あることばの教室のグループの学習の時、子どもの質問に答えました。

Q「ぼくは、言いにくいところがあってドキドキすることがあります。伊藤さんはドキドキした時にどうしましたか?」

伊藤

 ぼくも朗読や発表なんかで順番が回ってくると、自分のドキドキの音が自分でも聞こえるくらいドキドキするよ。その時は、ぼくにはこんなことばの教室が無かったので全然どうすればよかったか、わからなかった。でもね、今だったら分かるよ。「はー」って口から息をはくとちょっとドキドキがおさまるよ。

 それとドキドキがおさまる一番良い方法は、「まあいいや、どもったらどもった時やし、もう、どもる時はどもろう」と思うことだね。どもってもいいと思うと、すーっとドキドキが減るかもしれない。

Q「吃音(きつおん)でいいことはありましたか?」

伊藤

 吃音に悩んでいた時は、吃音でいいことなんてなかったけれど、「どもるのが僕だ」と認めてからは、もういっぱいあったねえ。ぼくが大学の先生になれたのも、ぼくが吃音だからやし、世界大会を開けたのも世界のどもる人に会いたかったからだし、ぼくはこれまで、15冊の本を書いているんだけども、本を出版するというのは普通なかなか出来ないんだけど、吃音で悩んできたからどもりだからどもりを一生懸命勉強したら本も書けた。どもることが嫌で、どもることを隠したり、話すことから逃げていた時は、友達がいなかったけれど、21歳の時にどもることを認めてからは、友達に話しかけることができて、日本中だけでなく、世界中に友達がいる。

 それとね、吃音どもりで悩んできたからこの悩みをどうしたらちょっとでも楽になるかなと思ってたくさん勉強した。もし吃音でなかったらこんなに勉強しなかったし、友達も多くはないだろうし、世界中に友達はいないよ。

 それと、一番うれしいのは、ぼくは今72才なんだけど、72才になって静岡のキャンプから始まって、岡山、島根、群馬、そして今度沖縄と毎週どもる子ども達と集まるキャンプをしている。すごく元気でいろんなことが出来るのは吃音のおかげだと思います。だから、どもることをだめなことだと思わずに、どもっても話しかけていけば、友達ができると思います。たくさんは出来なくても、本当にいい友達が出来ると思います。

 

Q「吃音のことを笑う友達がいるので、その友達も分かってくれる方法はありますか?」

伊藤

「どうしたらいいと思いますか?」

「わからん」

「その友達に自分のことを分かってもらいたいんだね。うーん、分かってもらいたかったら、これがぼくのしゃべり方で、これがどもりとか吃音(きつおん)とか言われていて、人口の1パーセントぐらいどもる人がいて、日本の首相の田中角栄も吃音だったし、田中角栄って知らんか?(笑)、イギリスの首相もそうだったし、イギリスの国王も吃音だった。世界中にどもる人がいるんだよって。これがぼくのしゃべり方だから、笑ったりからかったりしないでってほしい。自分の吃音のことが自分の言葉で、こんなように友達に説明が出来たらいいなあって思っているのですが、どうですか。賛成しますか」

 「はい」

 「友達も、吃音について知らないから笑うんだと思うから、きっちりと説明したらいいと思うよ」

Q「言葉がつまる時期とつまらない時期がぼくにはありますが、伊藤さんはありますか?ぼくは言葉がつまる時期はどうしようかと思います。

伊藤

 「どういう時につまることが多くて、どういう時につまらないかって自分で分かるの?」

 「夏休み」

 「おお、夏休みか。それは自分でどうしてだと思いますか?」

 「わすれた。」

 「ああ、そうか、じゃあ、今考えたらさあ、夏休みにどもることやつまることが多いということは、ぼくの想像でいくとね、学校ではよくおしゃべりする方ですか?」

「うん」

「ああ、そうか、学校ではいっぱいおしゃべりしているけれど、夏休みだと学校にいるときよりはそんなにしゃべらないでしょう。学校にいてる間と夏休みの間と、どちらがよくしゃべりますか?」

「学校にいてる間」

「そうだね。学校にいてる間だと、音読したり発表したりお友達としゃべったり、話す量が多いよね。お家でいるだけでは、ちょっと量がへるよね。それが原因かな。やっぱりね、吃音に限らずだけど、しゃべってしゃべってしゃべっていると、なんかそれが潤滑油(じゅんかつゆ)・・・って言葉は難しいかな。自転車のペダルも油をつけないとさびてきて、ぎしぎしするように、あまりしゃべってないとしゃべりにくくなる。しゃべっていると、口もなめらかに動いて、いい方向に行くと思うよ。

 おもしろい話をするとね、中学校の英語の先生だった人が、毎日毎日しゃべっていて、60才で定年をして仕事が終わったので、あまりしゃべらなくなったらどもるようになった人がいたよ。いっぱいしゃべってたらいいと思うよ。

 吃音は、どもったりどもらなかったり波があるんだけど、それがどうしてだか分からない。僕も、原因が分からないんだけどすっごくどもる時と、よくしゃべれるなあという時はあります。いいでしょうか?」

