対話の力

 今日は、大阪吃音教室の忘年会です。これまでは土曜日の夕方にすることが多かったのですが、今年は、日曜日のランチ忘年会になりました。毎週金曜日の大阪吃音教室の会場のすぐ近くのフレンチレストラン「ル・クロ・ド・マリアージュ」です。ここは、障害のある人たちも一緒に働いているレストランです。
 ひとりひとりのスピーチもそうですが、何やら余興で出し物があるとかで、一層楽しみも膨らみます。
 今日、紹介する「スタタリング・ナウ」2013.12.21 NO.232 の巻頭言は、対話の力。吃音の否定的な語りから肯定的な語りへ、対話の力でつながっていくのが、なんともいえない心地よさです。
  
  対話の力
                     日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 『わかりあえないことから―いま、本当に必要なこと』(講談社現代新書)の中で、平田オリザさんは、「対話」と「会話」を区別することの大切さを説いている。『対話のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの』(PHP新書)で中島義道さんは、対話とは、会話、討論やディベートとは違い、自分の人生を背負って語ることだと言う。『語りきれないこと―危機と傷みの哲学』(角川ONEテーマ21)で鷲田清一さんは、語りきれなかったことを、語りなおし、語りきることで、心が息をふきかえすと言う。第2回臨床家のための吃音講習会の講師、高松里さんは、どう語ればいいかわからない状況を異文化体験といい、言葉にして紡ぎ出すことの大切さを私たちに、講義や演習を通して語って下さった。
 今、私たちは、ナラティヴ・アプローチ、当事者研究に取り組んでいる。どもらない人にとっての異文化体験を私たちはどう言葉にしていくのか。40年以上も前からしてきたことだが、これらの対話の新たな視点で、言葉を紡ぎ出そうとしている。自分との対話、他者との対話、さらには擬人化したどもりとの対話には語る力とともに、聞く力が必要になる。吃音に悩み、語り合うことを続けてきた子どもたちには、この両方の力が育ちつつあると、第11回岡山吃音キャンプの時に思った。
 私は子どもたちに吃音親子サマーキャンプで出会ったSさんの作文を紹介した。Sさんは作文の中で、話し合いのときI君から「神様がいて、その神様が百分の一の人にどもりをプレゼントして、僕たちはそのプレゼントに当選した人だと思ったらいいよ」という話を聞いて、それが心に響いたと書いていた。その他、何人かの子どもの話を終えて、「何か質問はありませんか」と尋ねると、小学1年生の女の子がすぐに手をあげ、「どもりは治りますか?」と聞いてきた。そこで、「○○ちゃんは、どうしてこの質問をしたのかな。○○ちゃんにとって、どうなることが治ったことになるのかな」と問いかけたところから、以前テレビで観たことがある「白熱教室」のような、活発な対話が始まり、子どもたちは、次々と発言し始めた。
 「治るってどういうことかな?」との問いかけには「すらすらしゃべれること」「つまらないで言えること」「すらすら言うのを治るのというのなら、治るというのは奇蹟に近い。治ったと思っても再発する」「どもりを気にしなくなったのを治るという」「僕は、からかいを気にしなかったら、どもりは害にはならへんと思う」「どもりのデメリットとメリットを考えて、デメリットに思ったことを、メリットに変えたらいいんや」と続く。
 どもることのデメリットについての発言が続いた後、メリットに変えたらいいと言った小学5年生の男子は、「からかわれたり、笑われたりしたときは、そのからかいが、自分の心を強くしてくれていると考えたらいい」、「言いたいことが言えなかったときは、どもっても、言いたいことを言えるように、成長する課題が与えられていると考えたらいい。それができれば、一段上に自分が上がれることだ」などと、デメリットを瞬間的にメリットに変えて発言した。他の子どもも楽しそうにその対話を聞いていた。
 キャンプの感想文に、何人もの子どもが、「どもりは百人にひとりのプレゼントをしてもらったと考えたらいい」というI君の発言が胸に響いたと書いたSさんの作文についてふれていた。白熱した対話によって、別の考え方やとらえ方を知ることができてよかったとも書いていた。デメリットをメリットに変えた天才は「僕は本当は、悲観論者だけれど、こんな発言をして、自分に言い聞かせている。またこの発言で、今死ぬほど悩んでいる子どもに、元気を出してもらいたいから発言している。それが微力でも」と、大人のようなことを書いていた。
 ある子どもの語りが、次の語りにつながっていく。子どもたちは、キャンプなどで対話の力を育て、さらに、吃音の否定的な語りから、新しい肯定的な語りを紡いでいっている。子どもはすごい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/12/21

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