2014年度ことば文学賞~教育実習への挑戦~
意外に思われるかもしれませんが、どもる人で教師の仕事に就いている人は少なくありません。しゃべることが商売の教職に、どもる人が就く、そのプロセスには、ひとりひとりに物語があるようです。授業はいろいろ工夫してなんとかこなせるが、保護者との面談で苦労したとか、校内放送で困ったとか、卒業式の呼名に悩んだとか、エピソードには事欠きません。それでも、教師という仕事に就きたいという思いの強さで、仕事を全うしている人、全うした人を僕はたくさん知っています。その人の顔もエピソードも浮かんできます。
だから、「どもる苦労はどんな仕事に就いてもついてくる。それならば、自分が本当に就きたい仕事に就いて、苦労しよう」、僕は心の中からそう思っているのです。そして、今から就職を考えている人たちに向けて、伝えたいのです。
2月20日の大阪吃音教室の講座は、《新社会人・大学生向け講座》です。今、まさに就活中の方、その保護者の方、どうぞ、ご参加ください。
今日は、「スタタリング・ナウ」2014.11.22 NO.243 に掲載された、教育実習をテーマにした、第20回ことば文学賞の作品を紹介します。
2014年度 第20回ことば文学賞
教育実習への挑戦
斎洋之(会社員)
私は、大学時代に教育実習を経験した。当時のどもりの症状はひどいものであり、とても教育実習などやれる状況ではなかったと思う。家庭教師や塾の講師をやりたいという気持ちはあったのであるが、吃音のためにできないと思い逃げていたのである。このような自分に、教育実習ができるのだろうかとだいぶ考えた。そのような中で教育実習に挑戦することに決め、結局何とかやり抜くことができた。ここで当時の気持ちを振り返ってみたい。
私が入学した大学の学部には、選択科目として教職課程があった。教職課程を履修し、教育実習の単位をとれば、教員免許が取得できた。当時の私は、どもりの症状がひどいことから、教員になるつもりはまったくなかった。しかし、周りの同級生の多くが教職課程を履修しているので、私も教職課程を履修しておくことにした。教育実習については、その時が来たら決めればいいことで、どもりが治らなければ教育実習をやめて、教員免許を取ることをあきらめればいいだけと考えていた。
教育実習をやるかどうかの選択をする第一関門が大学3年の夏休みに来た。夏休み前にあった教育実習の説明会で、出身高校で教育実習をする場合は夏休み中に学校を訪問し、了解をもらってくることになった。他にも大学の斡旋で教育実習をするという選択肢があり、こちらは決断の時期を先送りすることができたが、まったく知らない高校で実習をすることは、自分にとってはとても考えられなかった。そこで、出身高校に連絡を取り、事情を説明して先生の意見をもらうことにした。幸いだったことは、私のどもりを知る高校3年時のクラス担任の先生と担当科目となる化学の先生が、ともにまだ出身高校に残っていたことであった。この時には、2人の先生たちが私のどもりのことを知っているので、もしもの場合には途中で断っても許されるのではないかと思っていた。クラス担任だった先生に電話をすることにも大変な勇気が必要であったが、なんとか連絡して学校を訪問することになった。
担任の先生は歓迎してくれて、昨年同じクラスだった同級生が実習に来たことを教えてくれた。教え子が教育実習に来ることを歓迎しているようであった。私は先生に相談して無理だと言われたら、その時には実習をやめることができ、大学の仲間にも仕方なかったと説明がつくと考えていた。一方では、それを少し期待する自分もいた。先生にどもりで不安なことを話したが、先生の答えは「やってみれば」であった。そして、いつでも相談に乗るとも言ってくれた。化学の先生も同様で、私の担当する予定の部分については、もう一度授業をやり直すので心配しなくていいとのことであった。本来であれば、非常に屈辱的なことばであるが、その時の自分にとっては、安心して教育実習に挑戦するのに十分な言葉であった。結局、この時点では教育実習をやってみることに決めた。
大学4年になり、教育実習本番の時が来た。教育実習の実施時期は、全国で統一されているわけではなく、それぞれの学校ごとに決まっているので、当然大学内でも早くやる学生から順番に実習をすることになった。私の出身校での教育実習日程は遅いほうであったので、先に教育実習を行った同級生から感想を聞いたりしていた。とてもよかったという話が大半で、その度に緊張感が高まっていくのを感じた。この時点で、もう逃げることはできないと覚悟を決めた。そうなると、ブロックで言葉が出なくなったときの対処法を考えておく必要が出てきた。 もう格好など気にせず、何とか随伴運動を駆使してでも言葉を出そうと考えた。そこで思いついたのは、黒板に字を書きながら言葉を出す方法であった。黒板を向いているので生徒には表情がわからないし、字を書く弾みで言葉を出しやすいと考えた。その他にも、足踏みで弾みをつける方法もできそうだと考えた。これらの方法を駆使して、なんとか言葉を出してやらなければと気を引き締めた。
ついに教育実習の日が来た。学校までの道のりは、不安でいっぱいで言葉が出るかどうかばかり考えていた。初めに実習生の自己紹介とホームルームの担当の発表があった。実習生は、卒業生と地元の学生とが半々であった。卒業生の中でも、同級生で顔見知りなのは2、3人だけであった。そこで、自己紹介ではどもりのことは言わなかった。ホームルームの担当は、高校3年時の担任の先生のクラスで、そのクラスでは授業を行わないことから、先生の配慮が感じられた。他の実習生は、自分が授業を行うクラスのホームルーム担当であった。ホームルーム、授業を担当するクラスともに、最初の自己紹介で自分のどもりのことを話して、迷惑をかけるかもしれないが、精一杯やるつもりであることを伝えた。
