レジリエンスを育てる~親の体験を読んで~

 昨日、紹介した横田さんの文章を読んで、娘の萌さんが、自分の気持ちを綴っています。
また、ことばの教室を卒業し、中学生になった萌さんがことばの教室担当者に送った手紙と、その手紙を読んだ担当者の文章も、併せて紹介します。(「スタタリング・ナウ」2013.3.20 NO.223 より)

  すばらしい人たちと出会って学んだこと
                       宇都宮市 中学2年 横田萌

 私は、母の書いた文章を読み、驚きの連続でした。私自身は、今では、小学生時代からの吃音しか記憶していません。吃音のはじまりや、症状については、全く覚えていません。幼稚園の頃、幼児ことばの教室に通っていたという自覚はなく、先生とおしゃべりしたり、遊んだりできる場所に行けるとしか思っていませんでした。日記をつけていたのも、全く知らなかったので、驚きでした。
 母はとても心配してくれていて、私と吃音と真剣に向き合い、そして、悩んでいたのだろうなあと思います。
 今、私は、吹奏楽部に所属し、トランペットパートを担当しています。クラシックやポップスなど幅広いジャンルの曲を演奏しています。感情の込め方で音色が変化するおもしろさに、魅了されています。また、音で自己表現できる楽しさも、同時に知りました。トランペットを吹いているときと、友だちとのおしゃべりタイムは、時間を忘れ、夢中になれる楽しい時間です。
 小学生時代、私の一番嫌な教科は、国語でした。音読が苦痛だったのです。特に、順番が回って来るまでの時間が嫌いでした。どもってしまったらどうしようと、頭はその事でいっぱいになってしまいました。友だちの目を気にするよりも、自分自身、どもることが、嫌でたまらなかったのです。このことを、ことばの教室の先生に打ち明けてみると、「担任の先生に相談して、音読は、飛ばしてもらう? その方がうれしい?」と、ことばを返してくれました。私は、首を横にふりました。それは、自分一人だけ、特別扱いのようで、悲しいと思ったからです。音読は、どもっても良いから、最後まで読んでみようと、気持ちを切り替えることにしました。
 クラスメイトに、「どうして、音読のときは、つっかかるの?」と、聞かれたことがあります。
 「緊張すると、つっかかってしまうの」と、答えていました。吃音だからと説明し、理解を求めることはしませんでした。私の話し方であると、認めてくれたのか、学年が上がるにつれ、話し方について聞かれることはなくなりました。何となく、ほっとした覚えがあります。
 私は、ことばの教室に通い、すばらしい先生方と、かけがえのない友だちに出会えたことに感謝しています。吃音で苦しいことがあれば、親身になって、相談にのってくださり、共に考え、最良の方法を探すことができました。大きな心の支えでした。
 私の将来の夢は、保育士です。子ども一人一人と向き合える、素敵な先生になりたいと思っています。最近、テレビで、吃音のある男の子が主人公である「中学生日記」を見ました。
 「自分の気持ち、言いたいことは、自分のことばで、きちんと、最後まで伝える」
というセリフが、とても印象に残りました。どもっても良いと頭では理解していても、行動を伴わせることは、容易ではないからです。私は、主人公の男の子が言ったように、これからは、どもってもいいから、自分のことばで、最後まで伝えていくようにしたいなと、思いました。

【萌さんから、ことばの教室の担当者への手紙】
 「どんなにどもっても、最後まで言えることが大切なんだ」のことばが聞こえてきた
                          字都宮市 中学2年 横田萌

 先日、校内で生徒会の立会演説会(選挙)があり、そのときのことを、ぜひ先生に報告したいと思い、この手紙を書きました。
 私は、選挙管理委員会に入っていて、ジャンケンで負け、投票上の注意を言う係になってしまいました。それは、テレビカメラの前で800人の全校生徒に向けて発表する仕事です。投票上の注意の内容は、それほど長くはなく、リハーサルのときは大丈夫でした。
 そして、本番。自分でもびっくりしてしまうほどどもりました。言っている最中、つらくて泣き出しそうになりました。その時に、先生が言っていた、「どんなにどもっても、最後まで言えることが大切なんだ」ということばを思い出しました。そうしたらふっと力が抜けて、そのことばに励まされ、たくさんどもりながらも、最後まで言い切ることができました。
 教室に帰ると、イヤミなのか、励ましなのか(多分イヤミですけど)騒がしい男子に、「超スラスラ読めてたな(笑)」と言われました。たぶん、昔の私だったら、悲しすぎてその場で泣いていたかもしれません。しかし、私は何も気にしていないというふうに、「緊張しすぎて、どもっちゃった」と笑い飛ばすことができました。また、放課後、部活に行くと、友達にも、「どうしたの? 大丈夫?」と、いろいろ聞かれましたが、小学校の時ほど気にならず、堂々としていることができました。そのときは、「他人は、自分が思っているほど気にしてないかもしれない」ということばが浮かんできました。
 今回のことを体験し、私は、ことばの教室に通うことができて本当に幸せだと思いました。教室に通わず、先生に会っていなければ、もっともっと悲しく、つらい道のりだったと思います。私は、先生に言っていただいた多くのことばで今までがんばってこれたような気がとてもします。来年は高校生になり、大変なことも多いと思いますが、これからもがんばっていけると思うし、前向きな気持ちを忘れずにいきたいと思います。

  萌さんの手紙を読んで
                              宇都宮市 高木浩明

 中学3年生になった萌さんから、近況を伝えることばの教室の担当者への手紙を読んで、最初に浮かんできたのが「英国王のスピーチ」の冒頭シーンです。マイクを前に、たくさんの人の視線を受けて、話さなければならなかったあの場面です。そのピンチの瞬間、彼女を助けたのは、[ゆっくり、そっと、やわらかく」話す技法ではなく、「どんなにどもっても、最後まで言えることが大切なんだ」のことばでした。彼女はことばの教室で、きっとたくさんのメッセージを受け取っていたのだと思います。でもそれが単に先生から聞いたことばとして記憶されていたとしたら、こんなふうにはならなかったのではないでしょうか。彼女がこれまで歩んできた道のりの中で、様々な体験を通して、ひとつひとつのことばを自分のものにしてきたから、自分の思いとしてきたから、ふとそうしたことばが頭に浮かんできたのだろうと思います。彼女自身の持っている、私はこういうふうにありたいという思いが、先生のことばとしてあの場面で出てきたのだろう。そんなふうに思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/10/02

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