基本設定の吃音 2

 「スタタリング・ナウ」2014.5.20 NO.237 で報告している、2014年4月18日の大阪吃音教室の様子の続きを紹介します。参加者ひとりひとりの発言が、しっかりと吃音と向き合い、考えられたもので、見事だなあと思います。最後は、「二河白道」の話で締めくくっています。
 吃音とともに生きるという一本の道は、これまで大勢の先輩が、現実に吃音とともに豊かに生きてきた、安全で大きな道です。紀元前の時代から、大勢のどもる人が踏み固めてきた道です。この道を信じて、僕たちは生きていきます。そして、この道の存在を、どもる子どもやどもる人たちに伝えていきたいです。

  基本設定の吃音  大阪吃音教室での話し合い 2014年4月18日
                 報告:大阪スタタリングプロジェクト 藤岡千恵

  どもり、ごめんね
藤岡 基本設定が狂うということで、思ったことがあります。ひとつ基本設定をいじると、狂った設定が次々に派生していくようなイメージです。大阪吃音教室で勉強している論理療法の中の「非論理的思考の9つの特徴」がありますが、私は、昔は9つ全てにマルがつく、非論理的思考のかたまりだった。マイナス思考の癖(なんでもネガティブに考えてしまう癖)、すぐに劣等感をもつ癖、人と自分を比べる癖など、私はひとつの狂った基本設定の影響があちこちに派生して、非論理的思考のかたまりみたいになり「そりゃ生きづらいよな」と思いました。大阪吃音教室に来て「どもりのままで生きていける」「どもりとともに生きていきたい」と思うようになってからは、あちこちに分散していた自分が統合してひとつになった感覚があります。自分の体がすっきりして軽くなった感覚です。それでも、私のぐちゃぐちゃに混線した基本設定の最大の副作用が今も大きく自分に影響を与えています。それは「頭の中の会話」です。それがとてもやっかいで、自分の生活や人間関係のいろんなところに影響していて手強いです。
 私は今、うつの薬を飲んでいます。一番しんどい時よりは楽になっているのですが、私はほんの去年くらいまでは「そうは言っても、うつは吃音のせいじゃないかなあ」と思っていました。幼少の頃から吃音で悩んだストレスでうつを発症したんじゃないかと密かに思っていました。それが去年、ある時「うつは、どもりのせいじゃない」とハッとしました。今まで大阪吃音教室で論理療法やその他の心理療法を勉強しているうちに、「こんなに非論理的思考だらけだったら、そりゃ生きにくいし、うつにもなるわ(笑)」と。その時「どもり、ごめんなさい」と思いました。
伊藤 「なんでもあなたのせいにしてごめんね」という感じですね。どもりのせいにしていれば楽なんですよね。自分は努力しなくても、「どもり、お前ががんばれ」と言えばいいから。僕が40年以上前に書いた『吃音者宣言』(たいまつ社)の中で、一番好きな文章は鳥羽稔さんが書いた文章です。
 彼は、「自分がまともな仕事に就けないのも全部どもりが悪いんだ」と、どもりと戦い続けていました。彼は、肺結核になってベッドに何年間か横たわる入院生活で、死を予感した時に気がついた。「自分自身でもあるどもりを虐げて、全てどもりのせいにしていた」と。そして、そのどもりに対して謝るんです。「ごめんね」と詫びたら、そこからは仏の悟りのようにひらめいて、道がパーッと開けてきたという文章です。
 絶望の果てに啓示のように瞬間的にパッとひらめく人と、90分の話し合いでひらめく人と、10年経ってもひらめかない人と、いろいろですが、吃音否定の世界から早く脱出してほしいと僕は思います。

