千葉吃音三昧の日の1日目~千葉市立高洲第三小学校・真砂西小学校合同グループ学習 2

千葉吃音三昧の一日目、ことばの教室訪問の続きです。

7.どもって笑われるのはこわくないですか。

 子どもの頃はこわかったと思う。でも、今は笑う人はいません。「あなたは、どんな答えが返ってくると思っていたの?」と聞くと、「笑われるのがこわいから、発表するのがいや」だと言います。でも、実際には、ちゃんと発表している子どもでした。僕は、感情はなくせないと思います。嫌なことは嫌だし、怖いことは怖いです。怖いときは、怖いと思うしかありません。僕は、小2のときから、発表も音読もしないと決めてしまいました。損をしたなと思います。一番損をしたと思うのは、高校のとき、大好きな卓球部を辞めたことです。自己紹介が怖い、どもる姿を見せたくないと思って辞めてしまいました。怖いという感情は消せないけれど、発表をし、好きなことは続けてほしいと思います。

8.伊藤さんは、吃音の波はありますか。波が高いとき、どうしていますか。

 僕の波は最近、ずっと高いままのようです。波が高いときは苦笑いをするだけです。波のことを気にしないのが一番いいと思います。1975年、全国巡回吃音相談会で35都道府県38会場を回ったとき、同時に悩みの調査もしました。その結果、ひどくどもるときと一番悩んだときが必ずしも一致しないことが分かりました。波が高いときと困っているときが一緒ではなかったのです。ひどくどもっていたのに、平気だったのはなぜかと聞くと、熱中するものがあったからだとの回答がありました。好きなことを一生懸命するのが一番いいと思います。この質問をどうしてしたのかと聞いてみると、その子には波がないけれど、吃音には波があると聞いていたので、どうなんだろうと思ったからだそうです。僕は、吃音はひとりひとり違うので、波があるなどということばは消してもいいのではないかと答えました。東京正生学院に行ったとき、来ていたみんながそれぞれタ行が言いにくいとかカ行が言いにくいとか言っているのを聞き、影響を受けて、僕もタ行やカ行が言いにくくなったことがあります。不必要な影響は受けなくてもいいと思います。

9.どもってよかったと思うことはありますか。

 これと似た質問はよく受けます。自分にもどもっていてよかったと思うことがある子が質問してくれることが多いのですが、今回質問してくれた子は、よかったと思うことはないと言います。そして、「治したいんだね」と確認すると、まっすぐに僕を見て、大きく「はいっ」とうなずきました。それに対して、僕は「治らないんだよ」ときっぱりと言いました。いつか治るはず、治るに違いないと思って、僕は小中高時代を送ってしまった。つまらない人生を送ってしまった。治らない、治せないと覚悟を決めることが出発です。吃音を治すことについては、長い間、世界中で研究され、治療法も考えられてきたけれど、今、有効な治療法はみつかっていない。なら、治らないものと覚悟を決めて、どもるどもらないに影響されないで、自分のしたいこと好きなことを一生懸命がんばった方がいいと言いました。治らない病気は世の中にいっぱいあります。治したいという気持ちは分かるけれど、治らないと決める。ここまで言って、質問した子ががっかりするんじゃないかと思ったのですが、それほどでもありませんでした。そして、治らないと決めることには賛成できないと、また僕をまっすぐに見て言います。賛成できないなら、どうするか。じゃ、どもりは治らないけれど、もしかしたら少し楽になるかもしれないのは、しゃべりまくること。どもるからといって、話すことから逃げないで、どんどんしゃべること。それが君がこれからしていくことだと言うと、大きくうなずいていました。

10.伊藤さんが元気がない中でも、小2からあきらめないで続けてきたことはありますか。

 僕は勉強はしなかったけれど、好きなことはありました。読書はずっと続けてきました。本を読んでいたことは、僕を助けてくれました。もうひとつ、映画をよく見ていました。これも、僕を助けてくれました。成績はよくなかったけれど、読書と映画は、僕にとってよかったことです。勉強はもちろん大事だけれど、本を読むこともぜひしてほしいです。

11.伊藤さんは多くの人の前での発表や大きな会の運営など、たくさんチャレンジしているけれど、それに伴う責任やプレッシャーヘをどう乗り越えてきましたか。

 こんな質問を受けたのは、初めてでした。確かに、僕は、どもる人の会を初めて作ったり、それを全国に広げたり、世界大会を初めて開いたり、子どもたちのためにサマーキャンプを開いたりしてきました。でも、それに伴う責任やプレッシャーを感じることは全くありません。それはなぜか。それらのことは、僕が楽しんでしていたことだからです。おもしろいだろうなあ、楽しいだろうなあと思うからしていたことばかりです。ちなみに、この質問をした子は、「自分の責任を果たしたい、大切な人のために貢献したい、自分の行動が誰かの役に立つといいな」と思って、乗り越えてきたそうです。僕は、プレッシャーのある中で、責任をもたなければならないと思って発表などをしていくことが君を強くすると思うから、できるだけ積極的に出ていってほしいと伝えました。

12.吃音と向き合い続けている伊藤さんは、どんな非認知能力が働いていると思いますか。

 非認知能力について質問するなんて、さすが千葉の子だと思いました。小2までの僕は、どもっていたけれど、明るく元気で活発な子、それが小2で落ちて、21歳まで悩みの底にいました。そこからV字回復するのだけれど、それは、小2までの非認知能力が僕を生まれ変わらせてくれたのだと思います。小説を読んでいろんな人生があることを知り、母が童謡や唱歌を歌ってくれて、僕もいっぱい歌を歌いました。だから今でも、春になれば春の歌が、夏には夏の歌が、秋には秋の歌、冬には冬の歌が自然に湧き上がってきて、つぶやいたり、大きな声を出したりして歌っています。家の近くの寝屋川公園をよく散歩しますが、そこにある木や花を眺め、自然の移り変わりを感じるとともに、そこは歌う練習場でもあります。小説、文学、映画は僕を独立心のある少年にしてくれました。だから、自分の人生は自分で切り開いていくのだと、誰にも相談しないで新聞配達をして大学に行く道を選んだのでしょう。

 こんな調子で、ひとりひとりの質問に答えていきました。子どもたちの周りには、保護者と担当者の先生が囲んでいます。子どもたちは、どきどきしながら、質問していたと思いますが、答える僕も、新鮮でわくわくしました。相手が誰であれ、いつも真剣勝負が大好きな僕です。
 ことばの教室訪問を終え、ホテルに向かいました。次の日は、千葉県教育会館で、吃音学習会&相談会です。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/12/12

Follow me!