吃音をテーマにした新作落語 天満天神繁昌亭で落語会~ハナサクラクゴ~ 3

 昨日のつづきです。
 自分と同じようにどもる、たもつの父親の話を聞いた先生、じゃ、卒業式に出るわ、となるところですが、そうはいきません。やっぱり無理と言い張ります。なぜなら、呼名ができないからだと言います。卒業していく子どもの名前が言えない、これは、僕たちも、どもる教師からよく聞く相談のひとつです。普段の授業も保護者との面談もなんとかなるけれど、卒業式の呼名ができないと悩む人は少なくありません。それに対して、たもつは、こうアドバイスします。
 「僕の親父は、僕の名前を呼ぶときに、いつも、たもつの前にキャッチフレーズをつけてくれたんや。明るく元気なたもつ君とか、呼ぶたびに俺への気持ちを伝えてくれたんやと思う。なんか、それ、うれしかった。親父がどもりでよかったとさえ思うくらいや。これ、先生もやったら」

 場面が変わります。どうやら、卒業式が済んだ後の教室のようです。
 たもつが、みんなに話しています。
「今日は、最高でした。みんな輝いていた。でも、一番輝いていたのは、俺らの担任やった。みんな、先生への手紙、書けましたか?」
 そこへ先生が帰ってきます。そして、クラスのみんなが書いた手紙を、たもつから受け取ります。そして、ひとりの子どもの手紙を声をあげて読み始めました。
 「私は、先生の吃音のことを知りませんでした。初めて聞いたときは嫌だなと思いました。そして、悪口を言ってしまいました。そしたら、先生は悲しい顔をして、学校に来なくなりました。私は、謝ろうと思ったけれど、勇気が出ませんでした。でも、今日、先生は、勇気を出して卒業式に来てくれました。私は、先生が名前の前にキャッチフレーズをつけて呼んでくれて、うれしかった。先生、ありがとう」
 この手紙を読んだ後、先生はこう話します。
 「僕は、自分をダメな人間だと思っていました。どもることが恥ずかしくて、どもりを隠して、逃げて生きてきました。でも、今日、そんな弱い自分から卒業できます。だって、ここに、35通の卒業証書があるからです。みんなからの手紙は、僕の卒業証書です」
 ここで、名前の前につけてもらったキャッチフレーズが紹介されていきます。
 ・まぶしい笑顔の○○
 ・まじめで誠実○○
 ・まあ、なんてサッカー上手な○○
 ・まあ、なんてピアノの上手な○○
 初めの何人かは、工夫がありましたが、後は、みんな、「まあ、なんて…」がついています。
「なんや。まあ、なんて、ばっかりやんか」
「でもな、マのつくことばはそんなに多くないんや」
「マ行やったら、マだけでなく、ミムメモもあるやん。なんでマばっかりで探したん?」
「だって、おまえ、教えてくれたやろ。先生には、独特の間(マ)があるから、その間(マ)を大事にしろって」

 落語好きの人には誰もが知っていますが、落語はオチが大事です。洒落や語呂合わせや機転の利いた言葉で締めくくる「オチ」です。「独特の間」も、桂文福さんが師匠の桂文枝さんからいつも言われていた大事なことばでした。これをオチに持ってきたのかと、大いに納得しました。落語が終わったあと、音楽とともに、学校や教室の風景が映像で流れ、文福さんと師匠の文枝さんの写真も出てくるというおまけ付きでした。
 吃音を否定することなく、配慮を求めるのでもなく、自然に認めて、そのままでいいという力強いメッセージが流れていた今回の新作落語、聞き終わったあと、清々しいものを感じました。
 そして、オープニングのトークのように、出演者全員が再び登場しての振り返りのトークがありました。その場に、桂文福さんが登場しました。すると、まさに主役が文福さんに変わったようでした。文福さんは、気持ちよくどもりながら場を盛り上げていました。落語の世界で、文福さんが吃音を含めていかに愛されているのかがよく分かりました。

 繁昌亭から出て、絶対に会うことのない、僕の車のディーラーの担当の人に声をかけられました。「えーっ、なんで?」とびっくりしました。落語作家の石山悦子さんを間接的に知っていて、自分も趣味で落語の台本を書いて応募しているというのです。彼が話しかけてくれたお陰で、再び文福さんや出演者のみなさんに会うことができました。そうでなければそのまま繁昌亭を後にしているところでした。しばらく立ち話をしていたおかげで、文福さん、桂かく枝さん、石山悦子さん楽屋から出てこられ、最後にもう一度、お話することができました。本当に不思議な縁を思います。
 「よかったです。石山悦子さんが作られた話もよかったし、演じたかく枝さんの演じ方もよかったし、もう本当によかったです」
 そう伝えたら、みなさん、喜んでくださいました。ちゃんと吃音のことを台本に書けているか、ちゃんと演じられているか、少し心配だったとのことでした。繁昌亭の前で話が盛り上がり、みんなで写真をとりました。大満足で帰りました。
 落語の主人公が吃音の教師だったので、しばらく吃音と教師、卒業式について以前の文章を紹介していこうと思います。だから、吃音と教師について、話は続きます。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/16

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