レジリエンス
初めて「レジリエンス」ということばに出会ったのは、2013年、第10回吃音世界大会・オランダ大会の基調講演の抄録を、ナラティブ・アプローチを精力的に日本に紹介している、精神科医の小森康永さんにお送りしたときでした。
いただいたメールで、僕たちの活動が「レジリエンス」で整理し、学会などで研究発表ができるのではと示唆をいただきました。さっそく仲間と勉強し、ことばの教室の実践を整理し、全国難聴・言語障害教育研究協議会の全国大会などで、実践を発表してきました。
あれから13年、「レジリエンス」ということばを、いろいろな分野でみかけるようになりました。えっ、こんなところにも、「レジリエンス?」と思ったこともあります。
僕は、ことばの教室の担当者向けに、アメリカのウェルナーが、ハワイ諸島のカウワイ島で、貧困、暴力など劣悪な環境で育った、1955年に出生した698名を長年にわたって追跡し、3分の2には脆弱性が見られたものの、3分の1は、能力のある信頼できる成人になったと報告したことを子どもたちに話してほしいと伝えています。この健康な人たちは、「逆境を乗り越えるか、心的外傷となる可能性のあった苦難から立ち直る、回復力がある」として、弾力・回復・復元力を意味する「レジリエンス」が備わっていると表現したのだということも。
子どもたちに備わっているレジリエンスを見つけ、育てることが、ことばの教室担当者の大切な仕事だと思うからです。
「スタタリング・ナウ」2015.5.20 NO.249 より、まず巻頭言を紹介します。
レジリエンス
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
『基調講演抄録を読ませていただきました。方向性はまさにあるべきものだと感じます。スキャットマン・ジョンや、英国王のスピーチにあるような、魅力的な例は、人々の理解を促進します。
言説を変えていこうというアプローチは、ナラティヴ・アプローチにフィットする一方、どもりを抱えた人々が、そのような逆境を体験した、しているが故にこれほどのことを成し遂げたというリジリアンスという概念は人々の転機というものによくフィットするように思います。
リジリアンスは社会構成主義的な見直しが進んでおり、以前訳した『サバイバーと心の回復カ―逆境を乗り越えるための七つのリジリアンス』(金剛出版)よりも、もうじき出るマイケル・ウンガーの『リジリアンスを育てよう』(金剛出版)をお読み下さったほうがよいかと思います』
ナラティヴ・アプローチを日本に紹介し、たくさんのナラティヴ・アプローチ関連の著作がある、精神科医の小森康永さんからこのメールをいただいたのは、第10回吃音世界大会・オランダ大会の基調講演の抄録をお送りしたときだ。この時私は初めてレジリエンスと出会った。レジリエンス関係の本を読み進めていくうちにうれしくなった。これまで学んで来た、交流分析、論理療法、アサーション、笑いとユーモア、認知行動療法、当事者研究、ナラティヴ・アプローチなどが、すべて、レジリエンスを育てることに、直接つながっていたからだ。吃音に悩みながらも、吃音と向き合い、自分なりの豊かな人生を送る人は多い。その人たちには、レジリエンスがあったということだ。
一方、吃音に悩み、そのダメージから抜け出せない人もいる。この人たちはレジリエンスを今から育てればいいのだ。また、子どもの頃から、レジリエンスを学び、育てることができれば、どもる子どもにとって、「吃音治療・改善」よりはるかに大きな生きる力になる。
アメリカの心理学者ウェルナー等は、ハワイ諸島のカウワイ島で、貧困、暴力など劣悪な環境で育った、1955年に出生した698名を長年にわたって追跡し、3分の2には脆弱性が見られたものの、3分の1は、能力のある信頼できる成人になったと報告した。この健康な人たちには、「逆境を乗り越えるか、心的外傷となる可能性のあった苦難から新たな力で勝ち残る能力、回復力がある」として、弾力・回復・復元力を意味する「レジリエンス」が備わっていると表現した。精神医療の世界では、環境に恵まれない、トラウマを負った子どもたちのレジリエンスをいかに引き出すかに注目している。日本でも、2011年3月11日の東日本大震災の危機的状況を生き抜く子どもたちの姿に、レジリエンスを見てとれる。
「脆弱性モデル」は、吃音が将来大きなマイナスになると予想して、吃音を少しでも改善しようとする。この「脆弱性モデル」は、すでに破綻しており、吃音は「レジリエンスモデル」に転換すべき時期にきていると私は考えるのだが、依然として、「脆弱性モデル」で吃音に取り組む人がほとんどだ。
2013年の第10回国際吃音連盟・オランダ大会で、堂々とどもるヨーロッパの人たちの姿を目の当たりにして、世界もようやく変わってきたと喜んだが、それは錯覚だったのか。国際吃音連盟は、基本理念に「吃音治療・改善を求める」を入れようとし始めた。日本でも似た動きがある。
レジリエンスを育んで、豊かに生きてきた、掛田力哉さんは、朝日新聞に投稿した原稿(「スタタリング・ナウ」NO.240に掲載)を、ISAD(国際吃音アウェアネスデー)のオンライン会議に投稿した。その熱いやりとりの中に、吃音を弱い存在として貶めようとする動きへの、強い危機感と怒りが感じ取れる。私たちが仲間と共に、さまざまなことを学んでつかんだ「レジリエンスモデル」を多くの人に知ってほしいとの思いが伝わってくる。日本吃音臨床研究会の進士和恵さんを中心とする翻訳グループの努力によって、そのやりとりの一部を紹介できたことはうれしい。
この8月、「第4回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」では、レジリエンスを学び、これまでの実践をレジリエンスで整理する。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/03/05