  基本設定とリカバリー
川崎 伊藤さんの基本設定の話で疑問に思ったことがあります。伊藤さんは小学2年生までは、基本設定のままで問題なく生きていた。もし基本設定のままで生きていたら、それはそれで良かったと思うのですが、どもりの素晴らしさには気づけなかったと思います。「どもりは贈り物」とは思えない。サマーキャンプに来ている子どもたちも、彼らなりにすごく悩んできたからこそ「神様からのプレゼント」だと言えるのであって、基本設定のままで生きてきたら、どもりをプレゼントとは思わない。ということは、基本設定は一度崩す必要があるのかなと思いました。自分で崩すなり、親や友だちがきっかけで崩すなり、それぞれですが。もちろん崩さずに生きていけたらそれはそれで幸せなことだとも思いますが。
伊藤 なるほど。基本設定について、こうして皆さんと話していると、新しいイメージが浮かんできます。基本設定として、「どもりとともに生きていくことができる」は、すでに備わっている。ところが僕は、この基本設定をいじったことで、ぐちゃぐちゃに混線した。けれども、それに対してもう一度吃音を肯定するることで、ぐちゃぐちゃに混線していた基本設定がスーッと初期設定に戻った。これがリカバリーです。コンピューターも、ぐちゃぐちゃになってしまったら「リカバリーしましょう」と言う。僕の場合は、3歳からどもり始め、そのまま悩むことなく生きていったとしても、僕の人生です。だけど僕は小学2年の時に、基本設定をぐちゃぐちゃにして、どもりに悩み始めた。どもりに悩んだが故に、僕はたくさんのプレゼントをもらい、どもりのおかげで今、本当に幸せな人生を送っている。だから今はどもりで悩んで良かったと思っています。
 しかし、もしこれが修復不能な状態まで壊れてしまったら不可能です。ある程度、修復可能な状態だったから戻すことができた。これを、レジリエンス、回復力と言いますが、いかに苦しい人生であっても、精神的に病むほどの苦しみであっても、人はこの基本設定に立ち戻る、レジリエンスがあると僕は信じたい。
 親鸞の歎異抄に「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」ということばがあります。順調に生きている人間でも、それなりに人生が送れるだろう。でも、悪人、ここでは基本設定がぐちゃぐちゃに崩れた人間ですが、その人は悩むからこそ、往生する。いい人生が待っている。そのために、自分には吃音とともに生きていく力が、本来備わっているんだという基本設定を信じたいのです。
西田 論理療法も、「落ち込んだり、怒りがわいてくるなど、自分の中にわき上がるマイナスの感情に気づいた時がチャンスだ」と言いますね。「自分の中に思い込みや歪んだ考えがある」とマイナス感情を自覚できるのはチャンスです。その時に、自分の中の非合理的な思い込みに気がついても「まあ、これでもええやん」と思ったらそのままでもいい。だけどその思い込みが自分を苦しめている、自分にとって損だと思ったら変えたらいい、と言いますね。その仕組みに似ていると思いました。
川崎 幸か不幸か「どもりは悪いものだ」と思わずに生きていけたら、それはそれで幸せだと思うんですが、どもりをいったん否定することが深く考えるきっかけになるし、否定して苦しまなければ「贈り物」の発想は出てこないと思うんです。
伊藤 悩みながらも、つぶれずにレジリエンスを発揮できた時に過去の意味づけが変わる。昔、僕はオセロゲームにたとえたことがあります。今まで真っ黒な人生だったのが何かのきっかけでひとつ白に変わると、今度はパタパタと黒が白に変わる。悩んで考えてきたからこそ、あれだけ苦しかった僕の人生は意味があると思える。
 姜尚中さんが『悩む力』という本を書く前に、僕は金鶴泳という小説家のことを「悩む力」があったと文章に書きました。人が悩み、劣等感を持ち、苦悩することは、自分が一皮むけ、二皮むけていくチャンスにできる。でも、悩むことをチャンスにできない人もいる。この違いはとても大きいのですが、その違いとは何なのでしょうか。どうしたら、苦悩が意味のある苦悩になり、ぐちゃぐちゃになった基本設定をリカバリーできるのか。どうすれば基本設定をリカバリーして吃音とともに豊かに生きることができるのか。
 僕の場合は、はっきりわかっています。三つあります。まず、当時、夢も希望も何もなかった僕を愛してくれる人が現れたということです。次は、自分と同じような仲間に出会い、他の人の人生を知ったことです。全国のどもりに悩む人たちが東京正生学院に集まったのだけれども、彼らは3週間から4週間の合宿を終えた後は、仕事があるので故郷に帰る。彼らは工場の労働者であったり、学校の先生だったり、会社の社長だったりした。当時の僕は、人生に絶望し「どもっていたら仕事なんてできない」と思っていたけれど、どもりながらも一生懸命仕事をしている多くの仲間と出会い、他人の人生を知ることができた。これは僕の人生でとっても大きなことでした。最後は、「もう、どもりを治すことはやめよう」と思えたことでした。東京正生学院には、あきらめきれずに何度も来る人がたくさんいました。そして、ここでは治らないからといって、催眠療法や他の精神療法へ転々としていく人もたくさんいた。そんな中、僕は一発であきらめることができた。この潔さが僕にとっては幸いでした。あきらめるということはとても大事なことです。
 吃音を否定しないこと、基本設定を信じることが大事ですが、そのきっかけは人によってそれぞれ違うと思います。「いつも逃げる」人生でもなく、「いつも戦う」人生でもなく、戦う時は戦う、逃げる時はスッと逃げる。絶望に近いような苦しみがあるから、喜びがわかる。苦しいことがあるからこそ人の温かみが心にしみる。喜びばかりの人生、楽しみばかりの人生より、時に落ち込み、時に苦しみながら生きていく人生の方が、生きている実感がわいてくると思います。