まず指導教官の授業参観を行い、その後に授業実習を行うことになった。最初の授業では、立往生して時間を使うことなく予定通りのところまで進行することにだけ注意して、考えていた随伴運動を駆使して行った。しかしながら、予定の所までは進めなかった。どもりで立往生したわけではなく、初めてなので時間配分がうまく出来なかったのであった。それでも、なんとか終えることができたので少しホッとした。もちろん、どもって、詰まるところはあったが、どうしようもなく言葉が出てこなくなることはなかった。次に同じ内容の授業を別のクラスで行うことになったので、前回の失敗を踏まえて授業を行ったのであるが、やはり自分の思うようにはいかなかった。何よりも立往生しないことを第一に考えて授業を進めたのであるが、いろいろな面で余裕がなかったと思う。それでも、どもりに苦労して何とか言葉を出すためにいろいろ試した随伴運動が、ここで役に立ったことに安心した。
その後の授業も同様に、立往生しないようにだけ注意してなんとか言葉を出すことだけに集中した。2週間の教育実習の最後に、他の実習生の授業を見学する機会があったが、生徒の反応を見ながら余裕を持って授業を進めていた。比較して自分の授業を振り返ると、生徒の様子を見る余裕がないまま一人で授業を進めていて、とても情けないと感じた。結局、授業実習は全部で11時限行った。満足できる授業はなかったが、自分が考えていたより立往生することなく、なんとか授業を終えることができたことはよかったと思う。授業内容については、生徒がどの程度理解したかは全くわからない。本来であれば、実習の最後に生徒に感想を書いてもらったりするのであるが、私の場合は怖くてとてもできなかった。結局、私の授業を生徒がどう思っていたかはわからないままである。
教育実習は教員免許を取るためだけで、教師にはならないと決めていたのであるが、終えた後には、教師もなかなか面白い職業だと感じるまでになった。一方で、後悔したことも多々あった。ホームルームで先生より、大学生活について話してほしいと振られて、何を言っていいかわからず、しどろもどろになってしまったことがあった。現在であれば、そのような場合に言うことをすぐに考え付くことができるが、当時は話す経験を積んでいないことから、何を話していいか思い付かなかった。どもらないようにすることに精いっぱいで、話す経験が不足していたと思う。
教育実習日誌を読み返してみると、時間配分が思うとおりに出来ないことと、生徒が理解できたかどうか不安なことを多く書いていた。特に、予想外の質問があった時にパニックになってしまい、その後何をしているかわからなくなっていた事があったようである。先生からの指摘に、「黒板の方ばかり見ている」と「板書と話すのを別々にしたほうがよい」ということがあったが、これは仕方がないことと思っている。ホームルームでの大学生活の話も、生徒は興味を持って聞いているので、話せば必ず乗って来てくれると指摘されていた。
きっと、いい話が出来ていれば、生徒の方から話しかけられることもあったのではないだろうか。どもりのことに関しては、「話し方での時間のロスを他のどこかで取り戻すことに考慮すべきである」との指摘があったが、もっともだと思う。
私の大学時代は、どもりの症状がひどいために、サークルにも入らず、英語の授業で英訳の順番が来る日に休んだりするなど、逃げることがほとんどであった。そのような中で教育実習を曲がりなりにもやり抜いたということは奇跡に近いことである。大阪吃音教室に来て初めて「逃げない」ということを聞いたのであるが、自分にはとてもむずかしいことだと思った。しかし振り返ってみれば、教育実習で「逃げない」ことを実践していたことになる。この経験が、現在の自分を創る基礎となっているのかもしれない。
【選者コメント】
教育実習というひとつのテーマを、時間軸を追って、深く掘り下げていて、そのときどきの作者の気持ちが丁寧に綴られている。立ち往生しないで授業を進めるために、黒板に字を書きながらことばを出す方法や足踏みをして弾みをつける方法などを考えた。逃げないで、なんとかサバイバルしていこうという作者のたくましさを感じる。結局、作者は教職という道には進まなかったが、この教育実習での経験、逃げずに立ち向かうという経験は、その後の作者の生き方に大きく影響を与えている。大阪吃音教室に出会って作者は大きく変化していくのだが、その原点ともいうべき体験がここにあったと知らされる。
どもる人にとって、教育実習は、かなりハードルが高い。しかし、教職に就いているどもる人は少なくない。そのたくさんの人たちは、それぞれに、教育実習の物語を持っていることだろう。
今、就職のことで悩んでいる人にぜひ読んでいただきたい作品である。
【作者感想】
今回久しぶりに文学賞に応募しました。応募しようと思った動機は、大阪スタタリングプロジェクトの「吃音を生きるⅡ」に自分の文章が載っていないことでした。残念であるとともに、自分の経験を文章に残していく必要性を感じました。
題材を何にするかを考えたときに、吃音症状が重かった学生時代に、教育実習をやっていたことを思い出しました。このことは他の人にはほとんど話していませんでした。自分としては、とても満足できない出来であったがゆえに封印していたように思います。私の吃音症状は、大阪吃音教室と出会ったことで以前と比べて軽くなっているのですが、その理由は逃げない場面を増やして頑張ったことであると思っていました。しかし、今回この経験を文章にしたことで、以前も逃げないで頑張った場面があったことがわかりました。
振り返ると、あの時期によくやったなという印象があります。この経験があったからこそ、大阪吃音教室と出会ってからの自分があるのだと理解できました。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/02/12

