鹿児島の熱い夏
今週末、11月8・9日は、第27回島根スタタリングフォーラムがあります。会場は、島根県立少年自然の家で、明日大阪を出発し、浜田市のホテルに前日入りする予定です。
27回とは、よくここまで続いてきたものだと、改めて、事務局はじめ、スタッフとして参加する県のことばの教室担当者のみなさんに敬意を表します。
さて、オランダでの世界大会のことを報告中ですが、今日、紹介する「スタタリング・ナウ」2013.9.23 NO.229 の巻頭言は、世界大会のことではなく、2013年の夏の第42回全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会、第37回九州地区難聴・言語障害教育研究会の鹿児島大会のことを書いています。
世界大会の報告はまだ続きますが、今日は、鹿児島の「吃音の夏」らしい熱気にあふれた日々を紹介します。
鹿児島の熱い夏
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「昨日、鹿児島市内に入り、何かとても懐かしい感じがしました。48年前になりますが、私の吃音の旅が、ここ鹿児島市から始まったような錯覚を覚えました」
この夏、第42回全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会、第37回九州地区難聴・言語障害教育研究会の鹿児島大会が鹿児島市で行われた。500人ほどが集まった全体会の記念講演者として、私はこう切り出した。
1965年の夏、実際は鹿児島ではなく、東京の吃音治療所「東京正生学院」から、私の吃音と向き合う旅が始まった。子どもの頃から新聞や雑誌で見た「どもりは必ず治る」の宣伝で、いつか行きたいと憧れていた吃音治療所「東京正生学院」では、いきなり先輩に連れられ、上野公園の西郷隆盛の銅像前での演説をさせられた。
「突然、大きな声を張り上げますが、私のどもりの克服にお力添えを下さい」と西郷さんが見下ろす場での演説が、毎日の日課となった。西郷さんが見守り、応援してくれているような気がした。
どもりを治すために西郷さんの銅像の前で、不安げに演説していた青年が、今、どもる子どもを支援することばの教室の教師や保護者の前で、「どもりは治らない、治す努力はしないでください」と訴えている。48年前の上野公園の西郷隆盛の銅像を出発地点に吃音一色の人生を歩み、今、鹿児島市内のあちこちで西郷隆盛の銅像を見たとき、ようやくたどり着いたという感じがしたのだった。48年の時間の流れと、思索と経験を思う。
「吃音に悩み、治したいと考えている子どもに、完全には治らないまでも、少しでも症状を軽減してあげるのがことばの教室の教師、言語聴覚士の役割だ」
この主張が根強い中で、「吃音を治すことをあきらめましょう」との提案は、極端な少数派で、異端者だ。その主張を承知の上で、全国大会の記念講演者に指名して下さった、鹿児島大会の実行委員、全難言協の関係者の方々に、心からの感謝の気持ちが湧いてきたのだった。
講演は、一般の人にも公開され、そのたくさんの感想を、大会事務局が送ってきて下さった。「子育てに勇気と元気が出た」と保護者から、「吃音だけでなく、子どもが肯定的に生きていけるように支援したい」と教師から、これらのたくさんのコメントが、私をこれからも励まし続けるだろう。
2日目の吃音分科会では、3つの提案をもとに発表後の討議は、私が司会をして進行していったが、たくさんの発言があった。何度も、分科会の助言者をしているが、今回ほど幅広く、様々な発言が飛び交ったのは初めてのような気がする。あっという間の4時間30分だった。
次の日から2日間、親・臨床家のための吃音講習会が、九州大学の高松里さんをゲストに、「当事者研究を教育に生かす」のテーマで開かれた。今後の展望がつかめる、豊かで楽しい時間だった。
その翌日は、国立特別支援教育総合研究所の牧野泰美さんも加わって、スタッフの充実した保護者のための吃音相談会。涙ながらに話していた保護者が、短い時間の間に、はちきれんばかりの笑顔に変わったのは、キツネにつままれたような感じがした。こうして、鹿児島の暑い夏が終わった。
翌日は、以前から行きたかった、特攻隊の基地「知覧」に、鹿児島のことばの教室の仲間に連れていってもらった。宮崎駿監督のアニメ「風立ちぬ」の主人公が作ったゼロ戦闘機で、米国の軍艦に体当たりするために飛び立った基地だ。4時間ほどゆっくり滞在して、数々の遺書、遺品を見た。若き戦士への哀悼の気持ち以上に、負けが決まっていた戦争を長引かせ、原爆投下にまで至らせた、時の国家・軍隊に強い怒りがこみ上げてきた。
同時に、吃音との戦いを思った。紀元前の時代から、吃音に勝とうと多くの人が戦い挑んだ。時に勝利した人がいたが、ほとんどの人が敗れ、疲れ果てて最後には和解している。負ける可能性が高い吃音との戦いに、若者を追い込んではいけない。「どもる子ども、どもる人を、吃音と戦う戦場に送るな」と、以前書いたことを思い出した。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/11/06