  抜け出したきっかけ
伊藤 吃音で、苦しい体験をしてきたと思いますが、そこから抜け出したきっかけはありますか?
川崎 僕の場合は「運」でしたね。この大阪吃音教室の仲間に出会ったから、今までのつらい経験が大きなプラスになっている。これが「一緒に治す、改善するためにがんばろうね」という仲間だったら、一緒に吃音を否定したままだったと思います。「そんな無駄な努力はやめよう」と言ってくれる仲間がいるから「ああ、そうか」となった。
佐藤 私は伊藤さんに相談をした時に、はっきりと「どもりは治らない」と言われたことがよかったです。あの時、気分的に楽になった。
伊藤 「どもりを治したい、少しでも軽減したい」と言う人が、そのためにどれだけの努力をしているのかと聞くと、ほとんどやっていなかった。「どもりを治したい、改善したい」と思っているだけで、努力もしない。吹っ切れないのであれば、半年なり一年なり百万円使ってでもいいから必死に「治す、改善する」努力をすべきだと僕は思います。そのお金はあきらめ料みたいなものですね。「そんなことにお金を使うのはもったいない、それならハワイに行こう」と言うならハワイに行けばいいし、「いや、どうしてもあきらめられない」と言うなら徹底して治す努力をすべきだと思う。
村田 私があきらめたきっかけは仲間に出会ったこと。かなり「治そう」と努力したけれどだめだった。それと、吃音についての正しい知識を知ったことは大きかったです。
伊藤 「吃音についての正しい知識」も大きなポイントですよね。紀元前300年の時代から人はどもりとともに生きてきた歴史があります。ものすごくたくさんのどもる人間の人生があり、基本設定として約束されていることですからね。これまで絶えることなく、どもる僕たちが人口の1%あり続けたことを思うと悠久のものを感じます。
井上 僕は吃音親子サマーキャンプでどもる大人の人に出会ったことでした。僕はどもりは治るものだと思っていたので、どもる大人を見て、あれっと思いました。その時に、治らなかった時のことも考えておかないとだめだなと思いました。自分の中に道がもうひとつ増えたような感覚です。
西田 僕の場合は、「これは治らないな」から出発したので、治そうとは思っていなかった。
鈴木 僕も、もともと「基本設定だったのかな」と思っていたような気がします。根本的には治したいと思っていなかった。明日の発表はどもるから嫌だと思ってはいたけど、次の日に発表がうまくいけば、それはそれでいい。僕は吃音を治すためにお金を使うなら、ハワイに行きたい。いまだにしんどいことはあるし、吃音以外にもしんどいことはたくさんあり、その時は落ち込むけど、でもいつのまにか忘れて、また普通に生きている。今まで何も考えなかったけど、あ、これがレジリエンスなのかなと思いました。
正原 大阪吃音教室で吃音氷山説に出会ったことです。それまでは、自分の悩みの全ては吃音の症状だと思っていたが、実は、症状ではなく考え方だったんだと気づけて楽になってきた。
伊藤 アメリカ言語病理学は、吃音とともに生きることに必要な知識、言語関係図や氷山説など、今後の行動の指針となる知識を全然教えない。アメリカのセラピーでは「吃音と向き合う」ことは、どもりの症状に向き合うということです。
 セラピストが、「あなたは今、体に力が入っている。それをこうやって抜くんですよ」と教えたり、「どもった時にはこうすればい」など、どもりの症状と向き合うことをする。
 僕らのように「どういうことで基本設定を崩したのか」「何が行動・思考・感情に影響を与えているのか」「基本設定を崩して、ぐちゃぐちゃになった配線をどうすれば、元に戻るか」というようなことは考えない。どもりそのものは、変えることができないかもしれないけど、どもりを隠したり、大切なことから逃げたりするような行動は変えることができる。それを僕らは学んできた。
 6月のオランダの世界大会で、大会会長や事務局長がすごくどもりながら大勢の前で挨拶している姿を見た時に「どもることばを聞くことが心地いい」の感覚を味わいました。どもりながら自分のことばをしゃべっている姿は、「誠実で、人間としていいなあ」と感じた。

