静岡県親子わくわくキャンプ10年の歩み 2
静岡県親子わくわくキャンプ10年の歩みを振り返った文章を紹介しました。参加する子どもたちにとって、保護者にとって、そしてスタッフにとって、それぞれに大きな意味を持っていたことを改めて確信しました。いろいろな立場の人に、あなたはあなたのままでいい、あなたはひとりではない、あなたには力がある、のメッセージが届いていたことをうれしく思いました。今日は、そのつづきで、参加者の感想を紹介します。(「スタタリング・ナウ」2012.8.22 NO.216)
静岡県親子わくわくキャンプ10年の歩み
静岡県親子わくわくキャンプ事務局 海野智子 島田泰代
「伊藤さんと吃音を語る会」について
スタッフ 平野立子
わくわくキャンプには欠かせない活動の一つに伊藤伸二さんと子どもたちが一つのテーブルを囲んで話し合う「語る会」がある。
子どもたちには、キャンプの案内と共に、事前に伊藤さんに聞きたいことをまとめてきてもらうようにお願いしてある。聞きたいことは、キャンプ当日、受付時に提出してもらい、会が始まる直前に伊藤さんに読んでいただく。話し合いの大きなテーマが決まり、あとは、伊藤さんが子どもたちの質問を読むことから会が始まる。
しかし、10年前、キャンプが始まった初期のころは、会の流れも今のように定着しておらず、伊藤さんにスタッフから「伊藤さんは何が好きですか?」「得意なものは何ですか?」など、質問を浴びせる形で会が進行した。子どもたちはへえーと感心したり、笑ったり、吃音のことを話すというより、茶化したり、ふざけたりが多く、話し合いというには、ややお粗末な状態だった。
子どもたちからの質問に伊藤さんが答える形が続くようになり、いつの間にか、子どもたちの話し合いに真剣さが加わるようになった。子どもたちがどもりながら一生懸命話す。そして、伊藤さんもどもりながら一生懸命子どもたちに向かって話してくださる。
1時間の話し合いの間、じっと聞いているが、一言も発しない女子がいた。話すことが苦手で自分の思いを伝えられないのかと思った。しかし、その子は、会終了後の感想用紙に「みんなでいっぱいわらってよかったです。こころがすっきりしました」という感想を書いていた。上級生のお兄さんたちが伊藤さんと冗談を言い合いながら大きな声で笑い合う姿を見て、その子も一緒になって笑い、楽しい時間を過ごせたということが、大切な会の意義であることを痛感した瞬間だった。
「まねしてどもる友達がいる。どうしたらいいの?」という質問があった。伊藤さんはみんなに「どうしたらええんかなあ?」と投げかける。子どもたちからは、「無視したらいい」「逃げちゃう」「やめろって言うよ」など、いろいろな考えが出てきた。「そうやなあ、いろんな方法があるなあ」と子どもたちそれぞれの考えをやんわりと受け止めてくれる伊藤さんの言葉。自然と笑いが出てくる、それが子どもたちを元気にしてくれるのだと思う。
ある時、「どもりをなおしたいんだけど、どうしたらいいですか?」という質問があった。伊藤さんは、持参していた『吃音ワークブック』を開き、「どもりを治すために実際に行われてきた方法」を読み始めた。(P.48)
1 不自然であっても、極端にゆっくり話をする。
2 音を長く引き伸ばして発音する。
…伊藤さんは、「みーなーさーん、こーんーにーちーはー」と、例を示しながら子どもたちに内容を説明してくれた。
5 電気ショックを与える。
…子どもたちは、「えっー」と驚きの声。
6 催眠療法をする。
12 おまじないや祈祷をしてもらう。
…伊藤さんは、子どもたちの反応を見ながら、昔からどもりを治すために様々な方法が考案され、実践されてきたこと、そして、どの方法もどもりを治すことはできなかったということを伝えた。子どもたちも、神社で治るよう祈ったけど治らなかったと話し、催眠術や薬も効果がないことに気付いていった。
伊藤さんはさらに、どもっていても、話す職業に就いて活躍している人の例をあげ、子どもたちにどもりを受け入れて生きていくことの大切さを伝えていた。
