どもる子どもの交流活動 3

 どもる子どもたちの交流活動の続きを紹介します。
 卒業を控えたAさんが、ことばの教室での学びの集大成となる記念番組を作る様子を公開録画し、それを研究授業としました。いきいきと番組を作っているAさんですが、授業後の検討会では、Aさんのどもる状態にばかり注目が集まりました。分かってもらえないもどかしさを抱えつつ、子どもたちや保護者、担当者の率直な感想に支えられて、交流活動を続ける千葉の担当者たちに敬意を表しています。

子どもが自分の吃音と向き合うことができるような活動の工夫~どもる子どもの交流活動を通して~
渡邉美穂(千葉市立誉田東小学校ことばの教室)

Aさんの集大成となる卒業記念番組作り
~最新の電車情報&クイズ番組~

1999年
 3年生のHさん、1年生のFさん、Gさんの3人が通級を始めた。下学年の交流だけでなく、個々の求めに応じて、高学年のどもる子どもと出会い、一緒に遊んだり話し合う機会をつくった。「どもるお兄さん、お姉さんがいるんだ」ということは、心の大きな支えになったことだろう。
 Aさんは、6年生の2学期、継続してきた番組作りのまとめに、Bさんと共同制作をしたいと言い始めた。さらに、CさんとDさんにもゲスト出演してほしいと自分で依頼した。卒業前に、これまで交流してきたどもる友だちと一緒に活動をしたいからだった。また、Fさん、Gさん、Hさんは、番組の公開録画を担当者から聞き、お客さんとして参加しようと思った。Aさんの、卒業後の将来への漠然とした不安が、「今、みんなと一緒にこの作品を作りたい」という形になり、同じ思いをもつBさんが、これに応えたのだろう。

(AさんとBさん:6年生、CさんとDさん:5年生、FさんとGさん:1年生、Hさん:3年生)

①Aさんの思い
 Aさんは、Bさんとの共同制作を願い、CさんとDさんにもゲスト出演してほしいと考えた。「どもる友だちは、僕の仲間だ」という意識があったのだろう。
②ひとりひとりの参加の意義
 Bさんは、Aさんに協力したいと答え、制作過程で、多くのアドバイスをした。ゲスト出演を依頼されたCさんとDさんは、どんな質問をされるのか心配だとAさんに伝えた。また、Dさんが「すぐに自分の考えを話せないから困っている」と言うと、Cさんが「私が先に答えるから、その間に考えればいいよ」と励ました。
 Fさん、Gさん、Hさんへは、担当者が観客として誘った。楽しく活動している様子やどもっても伝えようとしている姿を知ってほしいと考えた。
③番組の公開録画
 公開録画番組が始まった。オープニング曲にのせて、タイトルコールをした。Aさんは、スタートと同時にかなりどもっていたが、顔は笑っていた。説明のことばが出てこないので、時間がかかったが、Bさん、Cさん、Dさんに話しかけている時には、ことばがすっと出てきた。
 電車について詳しいAさんは、そのことをニュースにしたり、クイズにして番組を進めていった。今回は自分の思いを話す場面もあり、Aさんの一番苦手なことだったが、素直な気持ちを話していた。低学年の頃は、人とのかかわりが苦手で、グループ活動にも参加できなかったり、自分の気持ちを話せなかったことを考えると、大きな成長だった。
 公開番組の途中で、Aさんの母親はこんなにどもりながら一生懸命話している姿がうれしくて涙を流し、昔と比較して成長を喜んでいた。
 Aさんは、自分の予想以上にどもったが、「助けてほしい」のサインは出さず、途中でやめそうになる素振りも見られなかった。担当者たちは、最後までやり遂げることを見守った。そして、Aさんは、自分が考えた番組構成を全てやり終えたことに満足し、笑顔で帰っていった。
 AさんとBさんは、お互いにことばがつまったときに小さな声で一緒に言ってあげるという関わりを自然に行っていた。また、Cさんは、打ち合せ通り先にゲスト感想を話し、続いてDさんも感想を話せたことを喜んでいた。Dさん自身も、ほっとしていた。
④子どもたちの感想
・Aさん「楽しかった。気持ち良かった。満足。まだ、卒業記念番組の途中なんだ。次は、学級の友達全員からメッセージをもらいたい」
・Bさん「番組を最後までできてよかった」
・Cさん「Dさんが感想を言えてよかった。Aさんはとてもどもっていたけれど、途中でやめるとは考えなかった。自分でやりたいって決めたことだから、最後までやったんだ。もし、自分だったら、やっぱり最後までやると思う。Aさんは、とても楽しんでいたね」
・Dさん「番組の中で、感想を言うことができてよかった。ほっとした」
・Fさん「Aさんはいっしょうけんめい。つまっちゃったけれど、ぼくはみていてうれしかった。また、でんしゃのはなしききたいな」
・Hさん「でんしゃのはなし、よくしっているね。ときどきどもるけれど、ぼくもどもるから。かたのちからぬいて、おきゃくさんを石ころだとおもってはなすと、どもらなくなるよ」
・Gさんは、人や場に対する緊張感が大きく、会場には入れなかった。しかし、別室のテレビ中継で、お父さんと番組の様子を少し見ていたようであった。

