子どもへの支援 子どもの苦戦を支援する1 石隈利紀さんの講演より

 「スタタリング・ナウ」NO.95 2002.7.20 では、日本吃音臨床研究会、朝日新聞厚生文化事業団、大阪青少年活動財団との共催で行った教育講演会を報告しています。講師は、石隈利紀さん。演題は、「一人ひとりの子どもを生かし、援助者が生きるサポート~みんなが資源、みんなで支援~」でした。
 石隈さんとのお付き合いも長くなりました。最初、吃音ショートコースのゲストとしてきてくださったのが、1999年、滋賀県のりっとう山荘でした。夜遅く到着される石隈さんを、外に出て待っていたことが懐かしいです。
 その後、今回紹介する教育講演会、最初のシリーズの吃音講習会、今も続いている親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会でも、講師としてきていただきました。腰の低い、フレンドリーな姿勢は、今も、最初の出会いの頃と全く変わりません。

  子どもの苦戦を支援する
            筑波大学心理学系教授 石隈利紀

 2001年6月30日、朝日新聞厚生文化事業団、大阪青少年活動財団などとの共催で、筑波大学心理学系教授・石隈利紀さんをお迎えして、《教育講演会》一人ひとりの子どもを生かし、援助者が生きるサポート~みんなが資源、みんなで支援~を開催しました。3時間の講演の前半部分を紹介します。

子どもと環境との折り合い
 不登校の子どもが増えています。いろいろなタイプの苦戦をしている子どもがたくさんいます。子どもはどんなふうに苦戦しているか考えるときに、今の子どもは弱くなったとか親が悪いとか、いろいろな説明があります。それぞれに納得しても、納得しきれないですね。子どもの苦戦についていくつかの整理の仕方があると思いますが、今日は「折り合い」と「危機」という2つのとらえ方で子どもの苦戦のお話をします。
 例えば、昔、不登校のカウンセリングに関する研究で、こういう性格の子どもが学校を休みやすいというのがあったのですが、それでは不登校についてよく分かりません。子どもが学校に来なくなるのはいろいろな要因がありますから、簡単ではありません。
 子どもの不登校で言えることは、子どもと学級・学校との「折り合い」がうまくいっていないということです。これが不登校を理解する出発点です。
 子どもの環境に合わせる力が弱い。環境の方が、その子どもに合わせる柔軟性がない。その両方かもしれない。いろいろな場合があると思います。最初から、家族が悪いから不登校になったと決めるのは、よくない。その子どもと学級や学校との折り合いについて理解しながら、学校や家族が「その子どもと学校や学級との折り合いがうまくいくためには、どうしたらいいか」を考えるのです。
 折り合いがついているかは、3点でチェックします。

1.その場所にいて楽しい。
2.知り合い、友達など人間関係がある程度ある。
3.そこで課題に取り組んでいる、何か自分で意味を見い出せることをしている。例えば、勉強をしたり、友達を増やしたりして、1歩でも成長している。

 子どもが学校との折り合いがある程度いいというのは、その子がある程度学校生活を楽しんで、人間関係がある程度あって、成長しているということです。
 不登校の要因は複雑ですが、不登校になることだけを説明すれば、けがをする、歩いていてこけることだと思います。こけたら痛いですから、暫く休んだ方がいい、キズを治した方がいいです。こけたのは、その子どもがひょっとしたら歩く力が不十分だったからか、あるいはその子どもが歩いた道が穴ぼこだらけだったからか、道が堅すぎたからか、は分かりませんけれども、休むようになったことは、心のけがと言えます。
 だったら、けがは治した方がいいし、けがしたときは無理しない方がいい。でも、けががだんだん治ってきたら、学校に戻るもよし、学校以外のところでもいい。どうやったら自分が歩いて行けるか、どういうふうに歩いて行きたいのかを、自分のペースの中で考えていくといいですね。
 また、歩き始めるのはとっても不安ですし、恐いです。恐くて当たり前です。そのときに、誰かがそばにいて、いっしょに歩いてくれるといいなと思います。
 その子どもの力だけじゃなくて、子どもと学校のどの辺の折り合いが悪かったかをまず理解すると、その子どもや学級をサポートしていくヒントになります。

勉強の仕方や行動の仕方
(1)勉強の仕方
 小学2年生の男の子が「車」という漢字を書いたときのことです。まず「車」という字をじっと見ました。そして「日」を横に2つ書いて「田」を書きました。さらに、「車」をじっと見て、「あっ。十が2つある」と、「田」の上に1つ、下に1つ「十」を加えました。
 この子は、ものごとを部分と全体で理解すること、いろいろなことを同時に見て、同時的に処理するというやり方が得意です。でも、書き順は全然だめです。
 小学校で漢字を教えるときは、「書き順で、1つずつやる」のがやりやすい子どもと、「とにかく形を真似してごらん」と言う方がやりやすい子どもがいることは知っておきたいことです。
 「その子どもが頑張って勉強するか、しないか」ではなくて、「その子どもがやりやすい、得意な勉強の仕方は何だろう?」・・これこそが、私たち大人が考えなければならない問いですね。
 勉強しんどそうだから、今ちょっと休んだ方がいいよは大事なことですが、これで全部ではないのです。その子どもが少し元気が出てきたら、どういう勉強のやり方がこの子にはいいのかな、この子あんまり漢字好きそうじゃないけど、時々楽しそうにしている、なぜだろう、と考えるのです。
 私たちは「今日はやる気があったのだ」と思ってしまいますけど、やる気だけで考えると、子どもの姿を見逃しますね。逆に、子どもができたとき、「やればできるじゃない。日頃さぼっているのでは?」と余計恐いことを言いかねません。
 子どもが勉強で苦しんでいるときには、その子の勉強の仕方とこちらの教え方との折り合いが悪いのかもしれないことを頭の中に入れておくといいと思います。

(2)行動の仕方
 その子どもの得意なやり方、スタイルは、勉強に関する学習スタイルだけでなく、行動の仕方とか友達の作り方にもあります。
 ある小学5年生は、勉強も良くできるし読書が好きで、小学4年生までは学級ですごく誉められていました。でも5年生になるとなかなか誉めてもらえない。その子はおとなしくて外で運動したり、友達をたくさん作るのは得意ではない。だけど、5年生の学級担任は、「友達は多い方がいいからたくさん作りましょう。休み時間は本なんか読まないで外で遊びましょう」というタイプの先生です。その子どもは大苦戦です!よく子どもと担任の先生の相性と言いますが、子どもと担任の先生と折り合いがつきにくいときとつきやすいときとがありますよね。そういうところで子どもの折り合い行動のスタイルを見ていけます。その結果、子どもへのサポートが上手になるといいなと思います。
 学校との折り合いがつかない場合は、その子どもがひ弱だということではなくて、その子どもの得意なやり方と学校のものごとの進め方がどこか合わないのではないか。折り合えるところが工夫によって増えないか、と考えるのです。子どもと学校が折り合えるよう工夫をしましょう、そう言いたいのです。
 子ども達のサポートにおいて、方向性からいくと、子どもが環境に折り合う力を伸ばすという方向と、環境が様々な子どもと折り合う柔軟性を伸ばすという方向があります。双方向での援助が必要です。
 今、学校や地域に問われていることは、いろんな子どもが暮らしやすいように、いかにして柔軟性を高めるかです。学校は、何でもできる一流の場所になるのではなく、いろいろな子どもが楽しみながら成長できるような柔軟な場所になるといいなと思います。それが、子どもと環境との折り合いということです。(「スタタリング・ナウ」NO.95 2002.7.20)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/11/16

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