会終了後の感想文には「どもりは治せないことがよく分かった」「どもりを治そうと努力をするけど、どもりを受け入れるのが大事だと思った」という感想が書かれてあった。
「語る会」の話題は子どもたちの生活から生まれる悩みなので、毎年毎年話し合われることもあるが、子どもたちは、その都度、自分が体験したことを話し、伊藤さんの見方や考え方を学んでいる。
子ども:どうしても急ぎの時に、声が出ないときはどうしたらいい…。
伊藤:急がなければいいよ。何度でも話せばいいよ。
子ども:宿題の本読みがいや…。
伊藤:本読みをしなければいけないなら、どもっても読めばいい。本読みをしたくないなら、読まなければいい。
伊藤さんの大きな声と明るい笑顔で子どもも大人もいつの間にか元気になってしまう不思議な会である。
吃音と生きていく
保護者 横山裕子
「吃音は小学生になる頃には自然と治っていくことが多いから大丈夫ですよ」と言われ、不安を感じながらもその言葉を信じることにし、小学校の入学を迎えました。
しかし、吃音が治る気配は全くありませんでした。2年生になった時、担任の先生に相談し、ことばの教室への通級を始めることにしました。その頃の私は吃音に対する知識がなく、通級することで吃音が改善されるかもしれないと期待を持っていました。
3年生の時に初めて「言葉がつっかかることに対してどう思う?」と聞きました。その時の大きな涙をポロポロ流しうつむく姿が今でも忘れられません。「お母さんはいつだって蒼太の味方だからね」と言うのが精一杯で、母親として何もしてあげられない無力な自分が本当に情けなく感じました。
わくわくキャンプの存在を知りつつもなかなか参加しようという気持ちになれなかったのですが、指導の先生に背中を押されるように初めて参加したのが去年でした。もっと早く参加するべきだったと強く感じたのを覚えています。
「子どもはみんな親が思っているよりもずっと強くてたくましいです。だから見守ってあげてください。でも、もし頼ってきたらその時はしっかり受け止めてあげてください」伊藤伸二さんがおっしゃっていました。
うちの子はそんなに強く育っているのだろうかと少し不安にも思いましたが、キャンプの帰りに子どもが言った「吃音は治らないって。でも僕にはたくさんの友達がいるから大丈夫だよ」の言葉に、この子も間違いなく強くたくましいのだと思わず涙がこぼれそうになりました。これから先、頼られることがあったら、母親として全力で受け止めていこうと思った瞬間でした。
ぼくと吃音
小学6年 横山蒼太
吃音という言葉を知っていますか?きっと知っている人と知らない人がいるのではないでしょうか。吃音とは、ことばがつまったりすることです。ぼくも、その吃音の一人です。
ぼくは、保育園に入った時から、どもりはじめました。その時は、まるで気にしていなかったけど、小学校に入って2年生ころからだんだん気になっていきました。
ある日、吃音のことを笑われて、その時にぼくは悔しくて悲しくて泣きたくなりました。その日から、ぼくはいっそう気にしはじめていきました。その後も吃音のことを言われたりして、その時は男女関係なくおこって大げんかになってしまいました。それほどぼくは吃音を気にしていました。そんなある日、お母さんにすすめられて、ことばの教室に通いはじめました。
通っていって、先生とたくさん話して、気持ちがとても楽になりました。それから吃音のことを言われても、もう気にしなくなっていました。そしてなにより、友だちがかばってくれた事がうれしかったです。それでも、やっぱり音読には、とても時間がかかってしまいます。それは、みんな笑ったりしないけど、自分の中ではとてもいやでした。だから、発表もしなくなってしまったのだと思います。答えも分かっていて説明もできるのに、発表がどうしてもできませんでした。
でも5年生になって、わくわくキャンプに入った時すごい衝撃でした。ぼく以外に見たこともないどもる子どもがたくさんいました。ぼくはその時、とてもうれしかったです。それから吃音どうしで、つらかったこと、うれしかったことを話しました。それからわかったことで、どもる人は成人で0.8~1.2%、5才までの幼児で5%いて、人口の1%といわれているそうです。わくわくキャンプでこのようなたくさんうれしいことを知りました。でもうれしくない事も知りました。吃音は、治らないそうです。とてもショックでした。でも気持ちが楽になった気もしました。
