鴻上尚史さんとの濃密な時間

 2002年秋、滋賀県のりっとう山荘で、吃音ショートコースを開催しました。ゲストは鴻上尚史さん、テーマは「演劇に学ぶ自己表現力」でした。テレビで見る鴻上さんがすぐ近くにいるという空間の中で、楽しいエクササイズに取り組み、表現について真剣に考えた3日間でした。詳細な報告を紹介します。僕との対談は、年報に収録しましたが、残念ながら、その年報の在庫はありません。

2002年 吃音ショートコース 2002.11.2~4
      ~演劇に学ぶ自己表現力~
                       溝口稚佳子

 今年の吃音ショートコースは、劇団サードステージを主宰する劇作家・演出家で、コラムニストでもある、鴻上尚史さんをゲストにお迎えし、自分の魅力を演出するちょっとしたヒントを体験するワークショップを行いました。
 参加者は、総勢58名。四国や関東地方からもたくさん参加して下さいました。一番遠くからの参加者は、秋田県からでした。下は6歳、上は70歳を越える参加者が思い思いに自己表現について考えた、楽しく充実した3日間でした。鴻上旋風が吹いた3日間をふりかえってみます。

さあ始まるぞ!

 りっとう山荘は、秋の真っ只中にあった。一気に冷え込みが厳しくなって、山々は紅葉が鮮やかだった。この会場で開く吃音ショートコースは今回で4回目。今年もまた職員の阪口さんに気持ちのいい出迎えをしていただいた。
 毎日、仕事でぎりぎりの生活をしているため、会場に着いてからいつものように、資料集の製本を始める。この作業をしながら、これから始まる吃音ショートコースへの心の準備ができていく。初めての参加者の顔を想像しながらの作業は毎回のことながら、わくわくどきどきさせてくれる楽しいひとときである。
 温かく迎えようと、受付にすわったとたんに、マイクロバスが到着。1年ぶりのなつかしい顔に思わず顔がほころぶ。少し緊張した様子の初参加者のひとりひとりと、ひとことふたこと声を交わして、いよいよ今年も吃音ショートコースは始まった。
 出会いの広場。今回は、3回目の参加の愛知県のことばの教室の木本純さんが昨年から担当を申し出ていてくれた。木本さんは、初めて参加したときに、翌年の発表の広場で発表することを予告し、実際に発表した昨年には、今年の出会いの広場担当を申し出てくれたのだった。参加者の心をときほぐしながら、リードしていく、ごきぶりジャンケンは大いに盛り上がった。
サイコロトークでは、「家族にも言えないここだけの話」にサイコロをふった人は、こんなこと話していいのかなあと思うような自己開示をすでにし合っている。初参加者の多い今回、特にこの出会いの広場のもつ意味は大きい。声を、からだを使い、マイクロバスから降りてきたときの緊張した顔とは全然違ういい顔に皆がなっていた。

由緒正しきどもり
 夕食をはさんで、どもる人のための吃音臨床講座と、臨床家のための吃音臨床講座が同時に開かれた。
 どもる人のための吃音臨床講座は、大阪スタタリングプロジェクト会長の東野晃之さんが担当。大阪吃音教室の開講式でよくする自己紹介ゲームから始まった。
 「親戚にどもる人がいるか」という問いに、400年前から吃音の家系が続いているという、吃音の由緒正しき人がいてみんなびっくりした。
 四国から今回初参加の丹佳子さんで、その地方の民話『丹民部(たんみんぶ)さん』として残っている。勇将丹民部守がくんずほぐれつ上になり下になり鎧兜をつけて闘っているとき、家来が到着する。「殿は上なりや、下なりや」と聞いたが、丹民部守はどもって言えない。組み伏せられていた敵は「下じゃ下じゃ」と言い、家来は上にいた丹民部を槍で刺し殺してしまった。その丹民部守を祀る神社が、どもりの神様として知られ、足を病む人もお祈りする、『丹民部さん』となっている。
 その他、苦手な音や苦手な場面、他者に自分の吃音のことを話したことがあるかどうか、などさまざまな質問に場所を移動して答えていく中で、しだいに打ち解けあっていく。後半は、今回のテーマである自己表現に焦点を当て、どもりながらも、表現力を育てるため何をしているか、何ができるかなど、小グループに分かれて話し合いをもった。
 臨床家のための吃音臨床講座は、日頃のどもる子どもの臨床で困っていることなど、各地のことばの教室の実践や事情が話され、今後どう子どもと向き合っていくか、休憩するのも惜しいくらい充実した話し合いが、10時まで続いていた。吃音症状にとらわれない、子どもが吃音と向き合う取り組みをしている仲間が、実際にいることは心強いことのようだ。

