吃音サバイバル

 今日、紹介するのは、「スタタリング・ナウ」2014.6.23 NO.238 の巻頭言です。
 タイトルは、吃音サバイバル。サバイバルとは、厳しい条件の下で生き抜くこと、生き残ること、ですが、どもる僕たちは、誰に教えられるでもなく、自分でいろいろと工夫してきて、日常生活を切り抜けてきました。言いやすいことばへの言い換え、言い始めに「あのー」や「えーと」をつける、指を折って調子をとる、など本当にひとりひとりが編み出した工夫です。アメリカ言語病理学では、そのどもる人の多くがしている言い換えを症状のひとつだとして、よくないものとしています。言い換えをしてはいけないと言われると、どもる人はしゃべれなくなります。どもる人自身も、言い換えをすることに抵抗感や罪悪感をもつ人もいます。イギリスの作家のデイビッド・ミッチェルさんもそうでした。僕は、言い換えは、僕たちのサバイバルだと思います。推奨するわけではありませんが、罪悪感をもたず、サバイバルのひとつだと考えたいです。

  吃音サバイバル
                      日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
 ・サバイバル「はい元気です」の「はい」をとる
 ・言い換えは 言葉の魔術師 得意技
 ・好きだよと 言えずに言った アイラブユー
 ・積み木みたいに 言葉を崩し 組み立て話す どもり名人
                『学習・どもりカルタ』(日本吃音臨床研究会)
 どもる人のセルフヘルプグループ、大阪スタタリングプロジェクトの大阪吃音教室から生まれた「どもりカルタ」は、千葉市のことばの教室など、全国へと広がり、子どもたちからも多くの読み札が集まった。たくさん集まった中から44枚の読み札に絞ったが、その中にこの4つの読み札がある。どもる大人も、どもる子どもも、ことばの言い換えは、日常茶飯事のことだ。しかし、アメリカ言語病理学の専門家にも、どもる当事者の中にも、言い換えはよくないという考えが根強くあった。どもる人は、言い換えをすることに罪悪感すら持っていた。
 小児科医のスペンサー・F・バーバラは、「どもりそうなことばを、言いやすいことばに言い換えていると、どもることを、ますます意識し、話すことを恐れるようになる。どもりそうだと恐れることばに、正面から立ち向かわない限り、吃音の問題を長引かせる」との専門家のことばを紹介しつつ、「そんなことを言う専門家も、自分がどもる人は、みな言い換えをしている。言い換えを気にすることはない」と、気楽に生きることをすすめていた。(『人間とコミュニケーション』 日本放送出版協会)
 吃音は治せないし、治らない。言えないことばが、これまでの吃音治療法で言えるようになるのならいいが、それができない現状で、「ことばの言い換え」は、よくないことと考えると、当事者は生きにくい。ことばの言い換えを「ごまかし」ではなく、私たちは、「サバイバル」だと言う。
 近視の人には、メガネがある。メガネがあるから、かなり強度の近視でも日常生活を送れる。どもる人にとってのメガネとして、自然にことばの言い換えや、どもりそうなことばの前に、言いやすいことばをつけて言うのは、どもる子どもやどもる人が編み出したサバイバル術だ。
 一見すると矛盾するようだが、吃音は治らないとあきらめ、吃音を肯定的にとらえている人ほど、このサバイバル術を肯定し、積極的に使う。大阪吃音教室の人たちは、得意技といったり、どもり名人という。治らないと認めて、実際の仕事や生活場面で声が出ないとき、最終的にはどもる覚悟はしているから、目の前の人に向き合い、ことばを伝えるために、様々な術を使うことができる。
 「焼き肉定食」を注文するとき、「アキニクテイショク」も、メニューを指さした「これ」も、どもる人にとっては、ことばなのだ。そう考えないと、どもる人は苦しい。どんなにどもっても言い切ることも素晴らしいことだと思うが、言い換えても、どんな手をつかっても、目の前の人とつながりたいと思い、自分なりのことばで伝えていくことも素晴らしい。言い換えても、ことばが流暢、明瞭でなくても、相手に働きかけることが大事なのだ。働きかければ相手はつき合ってくれる。つき合ってくれない人間がいたとしても、それはそれで仕方がないと考えないと、どもる人は生き残れない。
 高校生が接客のアルバイトで、「ありがとうございます」が言えずに悩んでいる。「誰も君が、一音一音ちゃんと『ありがとうございます』と言っているかどうか、気にしていないよ。感謝の気持ちがあれば、「・りがとうございます」でも、「・・がとうございます」でも通じるよ」と話すと、「そうですね。やってみます」と、とたんに明るい声になる。以前のワークショップでも、「はい、亀戸支店です」が言えない悩みに、「か」の子音を飛ばして母音で「アメイド」でも、「メイド」でも相手は「亀戸支店」と聞き取るという話があって、楽になった人がいた。ちょっとしたサバイバル術が、人を生きやすくすることがある。
 サバイバル術を話し合うことは楽しい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/01/25

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