デイヴィッド・ミッチェルさんからの「スタタリング・ナウ」読者へのメッセージ

 2013年、オランダで開かれた第10回どもる人の世界大会で出会ったデイヴィッド・ミッチェルさんが、僕たちに送ってくれたメッセージを紹介します。金子書房から出版した『どもる子どもとの対話~ナラティヴ・アプローチがひきだす物語る力~』に掲載したいと連絡したときも、快諾してもらいました。
 「スタタリング・ナウ」2013.10.23 NO.230 より紹介します。

  「スタタリング・ナウ」の読者へのメッセージ
                          デイヴィッド・ミッチェル

どもる大人の人たちへ
 私はイギリス人の作家でアイルランドに住んでいます。そして私はどもります。
 6月にオランダで開かれたどもる人の世界大会で、伊藤伸二さんとお仲間に会うことができました。私は、8年間広島で、1年間萩で暮らしたことがあり、妻は日本人なので、不十分ながら日本語を少し話します。そして日本語でも少しどもります。力行の発音が最も苦手で、これは英語でも同じです。伊藤さんには私が下手な日本語で話すのを許してもらって、言語障害や吃音を、社会はどのようにとらえているのか、どもることの心理についてなど語り合いました。私が知らない単語や言い回しが出てくるたびに、このメッセージを訳してもらうことになっている通訳の進士和恵さんが助け舟を出してくれました。
 その充実した時間は、これからもずっと私の心の奥深くに残るはずです。

 伊藤さんからは、伊藤さんが提唱する、吃音の新しい考え方などいろいろと教えてもらいましたが、次の多くの点で、二人の意見が一致したことは、とても興味深いことでした。
 吃音が病気ではなく、「治る」ことを期待していると、失望したり、絶望することになること。もし吃音を治すための抗生剤があるとすれば、それこそノーベル賞ものだということ。吃音が意志の強さで解決できるのであれば、はるか昔に吃音の問題はなくなっているはずだということ。言語療法もある程度までは役に立っても、魔法の杖ではなく、言葉につまる「ブロック」などの多少の助けになる程度で、解明されていない吃音の原因を取り除くことはできないということ。
 最後に、吃音は私たちの体の一部であるということでも、伊藤さんと私の意見が一致しました。

 もちろん、どもっていると不便なことはありますが、それをうとましい敵のように考えることは間違っています。私は長い間そう思い続けていましたが、それは無駄なことでした。それで吃音が良くなることは決してなかったのですから。
 どもることを変えられないのであれば、吃音に対する考え方を「ネガティブ」なものから「ポジティブ」なものへと変えればよいのです。「言うは易く行うは難し」ですが、決して不可能ではないはずです。では、「ポジティブに考える」とはどういうことでしょうか。
 まず、どもることを恥じることをやめるのです。
 私たちにとって話すことは大変なことです。その意味では、私たちは話すことについてはエキスパートだと考えればよいのです。私はカ行がどもるのでそれらを避けるために、他の語彙に言い換えることや言い回しを増やしました。それは、小説家としての私の能力を育てました。私がどもらなかったら小説家にはなっていなかったでしょう。小説を書く仕事が好きであるということでは、誰にも引けを取らないつもりです。

