子どもの幸せにつながる吃音否定から吃音肯定の吃音臨床 2
2012年5月12・13日、東京の都市センターホテルで行われた、日本小児科医師会の第14回「子どもの心」研修会での僕の講演を紹介していました。吃音否定から吃音肯定へ、僕自身の体験、出会った多くの人や子どもたちの体験をもとに、一所懸命話したことを、2回に分けて紹介しますと書いたのが8月21日。翌日から吃音親子サマーキャンプが始まり、その報告に追われて、そのままになっていました。つづきです。
子どもの幸せにつながる吃音否定から吃音肯定の吃音臨床 2
日本吃音臨床研究会 伊藤伸二
私の体験
1965年夏、私は、当時歴史も古く最大の民間吃音矯正所、東京正生学院で治療を受けました。
院長から「不自然でもどもらずに話す」方法を、副院長から随意吃音の「どもっても、どんどん話す」方法を教えられました。午前中は、呼吸・発声練習、午後からは一日100人に道を尋ねるなどの街頭訓練、上野の西郷隆盛の銅像の前や山手線の電車の中での演説、夜にはどもる人たちとの話し合いなど、30日集中して、宿舎に泊まり込んで訓練しましたが、私だけでなく300人全員の吃音が治りませんでした。私にとって良かったのは、伝統的な方法と、アメリカの最新の方法を必死で取り組んでも治らなかったために、治ることへの諦めがついたことです。また、吃音の苦しみを話し、聞いてもらえた体験で、悩んでいるのは私だけではない、多くの人々は現実には自分なりの仕事に就き、吃音と共に生きている人生を知ったことです。 吃音を否定し、吃音を隠し、話すことから逃げてきた生活態度を180度転換し、吃音を肯定し、日常生活のあらゆる場面で積極的にどもり始めました。
その年の秋、私は日本で初めて、どもる人のセルフヘルプグループ、言友会を創立し、リーダーとして必死で活動しました。その頃のアルバイト生活の中で、どもっていたら何々ができないというのは、すべて経験をしないがゆえの思い込みや想像で、どもってできないことは何一つないことに気づきました。活動を続け、大勢のどもる人の人生を整理し、吃音を治したいと思い、治そうと努力することが、現実の自分を受け入れにくくさせ、吃音の悩みを深めるのだと、「吃音を治す努力の否定」の問題提起をし、言友会創立10周年の節目に、私が起草文をつくり「吃音や自分をさげすむことはやめよう、どもりが治ってからの人生を夢見るより、今を大切に、吃音を持ったままの生き方を確立していこう」との、吃音者宣言を発表しました。
吃音の真の問題とは何か
1970年、アメリカの言語病理学者、ジョセフ・G・シーアンは吃音を氷山に例えて説明しました。周りから見え、本人も意識している吃音症状は氷山の水面上のごく一部で、本当の問題の大部分は、水面下にあるとして、吃音症状の治療を目指す臨床家を厳しく批判しました。私なりに整理するとこのようになります。
〈行動〉吃音を否定し、吃音を隠し、話すことから逃げ、消極的になっていく行動
〈思考〉「どもりは悪いもの、劣ったもの、恥ずかしいもの」「どもりは治る、治せるはずだ」「どもっていては有意義な人生は送れない」などの考え方
〈感情〉不安、みっともない、恥ずかしい、恐ろしい、情けないといった、話す前やどもった後にわきあがる感情
〈身体〉緊張して話すとき硬直してしまうからだ、人と触れあうのを拒むからだ
しかし、アメリカ言語病理学は、シーアンの氷山説を重要視せず、氷山の水面下の部分にアプローチする方法論を全く探求しないままに、水面上に浮いている吃音症状にのみ焦点をあてたアプローチを繰り返してきました。
統合的アプローチ
どもらずに流暢に話す派と流暢にどもる派の激しい対立を経て、近年、統合的アプローチが提案されました。けれども統合とは名ばかりで、水面下の問題こそが大事だが受け継がれず、流暢性形成技法が提案されました。提唱者バリー・ギターは、流暢性を3つに分類しています。
