どもって生きることの意味 2
2015年1月11日東京都北区の北とぴあで開催した、第3回 伊藤伸二・東京ワークショップの様子の続きです。今から11年前のことです。東京ワークショップは、一日のワークショップですが、ひとりの参加者の発言が他の参加者に重なり、厚みを増して展開されていくことが分かります。こうして、僕は、吃音の豊かな力によって、さまざまな立場の人と、内容の濃い時間を過ごしてきました。
「スタタリング・ナウ」2015.7.20 NO.251 より、後半を紹介します。
《第3回 伊藤伸二・東京ワークショップ 2015.1.11 北とぴあ》
どもって生きることの意味 2
どもりでよかった
千田 どもりでよかったことって何ですか。
伊藤 世界大会の閉会式で、僕は、「今日の日はさようなら」の歌のハミングに合わせて、あいさつをしました。今まで僕は、どもりが大嫌いだった。どもりさえなかったら、どんなに幸せかと思い、どもりを憎んで生きてきた。でも、どもりだったから、世界中の人たちと出会えて、その人たちが、「世界大会を開いてよかった。伊藤さん、ありがとう」と言ってくれた。そして、第1回の京都だけでなく、次はドイツで、アメリカでと、3年ごとに世界大会をしようということが決まった。海外の人と肩を組んで、涙がぼろぼろと出てきたときに、ああ、どもりでよかったと思った。
千田 すごいですね。
伊藤 僕は特別な経験をしていると思う。そんな特別な経験でなくても、どもっている自分を好きになってくれたり愛されたり、また何かしたときにありがとうと言ってもらえたりしたことでいい。大げさなことではなくて、よかったなと思えることは、行動することで起こる。引きこもって行動しなかったら、何も起こらない。どもりだったから、今の自分があると思う人はたくさんいます。
今、僕は70歳になったけれど、今、一番勉強している。昔、全然勉強しなかったからだけど。たくさん本を読んでいるし、毎日、新しい知識を得ている。僕の同級生は、毎日が日曜日だと年賀状に書いてきたのに比べて、僕は、どもる子どものキャンプだ、2013年はオランダで国際大会だ、デイビッド・ミッチェルや詩人の谷川俊太郎さんと知り合いになったり、超一流の人たちと会ったり仲良くなったりできたのは、僕がどもりだからで、どもりでなかったら、そんな人と知り合う機会もない。
土井(ことばの教室教員) 聴覚障害でよかった、どもりでよかったと語るお母さんや本人に出会うことがある。感動もするけれど、本当に心からそう思っているのかと思ったりするところもある。マイノリティの人がそういうことを発する背景は、ひとりずつ違い、考えながら生きているんじゃないかなと思ったりする。そんなふうに、テーマを持って考えながら生きていくということが、マイノリティの側にいない人たちはできない、というか、やりにくい。マイノリティの人に出会うたびに、この人たちは、生まれながらにテーマをもっていて、羨ましいというか、悩み方を知っているなと思う。ちゃんと悩むテーマを、ひとりひとりが持っているのは羨ましい。自分のことをずっと考えながら、他者との関係を作っていっているのを見て、よりよく生きている、深く生きていると思う。それは、羨ましい。マジョリティにいたら、自分でテーマを見つけ出さないといけない。その見つけ方がよく分からないので、変な自分探しをすることがあるということを、今、考えました。
伊藤 そのとおりだと思います。言語聴覚士の専門学校や大学などで講義をしているが、吃音親子サマーキャンプのDVDを見せると、必ず羨ましいと言う学生がいます。自分の高校時代に、あんなに真剣に、自分のことを見つめて話をしていただろうか。親以外の大人が真剣に関わってくれ、一緒に考えようとしてくれたことがあっただろうか。こんなことを言ったら失礼かなと思うけど、ひとつのキャンプというコミュニティがあって、ほんとに羨ましいなと思ったという感想を言う学生がときどきいる。吃音というテーマをもって生きるということは、ある意味、人を豊かにする。
最近、関節リウマチの人とあるワークショップで出会って、僕らが想像もできないような、すさまじい激痛が、24時間ずっと続くという話を聞きました。僕は、そういう痛みには耐えられないと思った。薬が合って、その薬が効いたときだけ、ほんの少しうとうとできるらしい。後は激痛の24時間、痛みのことばかり考えていたという彼の話を聞いたときに、僕は、このテーマを背負ってはとても彼のようには生きられない、大変だろうなと思った。関節リウマチの人が、リウマチをいかに受け入れようと、痛みはずっと続くわけで変わりようがない。その点、どもりは、痛みはないし、かゆみもない。自分の考え方をちょっと変えるだけで生きやすくなる。どもりは、認めさえすれば、ぱっと色が変わる。吃音というのは、人が生きていく上で、ほどよいストレスであり、テーマであり、一種の負荷と言えるのではないか。友だちがいて、障害もなくて、何の問題もなくて生きているだけが幸せなのか。それとも、できないことがあっても、それによっていろんなことが考えられるならば、それもひとつの幸せと言えるのではないか。何もないのがいいに決まっているという人もいるだろうけれど、吃音は、ある人にとっては、よりよく生きるためのひとつのテーマになっている。
丸尾 私は、吃音を、ほぼ受容していると思うけれど、大勢の前での発表などは、なるべく自分から手を挙げずに、やらずにやり過ごしたいと思っていることが多い。全てではなくても、少しずつチャレンジして、慣れていくことも、いいのかなと思いました。どもらない人でも、大勢の前での発表が苦手だという人はいるが、だんだん慣れてくると聞くので、それはどもってもどもらなくても一緒なのかなと思う。嫌がらずにちょっとずつ挑戦していければいいかなと思っています。