  初参加者の感想
A 今まで、治すことしか考えていなかったのですが、前向きに考えたら、どもりもそんなにつらいことではないのかなと思いました。
B 僕も、治せると考えていたんですが、「治せない」という考え方もあるんだなと思いました。自分もそういうふうになりたいです。
C 小学校の時から、表の自分と裏の自分とが戦ってるような感じでした。二重人格とまではいかないけれど、自分の中にジキルとハイドのような面があると、今日の話を聞いて、そういう印象を持ちました。
D 僕もどもりで今までいろいろと苦労してきたので、みなさんのお話を聞いていて、本当によくわかります。ずっと頷いていました。皆さんの気持ちがすごくよくわかります。今、まだ、僕は上手にしゃべろうとしているのが嫌だなと思いました。「もっとさらけ出せ」と自分に言っています。
伊藤 僕らはひとつの選択肢を提案することしかできない。それでも「治したい」と強く思うなら、吃音を治すためにがんばるのもいいと思います。人はいつでも幸せに生きられる。決心さえすればいつでも幸せに生きられる。でも自分で自分を縛り、苦労しているのは自分だとアドラー心理学では言います。大阪吃音教室では心理学やいろんなことを学びながら、基本設定である吃音を大切に育て、今、基本設定がぐちゃぐちゃになっている人にリカバリーの道を一緒に考えたり、レジリエンスを考えたりしています。
 僕は『吃音者宣言』で、「私たちはこれまでの苦しみを過去のものとして忘れ去ることなく、よりよい社会を実現するために活かしていきたい」と書きました。自分だけのことを考えたら、吃音に悩まなくなった僕たちは、大阪吃音教室に毎週集まる必要がない。しかし、現実にはどもりを否定して、悩んで、人生が見えなくなっている人がいる。僕たちは、今、吃音に悩んでいる人たちと、吃音について一緒に考え、どもる人にとって生きやすい道を探りたいと思います。

 最後に、突然、振りますが、仏教を勉強してきた村田さん、「二河白道」の話をして下さい。
村田 ちゃんと勉強していないので、うまく説明できるかわかりませんが、「二河白道」は中国の善導大師が話された喩え話です。旅人が荒野を一人で旅をしていた時に、盗賊や獣、毒蛇等が旅人を襲ってきます。旅人は必死に西へと進むと、激しく荒れ狂う水の河と、燃え盛る火の河が目の前に立ちはだかります。ふたつの河の間には十五センチ程の白い道が向こう岸に向かって続いている。しかし、激しい波と炎につつまれてとても渡れそうにない。しかし、退くも、進むも、とどまるも死という極限におかれた旅人は、それなら前に進もうと白い道を歩き始める。すると東の岸から「この道を行け」という声と、西の岸から「この道を来い」という喚び声が聞こえてきます。その二つの声に導かれて、旅人はその白い道を無事に渡りきり、安らぎを得たのです。
伊藤 これを僕たちに喩えると、その向こうの対岸からは先輩が、「吃音とともに生きる道は、安全な道だからおいで。大丈夫だよ。信じて」と誘っている。「あんな誘いに乗ってたまるか」とあきらめる人もいれば、「そうか、あれだけ誘ってくれて『大丈夫だから』と応援してくれているんだから、一本の細い道だけれども、歩いていこう」と歩み始める人もいる。これが「信じる」ということですよね。僕は、基本設定として、吃音とともに生きる力があると信じています。僕たちの大勢の先輩が、現実に吃音とともに豊かに生きてきた。安全な、大きな道です。紀元前の時代から、大勢のどもる人が踏み固めてきた道なのですから。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/01/22

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