10冊運動のお願い

 今日は、「スタタリング・ナウ」2005.1.22 NO.125 の巻頭言を紹介します。2005年のこの文章の中でも、僕は、時代は変わったと書いていますが、それから19年、またまた時代は変わりました。10冊運動とは、今の時代にはとてもできそうにないことをお願いしていたんだと、僕自身、とても懐かしく読んだ文章を紹介します。
 ここで紹介している「知っていますか? どもりと向きあう一問一答」は、2004年に出版しました。多くの版を重ねてたくさんの人に読んでいただきましたが、絶版となりました。何でも、手軽にインターネットで調べられる時代です。ページをめくり、活字を読むことは、あまり流行らないのかもしれません。でも、僕は、本から情報を得ることも大切にしたいです。本を手に取って読んで欲しいとの僕の思いがあふれています。
 先日、ドラマ「舟を編む」を見ました。辞書づくりについて描かれていました。ことばを大切にすること、紙のもつ触感、インクの匂いなど、本づくりに通じるものを感じました。
 「どもりの相談」も「知っていますか? どもりと向きあう一問一答」も絶版ですが、そのほかにも、僕はたくさん本を書いています。ホームページから検索してみてください。興味がもてた本から読んでいただければうれしいです。
 今も、吃音への正しい理解を広げるため、できることを続けていきます。

10冊運動のお願い
                   日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「そちらは吃音ホットラインですか?」
 不安そうな第一声の電話が、私の開設している吃音ホットラインに毎日全国からかかる。成人の相談だけでなく、中学生や高校生、どもる子どもの親、児童相談所などの相談機関からの問い合わせも多い。インターネットが普及していなかった頃は、新聞やテレビで紹介された直後はたくさんの問い合わせがあるが一時的だ。今ほど日常的で頻繁なものではなかった。どもり始めてまだ3日目という母親からの電話などに接すると、ホームページを開設していることの大きな意義を思う。
 その吃音ホットラインに、最近民間吃音矯正所に対する苦情や相談の電話が増えてきた。器具の購入を含めて40万円以上使ったが、全く治らない、インチキではないか、という問い合わせや、高校生の子どもが「どもりは必ず治る」という本を読んで、そこへ行って治したいと強くせがむが、信用できるのか、という親の問い合わせなどである。まるで消費者センターのようである。
 今から40年前の1965年、私がどもる人のセルフヘルプグループの設立に動いた頃は、民間吃音矯正所盛況の時代だった。私が通った東京正生学院には私が在籍していた4か月の間に、300人以上の人が集まっていた。都内にはその他数カ所類似の矯正所があり、大阪や九州にもあった。
 その後の私たちの活動は、ある意味、「どもりは治る」と宣伝する民間吃音矯正所との闘いでもあった。「治らなかった」人々がセルフヘルプグループに大勢集まり、なぜ治らなかったのか、そもそもそんなに簡単に治るものなのか、検討を加えていった。その結果、これまでなら、繰り返し通っていた人々が、二度と「どもりは必ず治る」という甘いことばにだまされなくなった。かっての吃音矯正所は経営が立ちゆかなくなり、多くの矯正所は規模を小さくするか、完全に消滅していった。
 1978年「どもりの相談」という小冊子は、300円という安さとコンパクトさも手伝って、3万部を完売した。ひとりが10部20部と周りの人に広めていった成果だった。これら地道な活動の中から、どもりは簡単には治るものではないという認識は広がり、セルフヘルプグループの積極的な活動や、長年のことばの教室の実践や、言語聴覚士の法制化によって、吃音は「治すことにこだわらない、吃音とつきあう」方向へと向かうものと希望的に考えていた。
 ところが、インターネットは民間吃音矯正所をを復活させた。インターネットのおかげで、吃音ホットラインで出会う人たちは増えたが、その一方で、矯正所的なるものも復活させてしまった。皮肉なことである。それだけでなく、以前よりはずっと高額で悪質な、サギ商法にも似た「民間吃音矯正所」が現れ、インターネットや宣伝用の自費出版の書物が出版されるようになった。地方の小さな町の図書館に「どもりは必ず治る」とする本が著者から寄贈されていたのには驚いた。宣伝はより巧妙になってきたのだ。
 これらに対抗するには、正しい情報を広げていくしかない。かっての『どもりの相談』が3万人に読まれたように、『知っていますか? どもりと向きあう一問一答』を広げていかなくてはならないと考え、ひとつの運動として、「10冊運動」をお願いしたい。
 昨年は新聞で紹介され、多くの人が「知っていますか? どもりと向きあう一問一答」を読んで下さった。また、全国難聴・言語障害児教育研究協議会や講演会、相談会などで、私たちは積極的に販売した。一冊1050円という定価の安さと手頃な文章量で読みやすさがあったからだが。半年で1200冊が売れた。
 吃音は周りの理解が不可欠である。吃音の当事者だけでなく、周りの人に読んでいただくことが必要になる。ひとりでも二人でも、周りの人に売っていただくか、プレゼントしていただくか、できるだけ多くの人にご紹介いただけないだろうか。10冊とはいかくなても、1冊でも広げていって下さることが、吃音への正しい理解を広げる、私たちでできる取り組みではなかろうか。
 私たちも全力を挙げて取り組みます。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/05/10

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