Q「伊藤さんは小学校の時、吃音(きつおん)で困ったことはありませんか?」

伊藤

「困った時って言うのは、どんな時? 君はどんなとき困ったって思いますか?」

「音読の練習でどもった時」

「練習の時だけ?実際に音読する時はないの?」

「クラスで音読で、緊張している時、どもりやすい。」

「練習の時はあまりどもらないんだね。本番の時はどもる事が多いんだね。がんばって音読の練習をしているんだ。だから困るんだ。言ってることが分かるか?」

「・・・」

「自分がしなけりゃいけないことを、どもっても君ががんばろうとしているから、どもることもあるし困ることもある。ここまではいい?」

「うん」

「だけど、ぼくは小学校の2年からどもりに悩み始めて、それからは、発表で手を挙げることもしなくなったし、音読で当てられてもだまっていて本を読まなかったり、君と違ってやろうとしなかったんだ。話すこと、音読すること、発表することから、逃げまくっていた。小学校・中学校・高等学校と話すことから逃げていたので、実際にどもる場面があまりないので、どもって困ることはなかったんだ。ちょっと難しいね。

 でも困ることはなかったけど、本当はみんなと一緒にやりたかったのに、しなかった、できなかったことは、すごく悔しかった。だから君が吃音で困っていることはとてもステキなことだと僕は思うよ。だってしゃべろうと思って、がんばろうと思って、しているから、ぼくよりずっとステキだと思う。これからも困っても困っても、どもっても、やっぱり音読をしたり、発表をしたり、たくさんお友達と話をしたり、お家の人と話をしたり、いっぱいいっぱい話をしてください。このグループの学習は楽しい話をするというのが一つの大きな目的だからね。ガッテンしていただけたでしょうか?」

「うん」

Q「吃音(きつおん)が治ったという人は、なぜ治ったのですか?」

伊藤

 「治った人というのはほとんどいないと思うな。あのね、治ったように見える人はいっぱいいるんですね。たとえば、アナウンサーの小倉智昭(おぐら・ともあき)という人は周りから見たら治ったように見える。君は歌舞伎(かぶき)は知らないかもしれないけど、歌舞伎の俳優とか映画俳優とか弁護士とか、吃音だけど、話すことの多い仕事についている人はいっぱいいるんだけど、それはその仕事をしながらしゃべってしゃべっているから、だんだんとなれてきて、目立たなくなってくる。だけど、その人達はみんな、きつおんが完全に治ったわけではないと言っている。ぼくも大学の先生になったので人前で話したり講義をしたりしている時はだんだんとどもらなくなったので、周りの人から見たら「伊藤さん、どもり治ったんじゃないの」って言われたこともあったけど、治っていなくて、自分の名前をいう時『いいい伊藤』ってなる時あるし、おすし屋さんで「たまご」を注文する時は絶対、『・・・・・たたたたまご』となる。でも、人前で講演したり講義をしたりしているぼくを見たら「あ、伊藤さん、治ってるんじゃないの」って周りは思うかもしれない。だけど、普段はよくどもるよはい、そんなことでいいの?」

Q「なぜ吃音のことを周りのみんなはあんまり知らないのですか」

伊藤

 いい質問だね。小学校3年生の質問ではなくて大学3年生の質問だね。なんで周りの人が知らないかというと、どもる僕たちに責任があると思うよ。ぼくたちがどもることを知られたくないから、言葉を言い換えたり、間(ま)をおいたりして、できるだけどもらないようにしているから、どもっていないように見える。だから、大人になったら吃音は治るんじゃないかとか、周りから見たらあまりどもる人がいないように錯覚(さっかく)している。だからね、吃音のことを周りの人に知ってもらうには、僕たちがどもることを隠さないで、逃げないでどもりながら話していくことがいいね。ぼくは最近は、いつでもどもっているからどもるけど、君はね、これからもどもりながらどんどんしゃべっていたら、周りの人間は「あ、○○君はどもるんだね」ってわかるし、でもそのどもっているぼくは、どもるけれどこんなことでいっぱい楽しく生きているよとか、こんな事がんばっているよって言ったら、「ああそうなんだ」って周りの人は分かってくれる。日本中の人、世界中の人が分かってくれるなんて事は全然思わなくていいので、自分の周りの友達や、大きくなって、就職した会社の人に分かってもらったらいい。その時は自分のことをきちっと説明したり吃音を隠したりしないで、どうどうとどもっていたら、きっとどもることを理解してくれる人はたくさん出てくると思うよ。」

「はい」

Q「どもることで仲間はずれにされたことはありますか?」

伊藤

 「それもいい質問だね。すごくいい質問をいろいろ考えたんだね。ぼくは小学校の2年生から吃音に悩み始めて、ひとりぼっちだったんですね。でもひとりぼっちだったんだけど、仲間はずれにされてひとりぼっちだったんじゃないのよ。友達が遊んでいる時に、ほんとは、『ねえねえ、ぼくも仲間に入れて』って言いにいったら、きっと仲間はずれにしないでぼくも仲間に入れてくれたと思うんだ。だけど、どもるのが恥ずかしいし、どもるのが嫌だから自分で仲間に入っていけなかった。だから、周りから仲間はずれにされていたんではなくて、ぼくが仲間から離れていった。ぼくの場合はね、他の子どもの場合はどうかは知らないよ。だけどぼくの場合はそうでした。」

Q「吃音は、他の病気になりやすいですか」

伊藤

「どもりで?うーん、吃音でほかの他のからだの病気になることはない。だけど、病気ではないんだけど、「どもりを悪いことだ」「いけないことだ」とか思っていたら、病気ではないけども、どんどんどんどん話すことできなくなって、消極的になる。消極的になるということは、「ほんとはこういう事がしたいのにやーめた」「どうせぼくなんてどもりだもん。だからやめた」とか、ほんとはしたいこと、しないといけないことなんかをしない、「しないしない病」になるかもしれないね。体の病気になることはまずないので安心してどもり続けて下さい。すごくいい質問をしてくれたね」

「もう質問はありませんか?」

「これから、中学になったり大きくなって困ったことがあったら、いつでも質問して下さいね。」

「はーい」