到達点としての、ナラティヴ・アプローチ
今日から3月、ようやく春の到来です。
先月の21日に、大阪吃音教室の年に一度の運営会議をしました。
年間スケジュールには、当たり前のように、論理療法、交流分析、アサーション・トレーニング、森田療法、内観療法、ナラティヴ・アプローチ、認知行動療法などの講座が並んでいます。しかし、改めて考えてみると、どもる人のセルフヘルプグループの毎週の例会の内容としては、かなり高度ではないかと思います。これらはすべて、吃音ショートコースという2泊3日の体験型ワークショップでの学びが基本になっています。講師としてお迎えしたのは、その分野の第一人者でした。
ナラティヴ・アプローチをテーマに開催した、2014年の吃音ショートコースの講師、国重浩一さんが、「スタタリング・ナウ」に寄せてくださった文章を特集した「スタタリング・ナウ」2015.4.19 NO.248 より、まず巻頭言を紹介します。
到達点としての、ナラティヴ・アプローチ
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
―1965年の夏から始まった、私の「どもり探求の旅」は、どもる多くの仲間との活動の積み重ねと、様々な領域の多くの方々からの学びと、共感の支援を受け、ようやく、今、着地点にたどり着いたのだ。長い旅だったなあ―
2014年秋、第20回吃音ショートコース、「ナラティヴ・アプローチ」の最終日に、この深い感慨が広がった。小学2年生の秋から、21歳の夏までの吃音の深い苦悩の時代の、5倍以上の時間をかけて「どもり探求」の旅を続けたことになる。
2014年度最終の大阪吃音教室が3月27日行われた。その時のテーマは「どもりについてみんなで語ろう」だった。進行担当者がこれまでの吃音ショートコースの20回のテーマと講師の一覧と、自分が吃音ショートコースや、大阪吃音教室で学んでメモしたキーワードの一覧を、話し合いの資料として配布した。参加し始めて日の浅い人たちは、その内容の多彩さ、量に驚いていた。
「吃音と共に生きる」と、ことばでは簡単に言えても、「吃音を治す・改善する」立場が圧倒的に支配している現実の社会で生き抜いていくのは、容易いことではない。これだけのことを学び、実践した方がいいと考えて、大阪吃音教室の年間スケジュールを組んでいる。一度の参加で、私たちの考え方を知るだけでは「吃音を生きる」道筋に立つことは難しい。一年間継続して大阪吃音教室やさまざまな行事に参加した人たちは、自分の人生を振り返り、行動し、確実に変わった。
20回の吃音ショートコースに講師として来て下さった方々は、第1回を除いて全て、吃音とも言語障害ともまったく関係がない。その方々は、私たちの「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかの問題だ」に共感して下さり、ご自分の専門領域から、吃音を考えて下さった。その記録は15冊の年間雑誌(年報)として、また金子書房から4冊の書籍として出版され、私たちの財産となり、私たちは何度も読み直して学び続けている。
一方、吃音研究者、言語障害臨床研究の専門家は、「吃音受容が大切」と言いつつも、依然として「吃音を治す・改善する」を目指そうとする。私が創立し、長年全国組織の会長をつとめた古巣のセルフヘルプグループ言友会も、治すとはいわないまでも、「少しでも改善する」の方向に舵を切り始めたようだ。また、最近、国際吃音連盟も、一部だが、「吃音治療」を連盟の柱にしようとする動きが出始めたのには驚いた。吃音、言語病理学の狭い枠内で考え続ける限り、「治す・改善する」の立場からは抜け出られないのだろうか。
私たちも、学びの歩みを止めれば、49年の実践の歴史も簡単に元に戻ってしまうだろう。だから、大阪と神戸の吃音教室では、繰り返し、過去から、また新しいものから学び続けてきたのだった。
歴史が繰り返されることは、吃音以外でも起こっている。あれだけ大きな犠牲をはらい、一切戦争をしない、戦争に関わらないとする、戦後日本70年の「平和主義」も、今、大きな危機に直面している。人間は、つくづく歴史から学べない「いきもの」なのかと、嘆息してしまう。
今回、20回の記念すべき吃音ショートコースに同行して下さった国重浩一さんが、私たちとの出会いから、吃音について考えたことをまとめて下さった。ナラティヴ・アプローチの立場に立ち、吃音については第三者の視点からの寄稿文を読んでありがたかった。ナラティヴ・アプローチが、私たちのこれまでの活動を整理し、発展させていくものになるだろうとの確信をもてたからだ。
私は、吃音と闘うことで、かえって人生を危うくした経験と、吃音と人間との長い闘いの歴史に学び、吃音との非戦の覚悟として「吃音者宣言」の起草文を書いた。その解説書として出版したのが、『吃音者宣言―言友会運動十年』(たいまつ社・1976年)だ。今回の国重浩一さんの寄稿文と、本のプロローグとして書いた文が重なると思えたので、全文を巻末に紹介することにした。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/03/01

