吃音悲劇の物語
「どもりは必ず治る」と宣伝する民間吃音矯正所では、どもっていたら就職できない、どもっていたら結婚できない、どもる人は自殺したり、引きこもる、など吃音の悲劇がたくさん語られ、だから、吃音を治そうと呼びかけるのです。どこかの美容整形の宣伝のように、「ほんの少しの勇気を出しましょう」と。
これだけ、どもっていたらこんな悲劇が起こると繰り返されたら、追い立てられるように、治療・改善の道を突き進んでしまう人が出てくるでしょう。でも、吃音治療法がないのだから、治りません、治せません。「治らない、治せない」吃音だから、吃音を否定し、吃音悲劇の物語を語り続けることはできないのです。
僕は、吃音肯定の物語を語り続け、吃音と闘うなと言い続けます。
今日は、「スタタリング・ナウ」2015.11.20 NO.255 より、まず巻頭言です。
吃音悲劇の物語
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
『3週間で必ず全治する―ドモリの正しい治し方』(浜本正之・日本文芸社1958年)
中学2年の夏休みの前に、この本を手に入れた時の胸の高鳴りは忘れられない。夏休みに1か月、この本の通りに練習すれば僕のどもりは治り、新学期には別人になって学校へ行けると心底思った。
本の第1部の「ドモリの悲劇」の章で、どもりが原因で自殺をした人、国宝・金閣寺の放火事件などを紹介し、浜本さんはこう呼びかけた。
「私たちは何とかしてこの悲劇を防がねばなりません。その方法はただ一つ。ドモリをなくす事です。ドモリの皆さん。ドモリ矯正のために、勇気を奮いおこして戦って下さい。社会の皆さん。ドモリの人々の矯正への戦いに、指導と援助を与えて下さい。ドモリは、二十日で必ずなおります」
浜本正之さんが、必ず治ると提唱する「まず態度 口を開いて息吸って 母音をつけて軽く言うこと」の言語訓練法は、なんと、バリー・ギターの「ゆっくり、そっと、やわらかく」の統合的アプローチの流暢性形成技法の軟起声、構音器官の軽い接触を分かりやすい日本語で表現してくれている。1903年の伊沢修二の「ゆっくり」から続くこの言語訓練は、世界中のほとんどの人が失敗してきた、100年以上の歴史がある。
私は夏休み中の30日間必死で練習したが、まったく効果がなく、秋には練習をやめた。しかし、「ドモリの悲劇」の物語は強烈に残り、「吃音が治らないと僕の人生はない」と思いつめた。吃音悲劇の物語によって私は21歳まで苦しむことになる。
21歳の時、再び「ゆっくり、そっと、やわらかく」の言語訓練を、東京正生学院という「どもりは必ず治る」と宣伝する民間吃音矯正所ですることになる。この時は、本ではなく、直接指導を受けるのだから、治ると思った。しかし、私を含めて300人全員が治らなかった。「ゆっくり、そっと、やわらかく」は、誰もが、吃音矯正所の中ではできても、日常の生活の中では誰もできなかった。1ヶ月、朝から晩まで一所懸命取り組んだが、結果は中学2年生の夏と同じだった。
どもりが治ることをあきらめ、どもりながら生きることを決め、どもる人のセルフヘルプグループ言友会を創立した。「吃音を治す」「吃音を治す努力の否定」から、「吃音者宣言」に至る10年は、なぜどもる人は吃音に悩むのかなどを考え抜く、「吃音治療」から「吃音哲学」へ転換の歴史だったと言えるだろう。
私たちの方向転換に、「ひどくどもる人は決して有意義な人生は送れない。吃音を治す努力は否定すべきではない」と、自分自身がかなりどもる国立大学の教授から強く批判された。現在でも、「吃音への理解がない社会で、どもっても大丈夫と言うのは、セーフティーネットのない断崖絶壁で、橋を渡れというようなものだ」と、吃音に悩み、治したいと願う人には吃音症状の軽減をはかるべきだと批判を受けている。
そのような中で、北海道・札幌で、どもる人のセルフヘルプグループのリーダーが、吃音が理解されないからと、自らの命を絶った。すると、浜本正之さんの「ドモリの悲劇」の再来のように、「やはりどもりは治すべき、少しでも症状の軽減を図るべき」だとの大合唱が始まった。
その北海道のことばの教室の全道組織の事務局から7月の特別吃音研修と9月の全道大会での記念講演の依頼があった。北海道では、少しでも症状の軽減に努力しようの動きが高まっていると想像していただけに、この依頼に驚くと同時にうれしかった。
私は50年をかけて、「吃音を治す、改善する」動きに反対し、吃音者宣言文で、明るく前向きに生きる人が育ってきたと、どもる人の生きる力を紹介してきた。吃音肯定が広く定着したと考えていただけに、最近の「治す、症状の軽減」路線は、100年前に逆戻りした感じがして悔しい。
浜本正之さんは「吃音悲劇の物語」を語り、「吃音と闘う」ことをすすめ、私は「吃音肯定の物語」を語り、「吃音と闘うな」とすすめる。北海道の記念講演では、これまでの歴史を踏まえて、吃音をレジリエンスの視点からとらえることを話した。
また、私の新たな歩みが始まった。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/03/31