①自然な流暢性…緊張もなく、繰り返しや引き伸ばしもない。自分の話し方に注意を向けたり、話す速度を意識的に変えることもない、どもらない人の正常なスピーチ。
②コントロールされた流暢性…聞き手の印象は自然な流暢性と同じだが、流暢性の維持のために話すスピードや話し方に注意を払わなければらない。
③受け入れることができる吃音非流暢性…吃音は目立つが、吃音を隠したり話すことから逃げずに気楽にどもる。
アメリカでも、自然な流暢性は難しいと、治療の限界を認めましたが、コントロールは可能だと、4つの流暢性形成技法を(ゆっくり、そっと、柔らかく)提案します。
・弾力的発話速度 どもりそうな音節だけをゆっくり
・構音器官の軽い接触 唇や舌を軽く接触させる
・軟起声 はじめの言い出しをやわらかくそっと言う
・固有受容感覚 話すとき口や舌、喉などがどう動いているか、常に意識を向ける
最終目標は、自然な流暢性だが、それは現実的な目標ではないとして、3つの選択肢から選べと言います。
①どもらない話し方が重要だと思う人は、コントロールされた流暢さを身につける。
②どもらない話し方が重要だと思っても身につかなかったら、楽にどもるようにする。
③どもらない話し方を重要だと思わず、努力をしたくない人は、話すことから逃げずによいコミュニケーションを。
3つの選択肢の提案は、この技法が確実な吃音治療法ではなく、難しく、誰でもが身につけることのできる方法ではないことを示しています。15万人以上いると言われるアメリカのセラピストの94パーセントが吃音の臨床に苦手意識を持っているのはそのためです。
吃音と共に豊かに生きる人々
セルフヘルプグループの長年の活動、大勢のどもる人の体験を整理する中で、「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかだ」と確信し、地方で、ひとりで悩む人と対話して検証する旅に出ました。北海道から九州まで3か月、全国35都道府県・38会場で、500人ほどと対話する旅の中で得た最大の収穫は、人生を豊かに生きている人との出会いでした。私自身の体験から持っていた「どもっていれば、吃音に悩むはずだ」の先入観が破られ、セルフヘルプグループの活動の成果に確信を持つことができました。
愛媛大学の水町俊郎教授が、どもる人の職業実態の調査をし、実に様々な仕事に就いていることがデータとしても明らかになりました。私たちのグループに直接参加した人の職業を調べると、教師や医師、営業職など実に様々な職業に就いていました。吃音否定から吃音肯定に転じた人は豊かに生きていることが明らかになりました。
劣等感の補償で世界で活躍する著名人
劣等感をひとつのバネにした生き方をしている人は少なくありません。吃音の劣等感から、あえて話すことの多い仕事につく直接補償では、小倉智昭アナウンサー、女優の木の実ナナなど、映画俳優や、落語家、講談師、弁護士など、話すことを仕事にしている人は、世界中にたくさんいます。イギリスの首相チャーチル、日本の首相田中角栄などの政治家も少なくありません。
間接補償の、話すことが苦手だから小説家や科学の道を選んだノーベル文学賞の大江健三郎、物理学賞の江崎玲於奈や、科学者、映画監督、ミュージシャン、小説家など、吃音に悩んだ人は、あらゆる分野で括躍しています。直接的補償が多いのは、吃音の大きな特徴です。吃音が治らずに、様々な分野で私たちの仲間は活躍しています。
1900年頃から吃音治療の歴史が始まりましたが、治療法がなく、治療の成果が上がっていない現状と、人口1パーセントと言われるどもる人々は、悩みながらも自分の人生を生きていることも紹介しました。この現実の中で、幼児吃音の臨床の現状と、問題点、展望を探ります。
児童相談所や保健所、育児書などの対応の問題点
私の電話相談「吃音ホットライン」の毎日3件ほどある相談の多くが幼児・学童期の相談です。多くは児童相談所などで相談しています。相談機関で指摘されたことをもとに、電話相談の中で、次のような質問が出されます。
