子どもへの支援 子どもの苦戦を支援する3 石隈利紀さんの講演より

 子どもの苦戦を支援するために、石隈さんは、〈贈り物〉ということばで、サポートをわかりやすく説明されました。〈贈り物〉は、もらってうれしい、役に立つものです。情報、情緒、評価、道具の4つの贈り物を、相手にどううまく手渡すか、が大切です。
 石隈さんの話の中で、ここには出てきませんが、〈元気グッズ〉というのがありました。自分にとって、元気になるようなグッズです。石隈さんは、確か、そのとき、相談に来ていた学生から、何年後かにもらった感謝の手紙が、〈元気グッズ〉の一つだとおっしゃっていたように記憶しています。〈贈り物〉が、その人にとっての〈元気グッズ〉になったら、こんなにうれしいことはありません。僕は吃音親子サマーキャンプで、子どもたちが、1年間の出来事を話してくれ、それが月刊紙の『スタタリング・ナウ』などで紹介されると、何度も何度も読み返しています。子どもたちの1年の成長が僕に元気をくれます。
 では、昨日のつづきです。

子どもの苦戦を支援する
              筑波大学心理学系教授 石隈利紀

4種類の贈り物(サポート)

 子どもの苦戦を具体的にどうサポートしていくか。4種類の贈り物を紹介します。

(1)情報という贈り物
 苦戦している子どもにとって、情報はとても心強い贈り物です。カウンセリングでは、情報を提供することを情報的サポートと呼びます。例えば、高等学校を途中で辞めた男子が、私の大学の教育相談室に来ました。カウンセリングを担当した私は、その子の気持ちの整理を手伝いながら、大検(大学受験資格検定試験)について話しました。その子は大検を受けて合格し、大学をめざしています。この子にとっては、大検の情報は将来への希望をつなぐものになりました。また不登校ぎみの中学生は、ペットが大好きで、世話をよくしていました。担任の先生から、ペットの美容師(トリマー)になる学校について聞き、その学校を見学してから、生活が落ち着き、勉強にも取り組むようになりました。
 私達が子どもをサポートするときに、その子どもに必要な、その子にとって得になる情報をタイムリーに提供することが大切です。今は情報がたくさんあふれていますが、苦戦している子どもが何かを決めるときに役立つ情報がタイムリーにあるとは限らないですね。そういう意味で、お父さんにしろお母さんにしろ、学校の先生にしろ、スクールカウンセラーにしろ、子どもにとって得な情報はないかなというアンテナを張っておくといいですね。今日の講演会も、お友達からの情報で来られた方もいらっしゃると思います。

(2)情緒という贈り物
 苦戦している子どもにとって、「頑張っているね」とか「大丈夫だよ」という情緒的な声かけは、とても嬉しいものです。情緒的な声かけをすることを、情緒的サポートと呼びます。
 「大丈夫だよ」とか「頑張ってね」という声かけは知っていると思います。なるべくレパートリーを増やした方がいいと思います。特に「頑張ってね」は、言われて嬉しいときと、ムカつくときとありませんか? カウンセリングの業界では、落ち込んでいる人に励ましてはいけないというのが決まりです。
 落ち込んでいる人は多くの場合、基本的に真面目なのです。頑張り屋さんです。一生懸命やってうまくいかないから、こうすれば良かったのにと自分を責めているから、落ちこんでいる。ですから、「頑張ってね」って言ったら、失礼です。もう頑張ってるんですから。「頑張ってね」の言葉以外でどの言葉だとその人は元気になるのか、というのを探してみるといいですね。

