子どもへの支援 子どもの苦戦を支援する2 石隈利紀さんの講演より

 石隈さんと初めてお会いしたのは、1999年秋の吃音ショートコースでした。東京での仕事を終え、新幹線に飛び乗り、会場である滋賀県のりっとう山荘に来てくださいました。2泊3日の吃音ショートコースは、真剣な中に笑いのあふれる石隈さんの講義、演習が続き、最終日に、石隈さんと僕の対談がありました。この対談は、本当に楽しくおもしろく、すてきな時間でした。石隈さんが、僕たちのフィールドで話を展開して下さったのが印象的でした。
 この対談を含めて、吃音ショートコースでの石隈さんによる、論理療法のワークショップの記録は、金子書房『やわらかに生きる~論理療法と吃音に学ぶ~』に収録されています。論理療法について、一番わかりやすい本になっていると思います。論理療法で学んだABC理論は、あのときから現在まで、日常生活で起こる不安や、いらだち、怒りなどのマイナスの感情への対処にとても役に立っています。
 では、昨日のつづきです。

   子どもの苦戦を支援する
              筑波大学心理学系教授 石隈利紀

子どもの危機
 もう一つは、子どもの危機です。子どもも大人も、大変な問題で心の状態が揺さぶられるような危険な状況においこまれることがあります。人は自分の力や周りの助けを借りて解決しようとします。それでも、その問題から逃げることも、解決することもできないとき、「危機」になるのです。危機状況では、日頃できることができなくなります。危機は、この文字が示すように、成長のチャンスでもあります。まず危機状況でのサポートについてお話して、それから子どもが出会う危機的な状況をいくつかご紹介します。

(1)危機状況でのサポート
 2001年、大阪教育大学附属池田小学校で事件が起こったとき、まず私が思ったのは、この事件に出会った子どもたち、親御さんと、先生の心の状況です。このような事件に遭遇した人々は、悲しみや辛さが消えないで、なかなか思うようにいかないのではないかと思われます。つまり、多くの人が危機的な状況にあると言えます。こういう危機的な状況で必要なことは、心のバランスを取り戻すことです。そのためには一般論ですが、次のことが必要です。
①今、何が起こっているかということを理解する。
②今、自分の中で起きている悲しみや怒りを、安心できる場所で表現する。
 低学年の子どもの場合には、どういう感情か分からないが何か苦しい場合に、「友達がけがをしたから悲しいんだね。恐いんだね」と言うように、こちらが感情に名前をつけてあげることも効果的です。何か辛いことが起こった直後に、こういうことが起こったのだよと説明して、気持ちを表現するのをサポートすることです。心のバランスを取り戻すサポートです。
 「カウンセリング」と「危機状況でのサポート」の違いについて話します。
 カウンセリングというと、子どもや大人が問題状況の中で、自分の役割の固い鎧や狭い考えで身動きできないとき、その固い状況が少し揺れながら成長していくのを援助するということですね。中学校を出た後、「どうしようか」といろいろ迷います。心が揺れます。いいことですね。子どもは、自分の将来について揺れながら成長するのです。
 一方、事件に出くわしたり、大切な人と別れたりという危機状況にいるときには、すでに心が大きく揺れています。ですから、大きな揺れを小さくするのが「危機状況サポート」の方向になります。揺れをとりあえず、小さくして元のバランスを取り戻すのを援助するということが大事です。すごく不安定な状況になった場合には、とりあえず、誰か、親御さんとか、先生とか、親しい人が側にいてあげて、揺れが小さくなるようにサポートするというのが、大事なのです。
 1つ覚えておきたいのは、悲しい、怒っているなどの感情表現の仕方は、一人ひとり違うということです。なかなか今、悲しいというのが言えなくて後で表現する子どももいます。
 こういう事件があって思うのは、子どもたちや先生方や親御さんが、心のバランスを取り戻して、元の学校生活に戻るのを邪魔してはいけないということです。残念ながら日本の学校では、こういう危機が起こった後の対処に慣れていません。なぜ危機が起きたのかの議論が、事件の直後から盛んになります。その議論はちょっと待ってほしい。その前に、やることがある。子どもや先生やご家族の大きな心の揺れを少しでも小さくする方が、まず大事なのです。子どもたちの心の安定感がどうやったら早く戻るのか大切だと思います。
 なぜこういうことを強調するかと言いますと、日本では、マスコミの多くの方は、心のバランスを取り戻すことの意義についてよくご存じないのではないかと思います。同時に、私たちカウンセリングや学校教育関係者が、十分お伝えできていないあと思っています。危機状況の子どもにマイクを向けるのは、論外です。
 それでは、子どもが出会う危機について説明します。

