第27回島根スタタリングフォーラム 2日目 ~吃音って何?~

 11月8・9日、島根県立少年自然の家で開催された、第27島根スタタリングフォーラムの様子を報告しています。今日がその報告の最後です。
 2日目の午前は、保護者との最後の話し合いでした。その最後に、非認知能力のチェックリストをしてもらい、その中からひとつ選んでエピソードを話してもらいました。ひとりひとりの非認知能力についてのエピソードは、聞いていて、なんともいえない温かい気持ちになります。
 午後、参加者全員が集まり、最終セッションです。どもる子ども、保護者、スタッフのことばの教室の教師、言語聴覚士など参加者全員と、僕との対話です。まず、子どもたちからの質問を受けました。

質問1 ぼくはつまっても、普通に話しているけれど、伊藤さんはつまったとき、どうしていますか。

 僕は小学2年生のとき、学芸会でせりふのある役を外されてから、どもることに劣等感をもって、そのため、話すことから逃げて、話さなくなりました。僕は、その子に「誰が悪いと思う?」と聞きました。子どもはクビをかしげています。「担任でしょう!」と大きな声で言いました。担任のどもったらかわいそうだという勝手な思い込みで、僕は吃音に悩むようになりました。それまでは元気で明るくて活発な子どもだったんですけどね。
 もう一度、転機がありました。21歳のとき、どもっていてもいいんだ、どもって話しても人は聞いてくれる、もう吃音を隠すのはやめよう、逃げるのはやめようと思って、どもる覚悟ができました。だから、今は、つまっても、どもっても、これが僕の話し方だと思って、普通に話しています。「君と一緒だね」と言うと、子どもはにこっとしていました。

質問2 どもったとき、どうしていますか。

 僕は「君はどうしているの?」と聞くと、その子は「落ち着くようにしている」と言います。効果はあるとのことでした。それならそれでいいじゃないかと思います。おしゃべりな子どものようです。そこで、好きな人に「好きだ」と言うとき、「すすすすす好きだ」と言うのと、どもると嫌だから落ち着いてゆっくりと「好きです」とどもらずに言うのと、どっちがいい? と聞くと、「どもって言った方がいい」と言っていました。感情のこもらない話し方では、気持ちは伝わりません。生きていることばを伝えたいなと思います。

質問3 吃音についてどう思いますか。

 この質問について、僕は答えながら、参加者に聞いてみたくなりました。質問とは少し変わりますが、「吃音とは何か」という問いに変えて、みんなに聞いていきました。出てきた答えはとてもおもしろいものでした。最初は数人のつもりでしたが、結局全員に聞いていました。
 ちょっと困るもの/いっぱい困るもの/個性/変わるもの/言いにくいこと/天気(自分ではどうしようもないもの)/生き方を考えるきっかけとなるもの/道(柔道とか茶道とかで使う道)/友だち/病気や障害ではない/ひとつの話し方/仲間/謎/鏡/人生のテーマ/私の話し方/向き合っていくもの/それぞれの中にあるもの、など

子ども4 吃音でよかったことはありますか。
 僕は、すぐに「大勢の良い人と出会うことができた。いろんな人生と出会うことができた。吃音の勉強だけでなく、いろいろな勉強ができた」と答えましたが、心の底からそう思います。そう考えると、内観療法について話したくなりました。内観療法は、吉本伊信が生み出した日本の心理療法のひとつですが、自分の人生を次の3つの観点から振り返ります。してもらったこと/して差し上げたこと/迷惑をかけたこと。この3つについて、まず母親、父親、周りの人、ひとりずつ考えていきます。はじめは、なかなか思い浮かばないという人もいますが、少しずつ、浮かんできます。それをアレンジして、僕たちは、「どもり内観」ということをしています。どもりを「どもりさん」と呼び、どもりさんにしてもらったこと、して差し上げたこと、迷惑をかけたことを考えていきます。してもらったことが多いのです。迷惑をかけたことも多いのです。これをすることで、吃音でよかったことというのがたくさん出てくるのではと思います。

 2日間、どっぷりと吃音の世界に浸った豊かな時間でした。「吃音の秋」にふさわしい時間を過ごすことができ、幸せな気持ちになりました。みんなが感想を書いている時間に、僕たちは、会場を後にしました。大阪まで帰るにはしんどいので、松江まで車を走らせました。松江の少し手前の玉造温泉です。昔、年末年始に滞在していたところです。よく行っていた温泉につかり、ゆったりしようと思います。また来年! そう言いながら、細かい雨が激しく降っている中、玉造温泉まで100キロメートル、走りました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/11/20

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