「吃音の夏」のしめくくり 第32回吃音親子サマーキャンプ 一日目

 吃音親子サマーキャンプが終わって早10日経ちました。
 会場である荒神山自然の家やその食堂への支払い送金や礼状、チャーターバスの支払い、参加者やスタッフへの礼状、劇の小道具の片付けや、朝のスポーツや遊び道具の片付けなど、準備と同様に、いろいろ思い出しながら、そして来年のことをイメージしながら、後片付けをしています。ぼちぼちと届くサマーキャンプの感想を読んで、10日前のさまざまなできごとを思い出しています。劇のせりふが口をついて出てきたり、あのときあの場面での発言などが鮮やかに思い出されたり、キャンプの余韻を楽しんでいます。

 8月18日(金)、キャンプの初日、2台の車に荷物を積み込み、荒神山に向けて出発しました。普段、僕は車の運転をするのですが、キャンプのときはどうしても睡眠不足になるため、車の運転を控え、大阪のメンバーに車を出してもらっています。高速を走っている頃、先発隊が電車で最寄り駅の河瀬駅に向かっています。自然の家に着くと、打ち合わせをはじめ、キャンプの資料集や劇の台本、スタッフの進行表の製本、シーツの配布、麦茶の用意など、参加者が到着するまでにしなければならないことがたくさんあります。打ち合わせは、僕たちがしますが、その他諸々の準備のため、先発隊が早く来てくれるようになり、本当に助かっています。
 チャーターバスは、自然の家への狭い道には入れず、こどもセンターに着きます。そこから自然の家まで歩きます。雨が降ったらいやだなあといつも思うのですが、僕の記憶する限り、雨が降ったことはなく、バス組が集会室に到着です。リピーターは、すでに河瀬駅で懐かしい再会をしているようです。今回は、初めての参加が多いので、少し緊張している様子も見られました。

 入所のつどいが終わり、36名(残念ながら直前に病気などで3人がキャンセル)のスタッフの打ち合わせをします。この日、初めて顔を合わせるスタッフも多く、自己紹介の後、少なくとも初日の分だけの打ち合わせをします。この間、待っていてもらって、全員が集合するのが開会のつどいです。
 僕は、ここで、2つの話をしました。これから始まる2泊3日のキャンプで心がけたいことを話しました。ひとつは、オープンダイアローグが大切にしている3つのことです。対等性、応答性、そして不確実性への耐性です。

 対等性…先生という呼び方はせず、子どもも大人もスタッフも、みんな対等に、みんなでつくりあげていくキャンプだということです。ボランティアとか、支援者という概念は僕たちにはないのです。遠く鹿児島や関東地方から交通費を使って、参加費もまったく同じの全員が参加者という立場を32年間貫いてきました。普段「先生」と言われているたくさんの人たちが参加していますが、「先生」と言わないことがひとつのルールになっています。
 対等だから、世話をしない、教えない、指示しないが私たちのルールです。

 応答性…誰かの発言に対して必ず応答することの大切さを話しました。ちょっとした小さな声を聞き逃さず、丁寧に応答していく。話し合いを中心にしたプログラムを組む僕たちは、普段の行動のときにも対話を重視します。

 不確実性への耐性…僕たちは、「~すべき、~せねばならない」を、論理療法から学んだ「非論理的思考」として、もたないように心がけています。吃音親子サマーキャンプの3日間のプログラムはありますが、パスもありです。最初からそれを言うことはしませんが、劇をしたくない、山登りはできないという場合も、一応はすすめますが、最終的には本人の決定にまかせます。吃音親子サマーキャンプの目的は何かとよく聞かれることがありますが、目的やゴールはありません。ただ、ずっと続いているプログラムがあるだけで、キャンプで参加者がどのような経験をするかは、本人次第なのです。もちろん、話し合いもゴールはありません。この、どこへ行くか分からない、不確実なものに耐えていく、こうしなければならないというゴールはないこのキャンプをみんなで楽しんでいこうということです。僕たちは不安の中で始まり、最後には「今年もいいキャンプだった」と胸をなで下ろすのです。
 もうひとつは、トーベ・ヤンソンのムーミンの話からヒントを得た「三間」です。
 空間・時間・仲間、この3つの「間」を大切にしようという話です。このことばは、キャンプの間中、ずうっと、ホワイトボードに書いておきました。

 プログラムのスタートは、出会いの広場です。集会室に全員が集まり、声を出したり、ゲームをしたり、歌を歌ったり、グループに分かれてふりつけをしたり、固かった表情が柔らかく、穏やかになっていくのが見えました。

 夕食の後は、第1回目の話し合いです。保護者は3グループに、子どもたちは小学校低学年と高学年、中・高校生は混合で2グループに、それぞれ分かれて、吃音について話し合いました。これまでなら、どのグループにも、リピーターがいて、その子たちが、話し合いをひっぱっていってくれていました。話したいことをいっぱい持って参加しているので、話がいつの間にか広がっていきます。初参加の子どもたちは、その輪の中にいて、自然と、他者の語りを聞くことになります。そして、いつの間にか、自分も語り出すという流れができていたのです。初参加者と二回目の参加者の多い今年はどうかなと心配でしたが、スタッフにリピーターが多いこともあって、また協力的な子どもたちが多かったこともあって、いつものような話し合いの場になっていきました。聞いてもらえるという安心感のある場で、子どもたちは、自分の本音を話していたのだろうと思います。対等性と応答性が保証されている中で、共に、不確実性への耐性を発揮していたのだろうと思います。
 僕が参加していたのは、小学校5、6年生グループでした。

 夜の8時、全員が学習室に集合します。事前レッスンに参加したスタッフによる劇が始まります。荒神山劇場のオープニングです。この日のために、小道具を作り、郵送してくれたスタッフもいます。今回どうしても参加できないから、せめて小道具作りで参加したいと申し出てくれました。車にたくさんの小道具、材料を運んで、その場で必要なものをつくってくれたスタッフもいます。7月に2日間の合宿で稽古をした、スタッフとしては本番の劇の上演です。いいお客さんのおかげで、多少せりふをとばしたり、間違ったりもしましたが、それもご愛敬で、今年の劇「森は生きている」を演じました。真剣にみつめてくれている子どもたちや保護者のおかげで、みんな役者になったつもりで演じることができました。一番心配そうに見ていたのが、演出を担当してくれている渡辺貴裕さんでした。出演者はみな、楽しんでいました。その様子はしっかりと観客の子どもたちや保護者に伝わったことと思います。
 こうして初日のプログラムが全て終了しました。上々の滑り出しです。自然の家に到着したときの、固かった顔が、緩んでいます。
 夜10時からスタッフの打ち合わせを行いました。それぞれのプログラムの中で気づいたことを率直に出し合います。気になった子どもの話が出ると、関連する話題が続きます。こんなことをしていたよ、こんなことを言っていたよと、自分が見聞きしたその子の話が出てきます。子どもを一面的にとらえてしまうことを防ぐことができます。それらを共有することで、子どもの見方が広がるのだと思います。翌日の打ち合わせをして、スタッフ会議は終わりです。参加者同様、初参加のスタッフの固かった表情もすっかり和らいでいました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/08/31

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