(2)子どもが出会う危機的な状況
①心的外傷(トラウマ)になるできごと
 予期しにくい、また対処できにくい、そして気持ちが圧倒されるようなできごとは、危機状況の引き金になりやすいと言われています。子どもにとって心的外傷になるできごとには、家族の病気や死、親の失業、両親の離婚、虐待、ひどいいじめ、そして自然災害などがあります。阪神淡路大震災では、自分の生命の危機と同時に、家族や友達の死や大けが、自分が生き延びたことへの罪悪感、友達との別れなどが重なり、多くの子どもにとって大変な危機状況になりました。

②発達課題に伴う危機
 子どもは発達していく過程で、いろいろな課題に取り組みます。その発達課題の取り組みがうまくいかず、危機になることがあります。例えば思春期において身体の変化を受け入れるという課題は、結構重い課題です。私の子どもの頃は、思春期は中学2、3年生でした。ニキビができ出したり、女の子の初潮があったり、男の子に精通があったり、身体が急に大きくなる。これが中学2、3年生に起きていたというのは、ラッキーです。それまでにある程度、勉強のこととか、友達のことが安定してから思春期が来ていたのです。
 今の子どもたちは、思春期が小学5年生ころ、早い子は4年生で、身体が大人になり始めます。まだ勉強の方も友達の方も心の発達の方も、たくさんの課題が進行中のときに、思春期がドーンと来てしまうのです。思春期で身体が大きくなったり、性的関心が強くなったり、どちらに向いていいか分からない。かなり、しんどい思春期を過ごしている子どもが多いようです。思春期における身体の変化を受け入れることがとても大変で、人と会うのが辛くなったりなど、苦しい思いをしている子どもがいます。
 多くの子どもは、発達課題やそれに伴う苦戦を、自分の力とか、周りのサポートで乗り越えていきます。しかし、子どもが成長の節目で、気持ちが急に不安定になり危機的な状況になったら、誰か側についていて、その子どもの揺れが小さくなるようにしっかりと支えてあげる必要があります。

③学校生活や学業や受験の失敗に伴う危機
 学業や受験の失敗に伴う危機で難しいのは、本人にとってはすごく大変な失敗だけれども、周りからは、そんなに大きな失敗に見えないときもあることです。例えば、小学4年生まで100点ばっかりとっていた子どもが、5年生になって急に70点、80点になってがっかりしている。でも他から見るとクラスの平均点よりだいぶ上で、ぜいたくだと思われる。あるいは、頑張っているから大丈夫だと思われる。ところが、その子にとっては70点、80点はすごくショックで、危機になるかもしれないのです。
 勉強や受験の失敗は「周りから客観的に見て」ではなくて、「その子どもにとってどれだけ痛手か」です。勉強や仕事で失敗があったときに、すごく大きな傷、とくに自尊心の傷になりかけているときには、周りが理解してサポートするというのが大事です。
 また人生のステップの「移行」が、危機の一つのポイントになります。小学校、中学校の入学、学校の卒業、就職。人生の次のステップに進む「移行」のときは、誰にとっても大きな困難が伴います。このとき、周りがサポートすることが大事です。
 「移行」の大変さは、大人にとってもそうです。課長に昇進し、はつらつとしているはずなのに、元気がないのは、新しい役割に「移行」することが大変なので、自分の力が出せずに、情緒的に不安定になっているのかもしれません。つまり「移行」のときの困難も、子どもや大人の危機になる可能性があります。

④障害・病気に伴う危機
 自分に何らかの障害、病気があることを理解して自分とつき合うのは、エネルギーがいることです。特に障害や病気について告知、障害や病気の進行は、危機状況になる可能性があります。そういうときのショックをどうサポートするかは、大きい課題です。(「スタタリング・ナウ」NO.95 2002.7.20)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/11/17

Follow me!