 また、どもらない友だちに吃音の話をして、タブーを破ることです。
 広島では、目の見えない友だちがいました。目が見えないことについて、目の見えない人はどのような夢を持っているのか、目の見えない人はどのようにして部屋の大きさが分かるのかなど、話は尽きませんでした。ちなみに、部屋の大きさは、イルカのように、音が反響する場所によって分かるのだそうです。
 私たちが動物に話しかける時はどもらないのはどうしてでしょうか。知らない人からの電話に出る時とか、クラスで質問に答える時はどうでしょうか。私たちも吃音について、目の見えない友だちと同じようにすればいいのです。
 吃音を隠そうとすることで私たちは弱い人間になり、正直になることで強い人間になれるのです。
 吃音について、周りの人々に話せば、吃音が普通のことになります。私たちが吃音にこだわらなければ、どもる人は変わっているとか壊れていると思われたり、からかわれたりすることはありません。もしある単語につまってことばが出てこないときは、「私は壊れてしまっている。だからみんなに笑われる」などと考えることはないのです。
 「そう、私はどもる、時々ね。それがどうしたの」と考えるようにすればいよいのです。もし相手の人が本当にあなたのことを笑ったら、「そうなんだ、やっぱり私はおかしいのだ。穴があれば入りたい」などと考えるよりも、「あの人は”dameningen”なのだ」と考えればいいのです。
 もしある単語でどもったら「今どもるのを止めなければ、地球が爆発してしまう」なんて考えないで、あせらずに時間をかけたらよいのです。
 「5秒でも、5分でも、5日でも、どうってことはない」と考えるのです。
 私は13歳の時、今よりももっとひどくどもっていました。皆さんと同じように、私も授業で質問の答えは分かっていても分からないふりをしていました。だから先生は私が怠けていると思っていました。どもっていたらガールフレンドも絶対にできないだろうし、結婚することもできないだろうから、燈台守の仕事につくか、沈黙の戒律を守るカトリックの僧侶になるしかないと思っていました。吃音は絶対に良くならないだろうと恐れていました。でもすべて間違っていたのです。
 44歳になった今、文学祭で何百人という人を前に、自分の作品の朗読をしたり、ときには国営テレビでライブのインタビューに応えている姿など、13歳の頃の私にとっては想像もできません。それらの状況は最悪の悪夢でした。ところが、今ではそれが私の作家としての人生の日常なのです。今も時々どもりますが、おおむね大丈夫です。
 では、どのようにして変わることができたのでしょうか。徐々にですが、私のこれまでの吃音に対するネガティブな態度をポジティブなものに変えていったのです。それまでは、吃音は自分の敵だと考え、恐れ憎んでいました。その見返りとして、吃音は私を憎み返し、私の足元をすくうのでした。そこで私は吃音と折り合うことにしたのです。そしてこう言ったのです。
 「許してほしい。君が僕の一部分であることがようやく分かった。僕と同じように、君にも存在する権利があるのだ。だからもう君を憎むことはしないし、君を絞め殺すようなことはしない」。
 するとすべてが変わりました。たちまち私は穏やかで幸せな人になったのです。そして他人にも自分の吃音のことについて話すようになりました。
 どもる少年について小説を書き、イギリス吃音協会の後援者にもなり、教育保健省の政治家や官僚たちにも吃音問題について協力しています。やがて私の吃音もそれほどひどくはなくなり、穏やかになり、私はずっと楽に話せるようになりました。あの恐ろしい虎が、自立心のあるやさしい猫に変身したのです。近頃では少しどもっても、猫がひょっこりと家に帰ってきて、私が「やあ、お帰り、元気かい?」って声をかける感じなのです。
 私が聴衆に作品を朗読していてどもったときには、「すみません、この単語が言いにくいので少し時間を下さい」と言います。聴衆はそれで私が馬鹿だとは思わないし、それよりもいつも私の傍らに寄り添ってくれています。彼らにも悩みがあり、困難を抱えているのです。そして自分の弱点について聴衆の大勢いる舞台の上で語るなんて勇気のいることだと理解しているのです。
 この吃音と友達になる作戦は、私にとって吃音と平和に共存するための最善の方法となりました。

どもる君へ
 もし君が十代の子どもで、学校でいじめにあっているとしたら、君ではなくいじめている方が馬鹿なのだということを思い出してほしい。

 「そう、君の言う通りだ。僕にとって話すことは簡単ではない。でもそれがどうなんだ。君がもしどもっていたら、僕みたいにどもりと一緒には生きていけないだろうよ」

 そう言って、君をいじめているそいつを哀れむといい。きっとそいつは心からの友達もできなくて薄っぺらな人生を送ることになるだろう。君は自尊心を育てて、自分を磨くとよい。自尊心は君を守ってくれる鎧になるはずだ。
 ことばの教室のようなものがあれば是非行ってみるといい。そこで吃音について学び、役に立ちそうなテクニックを学べればしめたものだ。もしテクニックが助けにならないとしてもそれは君のせいではない。君が失敗したのではなく、君の吃音のタイプとセラピーがうまくマッチしていなかっただけだ。他のセラピーも試してみるとよい。でも、「月へだって行ける」などとは思わないことだ。それよりも、自分の吃音についてもっとポジティブに考えた方がよい。
 どもる人たちは特別な集団かもしれない。人は皆、違った国、文化、ことば、時代に生きている。そうみんな違っているのだ。でも違っているからこそ想像力が生まれる。みんな同じだったらイマジネーションは失われてしまうだろう。
 だからどもる人たちは、科学者、芸術家、哲学者、探検家、ポップシンガー、野球選手、漫画家、兵士、ファッションモデル、国王、女王、実業家、親、詩人、作家として成功しているのだ。
 僕たちはサバイバーでありクールなのだ。君が44歳になれば、どもっていてもどれだけのことを成し遂げてきたかを振り返ってあっと驚くだろう。
 君のどもりのおかげなのだ。がんばれ。(訳:進士和恵)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/11/27

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