おしゃべりなどもる人たち
 午後10時からのコミュニティアワー。会場となった106号室にぞくぞく人が集まってくる。積み重ねられたスリッパの山は、ちょっと気味悪いくらいだ。これだけしゃべることがあるのだろうかと思うくらい、みんなよくしゃべる。どもる人は無口、なんて思っていたら大間違いである。いつのまにか、12時をとっくに回っている。いつも心を鬼にして「さあ、そろそろ寝ましょうか」と声をかける。そういえば、今年の吃音親子サマーキャンプでも、中学生以上の子どもたちは、夜遅くまでしゃべっていた。階段の踊り場で、ろうかのすみっこで、ほかの人のじゃまにならないよう気をつけてひそひそと話し続けていたことを思い出す。話しても話しても吃音についての話題はつきない。大人も子どもも一緒だなあと思う。心の奥底まで話すことのできる出会いをうれしく思う。
 私は、ちょっとしたハプニングで宿直職員の大矢さんと真夜中の散歩をした。ぎりぎりに車で帰った人を送っていったのだ。懐中電灯を持っていくのを忘れて、真っ暗な中を歩いて宿舎まで帰ってきた。星空はきれいだった。こんなにたくさんの星を見たのは久しぶりのことだった。

やっぱり発表の広場は素敵な時間
 11月3日、午前の部は、発表の広場から始まった。トップバッターは野村貴子さん。今夏、行われた臨床家のための吃音講習会のときの実践発表が好評だったので、吃音ショートコースでもと、お願いした。大阪吃音教室に来るまでのこと、吃音教室初参加の日がちょうどNHK『にんげんゆうゆう』の収録の日で、最後にその日、「どもってもいいかなと思えた」と発言した人である。あのテレビに出ていた人と覚えている人もいて、ちょっとした有名人だ。毎週金曜日の吃音教室だけでなく、吃音親子キャンプや吃音ショートコースに参加し、「どもってもいい」をシャワーのように浴びて、今、楽に楽しく生きて、来年結婚をする。それらの体験を話して下さった。
 次は、堤野瑛一さん。初参加の堤野さんはどもり始めたのが、高校2年生。芸大受験のためピアノに没頭し、入学希望の大学を、自己紹介などでつまづいて中退する。その辛い経験を淡々と話して下さった。タイトルが「新しい道を歩き始めて」とあるように、今、大阪吃音教室に毎週欠かさず参加し、新しい、自分の生きる道を確かに歩き始められたようだ。
 次は、大ベテランの伊藤照良さんに、伊藤伸二がインタビュー。小さいころのこと、吃音を否定的にとらえていた両親との関係、仕事のこと、結婚のこと、どもる人のグループの活動のことなど、ふたりの掛け合いがおもしろくて会場は笑いに包まれた。なんといっても、両伊藤の楽しそうに、派手にどもる、どもりの応酬はどもり合戦のようで楽しい。どもっているのも悪くないよということを実践していてくれるようだった。
 サマーキャンプの報告は、キャンプ初参加の神戸のことばの教室・桑田省吾さん。『スタタリング・ナウ』先月号で報告して下さった活字とはまた違う、桑田省吾さん個人を全面に出した率直な報告だった。
 最後に、伊藤伸二が夏の講習会の報告をかねて、そのときの大きなテーマである『ジョンソンの言語関係図』について話した。Z軸へのアプローチについて、Z軸へのアプローチは、日常生活を大切に生きることだけを心掛けることで、誰でもができる易しい道だと、親鸞の歎異抄をもとに話した。
 これらの、真剣に吃音と向き合う時間は、午後から始まる特別講師、鴻上尚史さんの『演劇に学ぶ自己表現力』への確かなプロローグとなった。

 発表の広場の終わり頃に、鴻上さんが会場に到着された。ふらりと近所に立ち寄られたという感じで会場に入ってこられた。昼食をとりながら、簡単に打ち合わせをした。とにかく「お任せします」である。(「スタタリング・ナウ」 2002.11.27 NO.99)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 223/12/29

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