北米の吃音治療の現状 2
一昨日の続きです。吃音は治ると信じ、治すために15年間、500万円もかけた、あるひとりのどもる青年に、池上さんがインタビューした記録です。ここまで時間とお金をかけて、吃音治療に取り組んだグレーシャンさん。途中で、誰か、「どもっているそのままでいいじゃん」と言ってくれる人がいなかったのかと思います。
北米の吃音治療の現状 2
同志社女子大学嘱託講師 池上久美子
「吃音は治る」に苦しんだグレーシャンの15年
ISTARのプログラムを始め、北米のほとんどの吃音矯正プログラムは、流暢性の獲得を第一の目的としているため、「吃音受容」の概念はあるにしても、あまりにもスムーズスピーチ訓練の割合が大きいこともあり、吃音受容の重要性がぼやけてしまっているようにも感じる。
実際ほぼ100%のクライアントが、再発を経験しているのも事実であり、1年に一度フォローアップセッションやリフレッシャーコースへ参加し、「完治」を目指し必死で訓練に取り組んでいるのが事実である。これも、「吃音は治る」という妄想があるからだと思う。
ISTARの集中コースで知り合った、一人の吃音に悩む友人グレーシャンの吃音治療経験について紹介する。彼とは、大学院卒業後も付き合いがあり、トランスファートレーニング(日常会話の中でのスムーススピーチのトレーニング)を行ったり、吃音に対する悩みを聞いたりしていた。治療を始めて数ヶ月後には私の友人を含めての付き合いも増え、言語聴覚士としてではなく、友人として食事やキャンプに出かけることの方が多くなった。日本に帰国後も数ヶ月に1度メールをやり取りする程度だが連絡を取り合っている。彼は、この15年間「吃音は治る」、「吃音を治してくれる言語聴覚士にかならず巡り合える」事を信じ、あらゆる吃音矯正プログラムに参加し、吃音矯正所で治療を受けた。彼の事例を紹介することで少しは北米の吃音治療の現状、今後の課題を理解して頂けるのではと思い、今回彼にインタビューをお願いした。
実際のインタビューは英語で行われたが、ここでは日本語でお伝えする。紙面の都合上、私の問いかけはできるだけ削る形で紹介する。
~インタビュー~
必死で吃音治療に取り組んだ、グレーシャンの15年とその後
池上:移民として最初にカナダに来たのはいつ?
G:22歳の時にスリランカから家族でトロントに移住した時初めて吃音治療の存在を知った。
池上:スリランカには吃音の治療はないの?
G:17年前にはほとんど無かった。病院へも一度も行ったことは無かった。今年の一月に17年ぶりにスリランカに戻ったんだけど、現在は吃音治療も少しは行われているみたいだよ。
池上:カナダで最初の治療はどこで受けたの?
G:最初はカナダではなく、アメリカで1ヶ月の吃音治療プログラムに参加した。基本的にスムーズスピーチの習得が中心だった。この時の僕にはとても新鮮で、幼少時から悩んでいた吃音が治るかもしれないと、期待で胸が一杯だった。プログラム終了後数ヶ月は練習の成果もあり、ほとんどどもる事はなかった。でも、気づいた頃にはまた以前と同じようにどもるようになっていた。その後はカナダでの治療がほとんどだった。アメリカの方がすぐれた治療があるかと思っていた。カナダではほとんど同じ治療だと知ったので、金銭的な面からもカナダでの治療に専念することにした。
池上:その時の吃音は今と比べてどうだったの?
G:僕の吃音はブロック(blocks)が中心で、多少の随伴行動を伴うくらいだった。繰り返しが多少はあったが、気になってなかった。でもいったんブロックになると、抜け出そうと思えば思うほど、症状はひどくなる。今と比べると頻度は30%程度は多かったかな。人と話すことをできるだけ避けようと思っていたし、吃音のせいで女の子に声をかけられなかった。「吃音さえなければ、幸せになれる」と考えていた僕は、吃音はいつか完治すると信じ、吃音以外のことはほとんど後回しにしていたような気がする。
池上:2年前に比べると、かなり考え方に変化があったんじゃない。アメリカでの治療の後は?