「きつく叱ったり、言い直しをさせなかったか、下の子が生まれたなどで、愛情が不足しなかったか、緊張やストレスを与えていないかなど聞かれ、親の育て方に原因があると言われてショックだった。私が原因なのでしょうか」
「幼児期の吃音は一過性のもので、8割が学齢期までに自然に、あるいは簡単な指導で治ると言われた。その内に治るだろうと、吃音を意識させず、ストレスを与えないようにしてきた。この春、小学校に入学したが治っていない。本当に治るのですか。簡単な訓練で治るなら、訓練を受けておけばよかったと、とても後悔しています」
「吃音を意識をさせると悪化すると言われたので、知らんぷりをしてきたが、幼稚園で、『おまえの話し方は変だ』と言われたらしい。子どもにどう言えばいいですか」
小児科医が書く育児書にも、同じような記述があります。
◆小児科医 松田道雄『[底本]育児の百科』(岩波文庫)
「幼児のどもりは矯正しなければ、早いおそいはあっても、すっかりなおる。大事なことは、両親の楽観的態度で、子どもに、どもりになってしまって、まずいことになったという気持ちを与えると、なおりにくい。親は子どもに、どもりが存在しないかのようにふるまわねばならない。医者や児童相談所に連れていって、衆人環視のなかで、どもりの実演をやらされることは、子どもにとって大きな屈辱で、3ヵ月でなおるものが、半年かかる。子どものどもりに対して無関心をよそおうのが治療なのだから、大きい子や大人の通う『吃音矯正学校』などに連れていくのには賛成できない。どもりを意識させるからだ」
◆毛利子来、山田真『育育児点』(岩波書店)
「言いたいことがこみ上げてきたときに、そうなるだけで、異常などと思わないでください。治そうとかからないで、ごくふつうに冷静に受け答えしていれば、たいてい、いつの間にかどもらなくなる。どもり始めた原因を考えてみて、思いあたるフシがあったら、それを取り除いてやる。親のしつけが厳しすぎたようなら、ゆるめる。保育園や幼稚園が合わないみたいなら、先生と相談する。どもりはしばらく続いたあと自然に治ってしまうことが多いが、進行していく場合も、ときおり見られる。幼児の場合、本人は深刻に意識していないので、まわりが知らん顔して見ていれば、そのうち自然にどもらなくなる。まわりの大人が気にして言い直しをさせたりは、どもりはひどくなることが多く、逆効果だ」
「吃音を意識させないで、そっとしておけばそのうちに治るからあまり心配しないほうがいい。言い直しをさせないで、聞いてあげて下さい。もう少し様子を見ましょう」
吃音の詳しい説明がないまま、母親の育て方に問題があると言われ、子育てに自信をなくしたり、将来への不安を募らせる親がいました。吃音は命に関わることではなく、他の病気の治療の進歩に比べ、研究・臨床の進展がないため、古い知識や情報が改訂されないまま使われています。新しい情報にしても、吃音は吃音研究者の間でもかなり意見の違いがみられ、何が正しいのか混沌としています。インターネットの社会では誤った情報が濫れ、親たちは、今後どの情報を信じ、どもる子どもにどう対応していけばよいか、迷い悩んでいます。どこに問題があるか整理します。
吃音は一過性とは言えない
放っておいても1か月ほどで消える一過性のものは、本来吃音の範疇に入れる必要がない、私に言わせれば「どもりもどき」です。どもっている状態がしばらく続き、親が心配になって専門機関などを訪れる時には、一過性のものとは言えない場合が少なくありません。自然治癒は、かつて80%と言われましたが、現在は40%から45%と言われ、それも小学校入学時前までです。その後は、ほとんど治らないといっていいでしょう。ことばの教室に通い、指導を受けている学齢期の子どもで、治ったという事例はあまり聞きません。ことばの教室では、吃音を治すのではなく、吃音と向き合い、吃音とのつきあい方を子どもと一緒に学ぶ取り組みが広がりつつあります。
吃音を意識させると悪化する