伊藤 そう。僕、龍谷大学で、ソーシャルワーク演習を担当していたが、学生たちは、顔見知りなのに、みんな最初の自己紹介が怖くて嫌だと言う。どもらないし、知り合いや親しい人も中にいて、全く未知ではない中での自己紹介なのに、緊張するし、嫌だと言う。自己紹介や発表や電話応対が嫌だというのは、どもる人の専売特許ではない。電話が苦手な新人社員はいっぱいいます。いろんな人がいろんなところで、悩んでいる。
溝口(支援学級教員) 何か問題を考えるときに、ひとつテーマを持っていると、それに関連してひっかかってくるものがある。ひっかかって生きていけるというのがいいなあと思いました。マイナスのことを持っていて、でも、それでよかったと言うときに、悲壮感なく、言えたらいいなあ。損か得かという考え方をしていると、悲壮感がなくなる気がする。大阪人だからか、損か得かという考え方は好きだし、「そんなことしてたら、損やんか」と言えば、子どももすごくのってくる。子どもと考えるときにも使える。そう考えると、どもりでよかったという「よかった」が、無理して言っているのではない言い方になる。
伊藤 僕は、自分がどもりでよかったとは言えるけれど、他の人がかなりしんどい病気や障害があってよかったと言ったときに、ほんとかなと思ったりする時がまだある。でも、その人が、その人の人生を賭けて、そういうふうに思えるようになったときには、素直に、そうなんだと思いたいなあと、最近思います。
渡邉(ことばの教室教員) どもる子どもたちが、どもっていてもいいんだと言うので、「どうしてそう思ったの?」と聞くと、「どもる人に出会ってよかった。特にどもる大人の人に出会ってよかった。ちゃんと仕事をしてるし、しゃべる仕事に就いている人もいる。結婚もしている。どもりが理由でできない仕事はないと聞いた。だから、どもっていていいんだと思った」、「伊藤さんは世界大会でいろんな人に出会ったと言ったけど、僕らも、小さなグループだけど、いろんなどもる子どもたちと出会えた。同じ学校にはどもる子はいないけど、違う学校の友だちと出会えたことはすごく良かった。だから、どもっていてよかった」などと言ってくれます。 じゃ、どもりでよかったと思えるきっかけを聞いたら分からないと言います。誰かから、あなたはこのままでいいと言われて、そう思えたのではなくて、いろんな人の話を聞いたり、一緒に考えたり、ことばの教室で一緒に活動したりしたことがきっかけとなって、なんとなく、じわじわと変わっていくのかなと思う。
具体的に困っていることに対しても作戦を考えます。発表や自己紹介が苦手だという子は、その苦手なことばの前に何かことばをつけることは、子どもたちはすでにしている。
「ありがとうございます」の「あ」が出ないときは、「あ」を抜かして「・りがとうございます」と、子どもたちは言っている。出だしが言いにくいときは、後ろのことばと前のことばをくっつけるなど、いろんな工夫をしている。これは、ごまかしているのではなくて、工夫して、自分の財産にしているのだと思う。ことばの教室の担当者がそうしなさいと言ったわけではない。子どもたちの中で、僕はこうしている、私はこうしているよと言うのを聞く。それは、ごまかしているとか、逃げているとかではない。そのことを自慢して、すごいサバイバルをしている。
どもる人が、接客業を仕事やアルバイトにしていると聞くと、ああ、すでにサバイバルしていると思いました。
千田 吃音を受け入れることは、伊藤さんは簡単だと言うが、私には難しい。でも、まず決意することからだとおっしゃったので、とりあえず決意をしてみようと思う。仮の受容じゃないかもしれないけれど、そうしてみようと思う。
名前が言えない、「ありがとう」が言えない
鶴岡 ここ、4~5年くらい前から、ありがとうが言えないので、ネットで調べてみた。それは吃音と出ていて、「もしかしたら僕は吃音?」と思った。でも、それでもまだ認めてないけど。
伊藤 4~5年前までは、認めなくてもちゃんと生きてきたわけでしょ。これからだって、認めなくても生きられるじゃないですか。
鶴岡 そうですね。でも、だんだんと、もしかしたら、どもりなんじゃないの?と思い悩むようになってきた。それまでは、たまたま言えてないだけじゃないかと思っていたけど。
伊藤 ありがとうが言えなくても、名前が言えなくても、別にどうってことはない。
鶴岡 そうですね。そう思いたいですね。
伊藤 名前が言えないことで悩む人がすごくいるんだけど、名前なんて、実は、どうってことはない、単なる符号なんだから。それに対して、恐怖感を持ったりするのはやめたい。おもしろい話がある。どもりながら電話のオペレーターの仕事をしている人がいて、それまでは言えていた自分の名前が、急に言えなくなった。不特定多数の人間から電話がかかってくるときに、オペレーターとして、初めに、私は何々ですと言わないといけない。それで、困ってしまった。そのとき、どんな解決法がありますか。言語聴覚士やことばの教室の教員が、そんな相談を受けたときにどうするか。本人だったらどうするか。
森坂 名前を変えてしまう。
伊藤 そう!その人は変えましたよ。電話をかけてきた相手は、受けた人が斎藤さんでも、横山さんでも別に誰でも構わない。そして、今後、その人が横山さんに電話をかけることはない。彼は、「最近、名前が言えなくなったので、本名は斎藤だけど、当分の問、横山と言っていいですか」と会社に言ったら、会社が「いいよ」と言ってくれて、問題解決です。アメリカでも同じような話がある。弁護士で電話がとても苦手な人がいた。弁護のときには、それなりに自信があるが、事務所にかかってくる電話の対応がうまくできない。いろんなスピーチセラピストから訓練を受けるが全然解決しない。はい、一番いい解決方法は?
