桂文福さんによる落語「卒業証書」~文福恩返し寄席~
3月31日(月)、大阪天満宮の近くにある、天満天神繁昌亭の夜席は、文福一座の恩返し寄席でした。その日は、文福さんの72歳の誕生日でもありました。これまで長く落語家として続けることができたお礼にと、文福さんは、これまで縁のあった地域を訪ねて、落語会を開くことを企画しました。名付けて、「文福恩返し寄席」です。
文福さんから案内をいただいていた僕たちは、当日、繁昌亭に向かいました。開場前から、たくさんの人だかりです。その中に、文福さんの姿が見えます。サービス精神旺盛の文福さんは、始まる前も終わってからも、必ず外に出て、お客さんと話し、握手をし、写真を撮り、と大忙しです。
文福さんの得意な相撲甚句、相撲発祥の地・当麻寺の相撲甚句会の人たちがずらりと並んで、相撲甚句を披露するところから、幕が開きました。そして、トップバッターは、息子である鹿えもんさんです。僕たちが出たNHK Eテレの番組「にんげんゆうゆう」を録画して、父親の文福さんに見せ、文福さんと僕をつないでくれた人です。その後は、四番弟子のぽんぽ娘さん、珍しい女性の落語家です。ゲストは、人情噺の名人・桂福團治さんの「藪入り」でしっとりとしました。中入りの前、文福さんは、相撲甚句に、昭和歌謡ショーと、自慢の喉を披露してくれました。お客さんも、大喜びでした。
中入り後は、変面マジックショウの亜空亜SHINさん。今まで見たことがないような不思議なマジックショウでした。顔につけているお面が次々に変わり、それだけでなく、筒の中から果物が出るわ、水は出るわ、華麗な舞台に惹きつけられました。
そして、いよいよ、トリ。文福さんが再度登場します。吃音をテーマにした創作落語「卒業証書」です。作者の石山悦子さんには、2023年、初めてこの「卒業証書」を聞いたときにお会いしました。そのときは、桂かい枝さんが演じました。卒業式で生徒の名前を呼ぶことができないだろうから卒業式に出たくないと不登校になっている吃音の教師のところに、生徒のたもつが来て、学校に来るように励ますところから話が始まります。この出始め、私たち聞き手は、不登校になっているのは当然生徒だと思い込みます。ところが先生の方が不登校になっているというのがおもしろいところです。「どもらない人間に俺の気持ちがわかるか?」という先生に、生徒のたもつは、自分の父親が吃音で息子の名前「たもつ」を言うのに苦労し、「いつも元気なたもつくん」とか「今日も笑顔のたもつくん」と、言いにくい名前の前に形容詞をつけて父親から呼ばれていたことがうれしかったと告げます。また、父親は、散髪屋の仕事をしていて、その師匠から、髪を切るだけでなく、お客さんとのコミュニケーション、「間」を大事にしろと教えられたと、父親の経験を紹介します。
場面が変わって、卒業式が終わった後のホームルームの時間、たもつの話を聞いて、それなら出来そうだと卒業式に出た先生は、卒業式で、生徒の名前を呼ぶとき「まぶしい笑顔の○○さん」「まあなんてサッカーの上手な○○くん」と言って無事終えることができたようです。生徒たちは、他のクラスと違って、名前だけでなく、ひとりひとりにいろいろと付けてくれたことを喜びます。ところで、それがどうして「ま」ばかりで始まるのか、確かにマ行は言いやすいと聞いたが、マ行には、「ま」の他に、「み・む・め・も」もあるのに…。「間」を大事にしろと言われたから…と、オチになるという展開でした。詳しくは、2023年10月のブログをご覧ください。
文福さんの「卒業証書」、かい枝さんとはまた違って、独特の、どもる人ならではエピソードが加えられ、文福さんの世界が繰り広げられました。終わってから、文福さんや作者の石山さんと、この落語を大切に育てていきたいと話しました。
人を大切にし、縁を大切にする文福さん。どもりに負けないで、個性にして、話すことが商売の落語家として、50年以上がんばってこられました。
翌日すぐに、文福さんからLINEがありました。僕たちとの縁もとても大切に思ってくれている文福さんです。ありがたいおつき合いに感謝しています。
翌々日、文福さんから、再度LINEがありました。恩返し寄席の終わった後の打ち上げ会の様子です。お連れ合いの田中律子さんの映像とともに、「うちの嫁さんのごあいさつ、私より上手い」とありました。
「これまで支えてくださったみなさん、ありがとうございました。
初めの落語は、今まで300回以上聞いています。最後の吃音の、石山先生が作ってくださった落語を聞かせてもらいたいと思っていました。主人は、ハンディというか特徴というか、そういうのがあるのに、しゃべる仕事に就いて、やっぱり苦労はあったと思うけど、パワーで克服しながら、まあよくがんばってきたと思います。これからは、健康だったら、新作にも取り組んでほしいです。それと、もうちょっと人の話を真剣に聞いてほしいなと思っています。…」
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/04/03