このようにわくわくキャンプはとてもいいものだと思います。
ぼくは、これからの人生、なやむこともたくさんあるだろうけど、そんな時も前を向いて、自分を認め、真っすぐ生きていこうと思います。
わくわくキャンプに参加して
保護者 片山美子
翔太が「吃音」と言われたのは、保育園の頃でした。そのうちに治るかなと思っていたのですが、小学校に入っても治らず、時々ひどくなるを繰り返しました。
小学2年の時には、本当にひどくなって、保健の先生に「ご家庭で何かありましたか?」と言われたことがショックでした。
その時に、ことばの教室の先生にキャンプを紹介されて参加しました。伊藤伸二さんの講義を聞いて、自分のせいだとずっと考えてきたことが「どもりには波がある」こと、「吃音は治らない」と言われたことでも救われた気持ちになりました。夜の飲み会で伊藤さんに「どもりのある子は優しい」「本が好き」と言われて、「雄太もそうだ」と良い面に目を向けることができました。
1回目のキャンプで、伊藤さんの本を買って、翔太はよく読んでいました。「吃音は100人に1人だって。僕は選ばれたんだよ」と話すこともありました。私も、キャンプに参加して以来、吃音が悪化するたびに落ち込むことがなくなりました。「これも一つの波」と思い、原因を探すことがなくなりました。
キャンプでは毎年、夜、伊藤さんと子ども達と話し合いの場を持っていて、その時、先生が「どもりを治したい人?」と聞いた時に翔太は手を挙げず、「どもりがあるのが自分だから」と話していたそうです。子どもなりに吃音のある自分を受け入れているんだと初めて知りました。
今雄太は、小学6年になり、吃音がひどくなっています。それでもクラスでは一番発表をしていて、話すことが嫌になっていないこと、言葉が出ない時にまわりの友達が待っていてくれることに、親として感謝しています。
ぼくとどもり
小学6年 片山翔太
僕は、どもりです。小学1年生の時からどもりになりました。はじめは、みんなこうなるものだと思っていました。しかし、時間がたつにつれ、どもりの具合が悪化してきました。そのころは、あんまり意識していませんでしたが、不便さを感じていました。あと、初対面の人に指摘されるのが嫌でした。そんな事もあってか、僕は自分が、病気かなにかかと思っていました。
そんな僕がどもりを知ったのは2年生の秋でした。母に、どもりのキャンプにいくか?と誘われ、はじめて自分以外の人がいると知りました。好奇心旺盛な僕は、もちろんオーケーしました。
そこで、僕はたくさんの事を学びました。たくさんの、どもる友達と出会い、遊びを通してたくさんの人と仲良くなり、たくさんの人と、どもりについて話し合いました。伊藤さんの助けもあり、たくさんの意見を知ることができました。
このキャンプはとても素晴らしかったと思います。一人じゃ分らなかったことや、普通の人には話せなかったこと、いろんなことをすることができました。そのキャンプに行って変わったことは、自分に自信が持てたことです。僕だけじゃないんだと安心して、伊藤さんの言葉で、自信を持って帰ってこれたことがうれしかったです。
それから僕はたくさんの工夫をしました。さすがに普通の人のようにはいかなかったけれど、いくらか便利になりました。最近では、授業の発表中に出てこない言葉を、黒板に書いたりしています。
それから、毎年どもりのキャンプに行き、毎年新しいことを学んで、経験して進化しています。こんな素晴らしい事が出来たのも、たくさんの友達ができたのも、すべてどもりのおかげです。
僕はどもりになれて、良かったです。どもりには悪いところもあるけれど、良いところもたくさんあります。僕はラッキーです。(了)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/08/06