鶴岡 電話に出ない。
伊藤 電話に出ないわけにはいかないでしょ。まあ、自分は出ないことになるんだけど。彼は、電話専門の職員を雇い、問題は解決しました。事務所の電話ができないから、スピーチセラピストの所に行って、電話の訓練をしても全然治らない。それならば、電話の対応をしてくれる職員を雇い、自分は、電話に出ることは止めて、弁護に専念する。法廷での弁護だったら、言い換えも含めて何でもできる。苦手なことは苦手なこととして受け止める。それを逃げるとは言わないで、サバイバルといったらいい。
会社員が朝礼で社訓を言わなければいけなくて、すごく悩む人がいます。月に一度、順番が回ってくる。それでひどく悩んでいる。自分はやめて、他の人に代わってもらえばいい。「僕はどもるから、社訓が言えない。今度一杯おごるから、代わりに社訓を言ってくれ」と頼む。どもらない人にとって、社訓を言うことなんて簡単なことだから、代わってくれますよ。労働時間の1時間を代わってくれと言われたら嫌だけど、社訓を言うことくらい、簡単で、悩むのは馬鹿馬鹿しい。自己紹介の名前も同じです。「ありがとうございました」も、誰が「この人、ちゃんと一音一音言っているな」なんて誰も聞いていない。さきほどの子どもたちのように、「・りがとうございました」で充分聞こえる。ええ加減に生きる、良い加減に生きる、どもる人は、これを心がけた方がいいと思う。
じわじわと変わる
溝上 さっき、伊藤さんは、急激に変わるのはすぐまた崩れてしまうみたいなことを話されましたが、僕は滋賀県での、2泊3日の吃音親子サマーキャンプで、ガラッと変わった。もしかしたら、気分の高揚とともに、その気になってただけなのかも知れないけど。
伊藤 そんなことはないでしょう。あれから、だいぶん、経ってるから。
溝上 どもっているのが僕だからとか、どもりがなくなったら自分じゃなくなるとか、放送委員会に入ってどもっても放送でどんどん話しているとか、キャンプの中での、そんな子どもたちの話がすごいショックだった。そのショックで変わったとも言える。その後、急激にことばの教室の教師や、どもる仲間が増えて、どもりについて話す機会も増えた。一時的なものかとも思ったけれど、その後、ずっとどもりについての話が継続することで、強化されて、だんだん本物になっていったのかもしれない。受け入れる、受け入れないということだけでなく、どもりについてたくさん話をする場に行くことはいいことなのかなと思った。
どもりは治さないといけないもので、人から見ても自分から見ても、劣ったものだという考え方が、ずっと30何年間あったけれど、いろんな人に会って、いろんな話を聞いて、いろんな考え方があるんだなあと分かってきた。今、どもり以外のことでも、どっちかというと、本来、いろんなことに悩む方だったけれど、もしかしたらこういう考えもあるかもしれないという別の考えを持てるようになってきた。前よりも、自分の中で考えられるようになってきた。どもりのことをたくさん話す場をもつことで、どもりのこともそうだけど、それ以外のこともちょっと気分を変えられるようになってきたかなと思います。
伊藤 溝上さんは、サマーキャンプでパッと変わったと言ったけれど、その後、キャンプにも吃音ショートコースにも来て、ずうっと一緒に活動をして、踏み固めていっている。だから、一時的なものではない。パッと変わったと言うけれど、その後何もしなかったら、すぐ元に戻る。
吃音親子サマーキャンプは、高校3年生で卒業だけど、最低3回は参加しないと卒業証書はもらえない。1回来ただけではなかなか滲みていかない。少なくとも、3年間は、キャンプに来て、話し合いに参加してほしい。そうする中で、人は変わっていけると思う。パッと変わる瞬間を出発に、踏み固めていったということが大切だね。(紙面の都合で、後半省略)(了)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/03/18