「知らんぷりする、意識させない」を松田も毛利も言っていますが、幼稚園の子どもがすでに意識して「私の話し方、どうしてこうなの」と質問してくる場合でも、「なんでもないのよ」と話題をそらすのを「沈黙の申し合わせ」といい、アメリカでも批判しています。家族の知らんぷりは、かえって子どもが吃音をネガティブなものと意識するからです。子どもの頃から、吃音をオープンに話題にすることが主流の考えになっています。子どもは、吃音やどもりという言葉は知らなくても、自分が言いにくいことは意識しています。意識している自分の言いにくさをしらんぷりされると、これを悪いことだと意識しかねません。吃音を意識することが悪いのではなく、吃音は悪い、恥ずかしい、劣ったものとマイナスに意識しないことが大切です。
親の育児態度に問題がある
子どもの発達の中で、誰でもが経験する非流暢なことばを、吃音だと診断するところから吃音は始まるというウェンデル・ジョンソンの診断起因説は否定されましたが、依然として愛情不足など、母親の育て方に原因があると、児童相談所などで指摘され、自分を責める親はとても多いです。膨大な研究がされながら原因が分からないこと、親に原因はないと明確に伝える必要があります。自分のせいだとする罪悪感が子育てに悪い影響を与えています。
吃音が治らないと、将来大変なことになる
多くの親は、将来に不安をもっていますが、学校で吃音をからかわれて「そんなこと言うのはやめて」とアサーティヴに対応している子どもや全校生徒の前で自分の吃音のことを話す子どもなどの話をします。また、大人になって様々な仕事に就いていること、むしろ話すことが多い仕事に就いていることなどを話すと、親は安心します。「吃音に負けない」子どもに育てるために、「吃音について勉強しましょう。吃音肯定する子どもに育てるために、親がまず子どものことを「かわいそうと思うのはやめましょう」などと話すと、親は安心し、子どもと共に、吃音をテーマに生きようと考え始めます。
吃音は親の責任ではないこと、自然治癒は45パーセント程度であることなど、親は正しい情報や、どもる子どもや大人がどう生きているか知りたがっています。どもりながら豊かに生きるために、親として何をすべきかを提案します。「吃音は治らない」を知って、落胆するのでなく、私の『どもる君へいま伝えたいこと』(解放出版社)などの本を読んで、今後どう育てればいいか展望が持てたという親は少なくありません。
幼児吃音の臨床のその後
「流暢性は、環境の側、話し手自身が自らに課したDemands(流暢に喋るようにという要求、指示、命令、プレッシヤー)が、話し手の認知的、言語学的、運動的あるいは情緒的なCapacitiesをある程度以上越えた時に崩壊する」
DCモデルは、原因論の探求のプロセスの中で出てきたものですが、臨床的には役に立ちます。私は最初から親のDemandsを指摘しません。親の育て方を変えるべきだとする「環境調整」は、親を責めることにつながりますが、親の話をよく聞き、親が原因ではないと話すと、親の方から「私早口じゃないでしょうか」や「少し最近叱りすぎているかも」などが出されることがあります。母親自身から出た時は、話を受けて「お母さんがそう思うのなら、ちょっとゆっくり目に、喋ればいいね」「叱り過ぎと思うなら、少し大目にみたら」などの提案はしますが、相談を受ける多くの母親の態度に基本的にはあまり闇題は感じません。
リッカムプログラム