(3)評価という贈り物
 「評価」という言葉は、随分嫌われ者になっています。でもその人が元気になる評価の贈り方があります。その人の行動についてフィードバックすることを、評価的サポートと言います。とくに上手になってきていること、一生懸命にやっていることについてのフィードバックは、効果的です。
 私の知人で、挨拶が苦手な子どもが、少し練習して最近、私と会って「おはようございます」と元気に挨拶してくれます。それで、私は、「君のおはようございますは、とっても気持ちがいいね」と、フィードバックします。評価を贈っているのです。
 フィードバックすることを、恐れてはいけないということです。確かにどのようなフィードバックが相手を元気にするかはむずかしい。その人が喜ぶように、工夫は必要です。でも私達何か評価っていうのを恐れすぎて、適切なフィードバックを減らしてしまうと、子どもにとっても損ですね。
 私がずっとカウンセリングを担当している、人間関係が苦手で、苦戦している30代の男性のことです。お医者さんの薬をもらいながら、とてもいい仕事をしています。その人との面接の何回目かに、「ごめんなさい、今日都合でいけません」と、約束の5分前に電話がかかってきました。私は、きちんと連絡してくれたことが嬉しくて、「ああ、どうもありがとう。連絡をくれなかったら心配するところだったよ」って言いました。その後、都合で来られないとき、連絡してくれるようになりました。その人にとって、遅れるときに必ず連絡するという、大げさに言えば社会で生きていく上で大切な能力に対する、私のフィードバックという贈り物は有効だったのです。
 その人が元気になる、気持ちが良くなるだけではない。その人の出来ることが1個増えるために、私達は「それをしてくれて、ありがとう」とタイムリーにフィードバックできるといいなと思います。

(4)道具という贈り物
 相手が道具として便利に使えるもの・・例えばお金、時間です。苦戦している相手に、お金や時間などを提供する現実的な援助を、道具的サポートと言います。
 これに関しては、私には苦い経験があります。私の次男は今小学校3年生です。9年前、夏の暑いとき、妻のお腹が大きくて、次男は11月に産まれたのです。私は次男の誕生にとても感動しました。
 夏、暑いときにお腹に赤ちゃんがいる妊婦さんは、布団の上げ下げが大変です。私はカウンセリングやっていますから、口はうまいわけですよ。情緒的なサポートは「いつもありがとう。ほんとにありがとう!」とか、「大変だね」とか十分なのです。そうすると、妻から言われました。「口はいいから、手を使って!」つまり情緒的なサポートはもういいから道具的なサポートをちょうだいと!。その後布団の上げ下げ、食器のかたづけはやりました。
 子どもの環境を子どもにとって良い方向で調整するのも、道具的サポートです。環境は人が生きていくうえで、重要な道具と言えますから。
 例えば、学級のタロウ君とサトシ君が大げんかをしたのを担任の先生が見ていました。先にしかけたタロウ君が「あー、まずかったな!」と言い、サトシ君と仲直りしたいようです。サトシ君も仲直りをしてもいいと思っているのではないかと、先生はサトシ君の様子から考えました。そこで、「今日、先生ね、明日の研究授業の準備でコピーたくさんしなきゃいけないから、手伝ってくれない」と、タロウ君とサトシ君に別々に言いました。2人は先生の手伝いで出くわすわけです。2人は何も喋らず、むっとしてコピーの手伝いをします。終わったあと、「先生、2人にアイスクリームでもおごろう」と帰りにアイスクリームを買って、3人で食べました。タロウ君とサトシ君に話す機会ができ、そこでタロウ君が、「昨日はゴメン」と言う。これは、仲直りの設定をしたというわけですね。
 このようにドラマのようにうまくいくかどうか、分かりません。でも先生にしろ親御さんにしろ、大人は、学校や家族の人間関係、雰囲気など、子どもが育つ環境に対して大きな影響力をもっています。環境がその子どもにとって、少しでも生きやすくなるようにという、道具的サポートは重要です。道具的なサポートは、みなさん何気なくやってらっしゃるんだと思います。
 情報、情緒、評価、道具の4つの贈り物がうまく重なり合って、その子どもが元気になったり、できることがちょっと増えるといいなと思います。(「スタタリング・ナウ」NO.95 2002.7.20)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/11/18

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