変わる力

 しばらくブログをお休みしました。体調を崩したわけではなく、目の前の仕事が多くて、気がついたら、1週間経っていたという感じです。そしてもうひとつ、気がついたら、11月ももう終わりです。クリスマスソングが流れ、おせちの予約のお知らせが出て、時間の経つのが早すぎると実感しています。
 今日は、「スタタリング・ナウ」2002.10.20 NO.98 の巻頭言を紹介します。20年も前に書いたものですが、改めて読み返してみて、今とその思いは変わらないなあと思います。どもる子ども、どもる人、人のもつ変わる力を信じて、それを支え、促していくことを続けていきたいです。ここに登場する井田君、藤堂君、いい青年になり、自分の人生をしっかり歩いています。
 では、巻頭言の「変わる力」です。

   変わる力
               日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「吃音は変化し、その人自身も変わる」
 吃音には、波現象があり、自然治癒もある。吃音が軽くなったり、治ったかのような状態になるのは、言語訓練によって起こるよりも、その人に内在する変わる力によるものだと私は信じている。
 吃音を悪いものとして、吃音を隠し、どもることから逃げていた時には変化がなかったが、21歳のとき、初恋の人と出会い、人間関係を閉ざしていた堅い扉が開いてから私は変わっていった。どもる事実を認めると、まず、気持ちに変化が起こり、どもっていてもあまり悩まなくなった。そして、気がついたら、吃音も変わっていた。このプロセスは、私に限ったことではなく、吃音治療を目指さない、私たちのセルフヘルプグループに集う人たちに共通する体験だと言える。
 8月中旬の『臨床家のための吃音講習会』で私は、Z軸について講義をした。その時、このプロセスは、誤解を恐れずに言うと『自然治癒力』のなせることで、それを促すのがZ軸へのアプローチだと説明した。
 幼児期の吃音の自然治癒はよく知られているが、学童期以降も、軽くなったり、治ったかのような状態になるのは、自然治癒と考えていい。言語訓練を受けずとも、吃音を否定的にとらえずに、日常生活を誠実に生きれば、そしてそれが充実し楽しいものであれば、自然治癒力は働く。その人のもっている内在する力で、吃音そのものも、考え方も変わっていく。それはすでに、セルフヘルプグループや吃音親子サマーキャンプで実証済みだが、『臨床家のための吃音講習会』の1週間後の吃音親子サマーキャンプで、あまりにもそれを裏付ける、象徴的な子どもたちに出会った。
 私は吃音についての話し合いでは、小学校4年生8人のグループ(男女各4人ずっ、初参加と複数参加が各4人ずつ)を担当した。「どもることは悪いことなのか」「なぜ急にどもり始めたのか」「どもりは病気か、くせか」と、子どもたちは、日頃疑問に思っていることをテーマに話し合っていく。その話し合いは実に興味深かったが、その中心に井田君がいた。
 小学2年のとき初めてキャンプに参加したときの彼は、緊張ぎみで、よくどもっていた。特に劇のセリフの練習では、跳びはねるようにしてやっと声が出るほどに、目立つ吃音であった。本人も「2年の頃はすごくどもっていたで」と言う。その彼が、2年振りの参加で、「ぼくな、どもり、治ってん」と言うほどに変わっていた。「優太、2年のとき、跳びはねるようにしてどもっていたん覚えてるか。何で治ったと思うの」と聞いてみた。「そうやなあ。友だちができたことかなあ」と、彼は、自分の吃音が軽くなった事を分析した。
 母親に聞いてみると、こんな説明をした。
 「ひどくどもっていた2年の時は、いじめやからかいがあり、学校は緊張状態にあった。それが、学級が彼の吃音を認め、クラスの子どもたちがどもっても聞いてくれるようになって、早く言えとか、なんでそんな話し方やと言わなくなった。また、言い返す力もついてきた。吃音が治ったわけではないが、確かにどもることは少なくなった。少しどもってもほとんど気にしないでよくしゃべる。学校生活以外でも水泳や、習字など自分がしたい習い事に一生懸命になり、それぞれが自分の居場所になり、楽しい、充実した生活を送っているので、忙しくて、吃音を気にする暇がなくなったのではないか。それでもキャンプは是非行きたいと言う」
 彼の変化は、ことばの教室や病院で言語訓練を受けたからではない。ただ、どもることを受け入れてくれる人たちとの日常生活が、楽しく充実していたからだ。
 一方、吃音そのものに変化はなくても、気持ちが大きく変化し、吃音が問題にならなくなった子がいる。
 藤堂君は、吃音を治すためにと、小学2年生から、大きな総合病院の精神科に週に2回のペースで通い始める。小学4年生になっても吃音症状に変化がないので、担当の医師は精神安定剤の服用をすすめた。親は、薬を常用することへの不安や恐れから私のところに相談に訪れた。そして、薬を飲むことも、病院への通院もやめ、大人に交じって、私たちの大阪吃音教室に参加し始めた。「どもってもいい」とのメッセージをいっぱいに受け、どもりながらも、ぐんぐん元気になっていった彼は、キャンプの作文でこう書いた。
 「どもっているから発表できない、意見が言えないと思っていたが、どもりを隠そうとしていた自分のせいだったのだ。早くなおれ、という気持ちが、別にいいじゃないかという気持ちに変わりました」
 小学6年生のこの洞察力はまぶしい。子どもたちは、それぞれ、これほどまでに変わる力をもっている。この力は、子どもが本来もっている力なのだ。どもる事実を認め、人が人とふれあい、じかに関わっていくことが変わる力を育てる。私たち大人にできることは、少なくとも子どもの変わる力の足を引っ張るのではなく、子どもたちの変わる力を支え、促すことだと思う。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/11/29

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