⑤大人の観客の感想
・本人の一生懸命な姿に感動しました。このような体験が積み重ねられて、自信がついてくれればよいと思います。録画終了後のAさんが、輝いた顔をしていたのが印象的でした。
・あまりの吃音にびっくりしました。それでも、それを恥じることなく、とても一生懸命に発表していることが、とてもすばらしく感動しました。彼を支える協力したお友だち、先生方、聞いていたお友だち、皆の協力でこのような発表ができたことは、大きな自信になったと思います。なんとか、もっと楽に話すことはできないか。でも、何よりすばらしいのは、Aさんの中で、とても強い心が育っていることだと思います。そして、大好きな電車の知識は、すばらしいです。
・普段の会話はもちろんですが、今日のように人前で発表する、進行することも、機会があればどんどんやっていくとよいと思いました。
・自信をもって話していた子どもたち、励ましていた子どもたち、ほのぼのとした気分になりました。普段から、子どもたちにそういう雰囲気をつくってきているのですね。

⑥担当者の感想
 公開録画時に、Aさんは、いつもよりひどくどもった。しかし、Aさんの様子から、自分で構想を立てた活動をやり遂げたい気持ちでいるのだろうと4人の担当者全員が受け止めた。もし、ひどくどもってつらそうだからと、番組を中断させていたら、Aさんに「いつもよりもどもっていたから、やめさせられたんだ」「どもってはいけないんだ」の自己否定感を与えてしまうことになっただろうと思う。
・子どもたちが活動を進めることを通して、お互いのことを知り合ったり助け合ったりすることができた。下学年の子どもたちも、Aさんの伝えたいという強い思いを感じることができたと思う。
・この時期に通級していたどもる子どもたち全員と、その家族や担任の先生の参加もあり、子どもへの理解やお互いの親睦を図る機会にもなり、よかったと思う。

⑦活動を振り返って
・Aさんの活動により、通級している子どもたちが出会うきっかけになった。その後、出会った友だちのことを話題にするようになった。
・AさんBさんCさんDさんたちが活動を通して、お互いのことをさらに知り合えたり、助け合ったりすることができた。また、FさんGさんHさんたちも、Aさんたちの活動意欲を強く感じたようであった。
・Aさんは、これまでにいくつかの番組を作ってきたが、今回初めて友だちと内容を話し合ったり、一緒に準備をしたりした。また、番組の中で、自分の気持ちを話すという苦手なことにも挑戦できた。Aさんは活動を通して、人とのかかわりに積極的になった。
・この時期に通級していたどもる子どもたちの家族や担任の先生の参加もあり、子どもへの理解やお互いの親睦を図る機会にもなった。

⑧私たちの思い
 公開録画は、教育研究会の研究授業として、教師には事前に説明しておいた。研究授業を、その子にとってプラスになるように行いたいと考えていたから、番組を公開録画という形で多くの方々に見てもらえるチャンスだと考えた。教室の中に、観客がたくさんいたので、Aさんはかなり興奮していたが、Aさんの表情から読み取ると不安ではなく喜びであったと思う。
 公開番組が終了して、先生方との話し合いが始まったが、話の中心がどもる状態のことだった。私たちは少なからずショックを受けた。
 「公開録画を行うことで、吃音を悪化させたのでは」
 「途中で中断させたほうがよかったのではないか。苦しそうであった」
 「吃音がひどく、相手に伝わりにくい。伝える手段をもっと身につけさせておかなくてはいけないのではないか」
 「あれだけどもっていたら、6年生として終了の目安に達していないのではないか」
 Aさんの成長や気持ちの変化などには全くふれられず、一番見て欲しかったところを見てもらえなかったのは、悲しく残念だった。しかし、Aさんは、学級で自分のことを話す機会をもらい、やりたいと思っていたことを着々とすすめて小学校を卒業していった。同時に、ことばの教室も卒業だが、その後は私たちと、どもる子どもが集まる場で会っている。
 その後、いくつかの場でこの交流活動を報告する機会があり、「どもる状態」ではなく、「交流のよさ」を伝えられるように努力した。しかし、私たちの表現力の限界なのか、やはり、Aさんのどもる状態が気になったようだ。「あの状態をどうするんだろう?」「あのままでいいの?」と疑問に思っている方が多かった。その中でも、感想に次のように書いて下さる人もいて、私たちの思いを分かって下さる人もいることが分かってうれしかった。
 「自分を受け入れてくれる仲間がいる、一緒にやってくれる仲間がいることを実感できた機会になったのではないか」
 「このような実践をみて、自分の指導がどこかしばられていたことに気がついた」
 「気持ちの面で分かり合えることは、どもる子どもにとって、安心した気持ちになれるひとときであることだと感じた」
 「担当者の共通理解があっての実践である事がわかった」
 「やはり、交流活動は必要であると思った」
 「交流活動の様子をもっと教えてほしい。私の学級の子も交流させたい」
 「みんなの前で堂々と話しているAさんに会いたいな」  つづく

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/26

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