吃音をテーマにした新作落語 天満天神繁昌亭で落語会~ハナサクラクゴ~ 2

 さあ、ハナサクラクゴの落語会が始まりました。
 新作落語が3つ披露されるのですが、共通のテーマは、「実は実話のストーリー」。つまり、空想や想像ではなく、実際に起こった話、実話に基づいた落語だということです。
 幕が開くと、舞台上には、6人が並んでいます。オープニングトークで、新作落語を演じる落語家さんとその落語を作った作家さんがペアになって3組が並んでいました。普通の落語会とはひと味違った幕開けです。そして、それぞれ新作の落語の話を少しだけ話しました。1つめは、銭湯「湯処 阿部野橋」の話、2つめは413,000円が入っていた財布を拾った子どもとその家族の話、そして3つめは吃音の話です。
 吃音の話をしてくれるのが、桂かい枝さんで、作家は石山悦子さん。桂文福さんの吃音は、みなさん、ご存じで、文福さんも、2階席から応援しておられました。急に、「今日は、吃音の専門家も来てくださっていて…」とかい枝さんが話し始めました。えっ、と思っていると、誰かから「吃音の専門家? 何、それ」とつっこみが入り、「何って、…専門家やんか」「へえ…」。楽屋でかい枝さんとは、あいさつしているので、日本吃音臨床研究会の僕のことを指しているのです。いきなりに僕のことが出てきてびっくりしました。

 演目は、案内チラシには書いてありません。落語のタイトルはあるはずなんでしょうが、僕たちが見落としたのか、結局、最後まで演目を知らないままでした。受付のところに張り出してあったのかもしれませんが。
 話は、こんなふうに始まりました。どうも、誰かが不登校になっているようです。メモをもとにした再現なので、違っているかもしれませんが。また、ここまで書いていいんかいなあと思いますが、吃音の新作落語だということで許してもらいましょう。

 「なんで学校、休んでるの? いじめられてるの? 何が原因なん?」
 相手が問いかけますが、不登校になっている方は、学校に行けない理由をうまく説明できないようです。とうとう、しびれを切らした相手は、こう言います。
 「なんとか言うてくれよ、先生。先生が生徒に心配されてどないするねん」と言います。ここで、不登校になっているのは子どもではなく、先生だったということが分かります。不登校だとつい子どもだと思ってしまいますが、先生とは、意外な展開でした。
 「6年3組を代表してお願いに来てるんや。明日だけ来て。頼むわ。明日は卒業式やろ。先生はオレらの担任やろ。先生に送り出してほしいんや」
 先生は、そのことばに一言返します。
 「無理」
 そして、なぜ、自分が卒業式に出られないのか、説明を始めます。
 「卒業式には出たい。みんなを見届けたいという気持ちはもちろんある。でも、無理。隠してたけど、先生は吃音なんや。どもりともいう。言いたいことがつっかえて出てこないんや」
 「でも、先生、普通にしゃべってるやん」
 「不思議なことに、吃音が出る相手と出ない相手がいる。犬や猫やったらどもらない。うさぎ、にわとり、亀、金魚、みみず、それからたもつ、おまえの名前でもどもらない。教室の中でも子どもたちの前ならどもらない。ところが、職員室ではどもる。緊張してるからどもる。でも、職員室でいじめられてはいない。みんな、理解してくれてるし、フォローしてくれる。先月、授業参観があったやろ。あれは、一番の恐怖なんや。保護者が見にくるやろ。スラスラしゃべれるわけがない。どもりやということが知られてしまったらどうしよう。バレないようにしようと思って、この2年間、参観はずっと体育をしてきた。でも、当然クレームはくるわな。保護者からのクレームは当然で、今回は算数をすることになった。考えて、腹話術を取り入れた」
 「そうか、なんで、腹話術なんやと思ったわ」
 「普通にしゃべって45分間授業をするなんて無理、歌でも歌わないとできへん。おかげでバレなかったけど、でも、怒られた。ふざけてるんですかって。吃音やから、ああするしかなかったんや。ちゃんとした先生に受け持ってほしかったとか、どもりって「わわわわ…」とかなるのは病気やろ、大外れやとか、いろいろ言われた。
 僕は、小さい頃からできそこないと言われてたけど、それをバネにしてがんばって、教師になった。けど、やっぱり外れなんや。もう朝、起きられへん。このままフェードアウトしてしまいたい」
 そんな先生に、たもつが言います。
「甘ったれるな。吃音の何が悪いんや」
「おおおおまえに、わわわわ分かるわけがない」
「分かる! オレの父さんもどもりやから!」

 そして、たもつは、自慢するように、どもる父親の話を始めます。
 父親の名前は、「のぼる」(桂文福さんの本名です)やけど、ついたあだ名が「どもる」。サ行が言いにくく、食べに行ったところで、「スープ」と言おうとして「ススススス」と言っていたら、酢が出てきたとか、好きな人に告白しようとして「すすすす…」と言ったら、変態と間違われたとか、父親の吃音にまつわる話を聞かせました。そんな父親は、手先が器用だったから、散髪屋になりました。散髪屋のおやっさんがいい人でした。散髪の腕はあがってきたけれど、お客に話しかけることができない父親に、おやっさんが言いました。「お客さんはな、髪の毛を切りに来てるだけと違う。ホッとしにきてるんや。どもってもかまへんから、自分のことばでしゃべってみ。おまえには、独特の間がある。その間を大事にせーよ」と。そして、父親は、少しずつお客とも話すようになり、自分の店をもつことができるようになりました。
 この散髪屋のおやっさんは、桂文福さんの師匠の5代目桂文枝さんのことをイメージしてのことだとは、落語ファンなら誰もがわかることでしょう。桂文福さんを取材してこの新作落語がつくられたことがよく分かるエピソードです。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/15

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