今まで、自分のありのままの感情で吃音とつき合ってきたつもりが、中学生の頃と同じように、自分の本心を偽り、本心で吃音と向き合うことから逃げていたのでした。

声優という夢を阻む吃音
 今まで本心で吃音と向き合ってきたつもりが、そうではなかったということに気づいて、私は自分の吃音とどう向き合っていけばいいかわからなくなってしまいました。それからしばらくの間、無気力な日々が続きました。けれど、そんな日々の中で、私はどうすればいいのかわからないと思いながらも、私の心はとても穏やかで、安らかなことに気づきました。おそらく、それまで私の心を押さえ込んでいた壁がなくなったからなのだと思いました。それから私は、とりあえずゆっくりと、楽に生きてみようと思いました。自分の吃音のことは、これから焦らずにゆっくりと考えていけばいいのだと思ったからです。この時、私は初めて心を開くことが、こんなにも自分の心を穏やかにするのだということを知りました。
 そして、高校3年生になり、開いた心で素直に自分が何をやりたいのかを考えた時、私はひとつの夢を抱くようになりました。それは将来、声優という職業に就きたいという夢です。小さい頃から、声優という職業に憧れていました。けれど、真剣に声優を目指そうと思ったとき、私は自分が吃音を持っている限り、声を使う声優になることは不可能なのではないかと思い、目指すことに戸惑いを感じました。しかし、私にはそう簡単に声優になるという夢をあきらめることはできませんでした。
 だから私は、大学に入学する少し前まで、吃音を100%自分の意思でコントロールできるようになろうとやっきになっていました。けれど、コントロールしようとすればするほど、私の吃音はひどくなっていきました。コントロールするどころか、いっそうひどくなっていく自分の吃音への苛立ちから、私は初めて自分の吃音を憎むようになりました。私は、自分の夢を束縛する自分の吃音が憎くてしかたがありませんでした。

今の私
 けれど、吃音を憎んでも何かが変わるわけでもなく、自分の心が苦しくなるだけでした。その時私は、自分の吃音を憎むということは、自分自身をも憎んでしまうということに気づきました。自分を憎んでしまったら、自分の可能性をなくしてしまうだけで、まして吃音を憎み、無理矢理コントロールした声で声優になどなりたくないと思った私は、それ以来自分の吃音を憎むことはなくなりました。
 そして今の私は、吃音を無理矢理コントロールしようとは思っていません。たしかに吃音をコントロールしたいという思いはあります。コントロールできなければ声優になる夢をかなえるのは難しいと思うからです。しかし、だからといって無理矢理コントロールしようというのではなく、私は、自分がこれから生きていく中で様々なことを見て、聞いて、感じて、そして考えることによって、自然に吃音をコントロールできるように変わっていきたいと思っています。自分の吃音を否定せずに受けとめ、向き合っていくことで、きっと私は吃音と共に変わっていくことができると思うからです。
 このように、私の吃音に対する思いが変わっていくことができたのは、日本吃音臨床研究会の人達や「吃音親子サマーキャンプ」で出会った仲間達のおかげだと私は思っています。この仲間達が私に自分と向き合う勇気を与えてくれたのです。私が悩み、落ち込む度に、私の話を真剣に聞いてくれたから、私は自分の気持ちを整理することができ、変わっていくことができたのです。
 生きるということは変わっていくことなのだと私は思います。これからも私の吃音に対する思いは変わっていくだろうと思います。そして、その度に私は自分の吃音と向き合いながら生きていきたいと思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/05/07

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