どもってもいいって?

 「どもってもいい」って、誰が誰に言っていることばなのか?、昔、そんな話し合いをしたような覚えがあります。そもそも、他人から、「どもってもいいよ」と、どもることを許可されるようなものではないだろうと、その場にいたみんなが納得したような…。
 どもる人がどもってしゃべるのは当たり前のこと、どもる人にとってどもるのは当たり前のことで、他人からも、自分でも言う必要のないことばだと思います。
 このことをタイトルにした巻頭言を紹介します。僕たちは、自分の生き方を通して、「どもっていい」を示していきたいと思っています。「スタタリング・ナウ」2003.11.15 NO.111
の巻頭言です。

どもってもいいって?
           日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「どもってもいいんだよ」
 こう周りの大人から言われて、どもることをとても嫌なことだと思い、吃音を治したいと思っている子どもの私は、どう思うだろうか。また、「なんでどもってもいいの?」と質問をされて、今度は大人がどう答えるだろうか。

 吃音ショートコース初日の、「臨床家のための講座」は、私にとって、とても大切な時間だ。この場は、臨床家のセルフヘルプグループになり、ゆったりとした時間の中で、日頃の吃音の臨床の中での苦労や、疑問が率直に出され、合宿なので時間制限がなく、じっくりと話し合えるからだ。
 愛知県のことばの教室の担当者から「どもってもいいよ」が最近言われるが、ことばの教室担当者がそれを子どもに直接言うことの意味について話し合ってほしいと提起された。その提起を受けて、この講座の3時間を、そのテーマにしぼって話し合い、実際に子どもならどう思うか、どんな質問をするだろうかなど、様々な角度から話し合った。
 その場の多くの人が「どもってもいい」は、私が言い始めたことだと思っていたようだが、私は、どもる人や子どもに、「どもってもいいよ」などと直接言ったことがあるだろうかと思い返すと、話の流れや、「どもってもいい?」と直接問いかけられたら、「どもってもいいよ」と言うだろうがなあと考え込んでしまった。
 明確にそれを言おうという意識がないため、私自身としては、言った覚えはない、ということになる。しかし、そう思われるのも当然のことだとは思う。
 1997年、「スタタリング・ナウ」NO.36号の一面のタイトルは、「僕、どもっていいんか」だった。吃音親子サマーキャンプに参加した小学3年生が、高校生のどもっている姿を見て、「僕も、どもってもいいんか」と母親に尋ね、「ええんやで」と母親が答えていたという話を書いた。
 また、1999年に開催された日本特殊教育学会北海道大会での、「吃音親子サマーキャンプ10年の活動」の発表では、「私たちのサマーキャンプは、吃音を軽くしたり、治すのを目的ではなく、どもってもいいが前提となっている」と言った。そのとき、吃音研究者から子どものどもりは治るのに、どもってもいいということを言われては困ると批判されたのだった。
 確かに、私は30年以上も前から「どもりはどう治すかではなくて、どう生きるかだ」を主張し、「吃音を治す努力の否定」とまで提起してきた。当然、「どもってもいい」が前提にはある。
 私たちの吃音親子サマーキャンプ。子どもたちは日頃苦手な表現活動に取り組む。脚本どおりにセリフを言うので、どもりそうなことばも出てくる。当然前提としてどもってもいいがある。そうでなければ、劇そのものが成り立たない。
 しかし、改まって子どもたちに「どもってもいいよ」と言っているだろうかと問われると、そのような意識はない。ただ、スタッフであるどもる私たちが、どもることを恥ずかしいことだとも困ったことだとも思わず、自然にどもっている姿を見て、子どもたちが、僕もどもってもいいんだと思えるだけのことなのだろうと思う。
 どもる子どもにとって、どもることは当たり前で自然なことなのに、多くの人が「どもってもいいよ」と言い始めると、一抹の危惧を感じないわけではない。ほんとはどもらない方がいいし、もっとどもりが軽くなった方がいいと思っている人が、どもってもいいよと言っても、そのことばの裏にあるものを、感性のいいどもる子どもは見抜いてしまうことだろう。人は誰でもどもることがあるんだよと、大人がどもってみせるなどしても、そのわざとらしさを簡単に見破ってしまうことだろう。
 なんだかややこしい話になったようだけれど、どもる子どもやどもる大人が「どもってもいいんだ」とどもる自分を肯定するのと、「どもってもいいんだよ」と周りの人から言われることの間には、とても大きな違いがあることは明確にしておきたい。それに気づき、意識した上で、やはり私たちは、「どもっていい」のメッセージは伝えていかなくてはならないのだが、どのような伝え方があるのだろうか。
 
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/03/17

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