2007年クロアチアでの第8回吃音国際連盟世界大会で、オーストラリアのオンズロー所長のワークショップに参加しました。「自然治癒は8割」や、「簡単な指導で治る」がそれほど多くないという反省からでしょうか。オーストラリアで世界大会で言語病理学を学ぶ大学院生たちは、口を揃えて「吃音の自然治癒率は10パーセント程度だから、幼児期から早期に治療をしなければならない」と主張しました。「環境調整」重視の幼児吃音の臨床は、直接言語指導はしませんでしたが、リッカムプログラムは、直接的に言語指導をします。どもったら言い直しをさせ、どもらずに言えたら、チョコレートなどを褒美に与え、どもらない話し方を定着させようとします。「言い直しは一度だけで、再びどもっても罰しないというが、どもると褒められないなら、子どもは吃音を否定的にとらえないか」と、オンズロー所長に質問しましたが、「オーストラリアのセラピストは、吃音を否定的に考えていないから、大丈夫だ」とはぐらかされました。「吃音否定」につながるリッカムプログラムが、日本に導入されることを私は危瞑します。
私が親に伝えること
私は、自然治癒率や、吃音が治らないことを含めて、正しい知識、情報を伝えた上で、吃音と共に生きている人の肯定的な吃音の物語を語り、最後にこう締めくくります。「人間にはいろいろな悩みや苦しみはつきもので、誰もが人それぞれのテーマをもっています。どもる子どもをかわいそうと思うのではなく、この子は吃音というテーマを通して、ことばや、生きる意味、人生などを考えていくと考えて下さい。吃音は、否定的にとらえなければ、十分につき合うことができます。吃音とのつき合い方を学べば、その経験はこれからの子どもの長い人生に大きな財産になります。吃音と向き合い、生きていく力や知恵が育つのは素晴らしいことです。これからどのように育てればいいか、一緒に取り組んでいきましょう」
おわりに
どもる事実を認めて、日常生活を丁寧に、誠実に送っていけば、吃音とともに生きる覚悟ができてきます。どもる人が幸せに生きるには、この覚悟が必要です。どもる子どもが、できるだけ早く、その道筋に立つことを支援するのが吃音臨床だといえます。
吃音にかかわる、臨床家、医師、教師は、吃音治療はできないが、吃音に対する適切な情報を提供し、「吃音を生きる」に役立つ経験や課題を共に考え、取り組むことはできます。子どもと共に学び合えば、子どもは自分の課題に取り組むことができます。親や臨床家、専門家にとって必要なのは、「どもっていても大丈夫、豊かに自分なりの人生を送ることができる」というメッセージを伝え、吃音肯定の物語を語っていくことです。
子どもや親が吃音を治したいと言った時、「なぜ治したいの?」と、私たちは必ず聞きます。「吃音を治したい」ニーズの奥には、「人とつながりたい、幸せに生きたい」があります。それを吃音が阻むと思うから、治したいと思うのであって、「どもりながら、人とつながり、幸せに生きることができる」と分かれば、人はいつまでも治すことにはこだわりません。
吃音と吃音の問題を分ける必要があります。吃音の原因は分かっていないが、吃音からマイナスの影響を受けて、吃音がマイナスに影響する原因は分かっています。吃音を否定し、どもりを隠し、話すことから逃げるといった氷山の下の部分が、吃音の問題を作っているのです。吃音が治らずとも、様々な職業に就いてさまざまな分野で活躍する人が多い一方で、吃音に悩み、不本意な生活を余儀なくされている人もいます。吃音に大きな影響を受ける人と、そうでない人との差は吃音の程度に関係がありません。吃音否定を続けるか、吃音肯定の道を歩き始めるかにあります。
また、吃音と共に生きていけば、吃音は自然に変化していきます。吃音は努力して治すものではなく、吃音と共に生きていく中で、自然に変化していくものでもあります。
どもる事実を認め、どもりながら日常生活を丁寧に、誠実に送ることで、吃音はほとんど問題にならなくなったたくさんの人々に出会ってきました。「どもるのが僕だから、治らなくてもいい」と言い切る子どもたちにもたくさん出会ってきました。これらの声は、吃音臨床を「吃音否定」から「吃音肯定」に転換しようと提案する私の根拠になっています。
(2012年5月12日東京都市センターホテルでの日本小児科医師会 第14回「子どもの心」研修会発表原稿を紙面の都合で少しカットしました)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/09/12