G:その後はISTARの集中コースに2回行ったのと、週末を利用したフォローアップセッションやリフレッシャーコースに合わせて10回参加した。二回目の集中コースの時に久美子に出会ったんだよね。その時の僕の印象ってまだ覚えてる?
池上:もちろん覚えているよ。トロントからの飛行機が2時間程度遅れて、参加したんだよね。Gが到着した時には、吃音の状態、頻度、吃音位置等吃音行動についての診断の会話の吃音状態のデータを取っていたところだった。あの時は4人での会話だったが、G以外の全員は今回の集中コースには初参加で、比較的吃音の出現頻度は高い方だった。Gに関しては、「えっ、何でこの人が集中コースに参加しているの?」、「10分程度の会話でどもったのは2~3回程度?」、「随伴行動はあったけど、そんなに大したこと無いんじゃないかなあ」、「普通に会話していたら、ほとんど気にならなかったかも」と、かなりGの印象は強かったよ。
G:前にも久美子そんなこと言っていたよね。
池上:コース終了後私の友達と食事に行った時にも、『全然どもらないよね』って私の友達が言ったの覚えてる?『僕のインド設りの英語よりよっぽどましだよ』って言っていたよ。
G:あの時の僕は会話の中で一回でもどもったら、「ああ~また失敗した」と思い、こんなに練習しているのに、なぜ消えないかと絶えず思っていた。
池上:出会うたびに、『一流大学を卒業し、大手のファイナンシャルアナリストとして就職したのに、吃音のせいで出世できない。給料も同僚より1割程度は安い』と言っていたね。『僕は有休とボーナスのほとんどを吃音矯正に使っているのに、一向よくならないのはどういうこと?』、『なぜ僕だけがこんなに自己犠牲を払わなくてはならないのか?』っても言っていたね。
G:あの頃はどもる自分を否定的に見ていたし、なかなかその殻から抜け出せなかったんだ。
池上:何がきっかけで変わったの?
G:まずオンタリオ州オタワ病院での3週間のプログラムに参加したのが一つで、その後にアメリカオハイオ州のボーリンググリーンのプログラムに参加したことが大きかったかな。
池上:どんなプログラムだったの?
G:オタワ病院でのプログラムは言語病理学者アン・メルズナーが開発したプログラムで、午前9時から午後3時までの3週間のプログラムだった。
ほとんどやることはISTARと同じだが、他にもいくつか新しい手法を取り入れていた。大きな違いとしては、トランスファーの訓練期間がISTARより少し長かったのと、オープンエアーエクササイズを学べたことだ。以前から胸の辺りにいつも痛みを感じていた僕にとって、このエクササイズはとても画期的なものだった。
池上:どんなものか説明してくれない?
G:まず、姿勢を正し、リラックスした状態のまま椅子に深く腰掛ける。少し口を空けて、自分自身の呼吸に耳を傾ける。自然な呼吸をすることが大切なので、意識的に呼吸をすることは避けなければならない。肺から自然に空気が流れ出るのを感じることに意識を集中させて、リラックスしたまま、息を出す。その動作を何回か繰り返したら、2秒間息を止めて、「さあリラックスしたまま息を出すんだ」と頭の中で唱えながら息を出す。この動作に慣れてきたら、今度は文章を使って練習する。文章を読んでいる途中でブロック症状を感じたら、どの位置でブロックを感じるか、痛みはあるかどうか、そして、そのブロックを回避するために声帯をリラックスさせるよう自分自身に語りかける。
池上:実際の会話ではどのように応用するの?
G:緊張しそうな会話の前にこのエクササイズをしておけば、多少はブロック症状を抑えられるような気がする。実際かなり緊張したり、ブロックから抜け出せない状況の中ではあまり役には立たないんだが、体をリラックス状態へ持っていったり、胸のつかえを取るためには有効な方法だと思う。今ではほとんど胸の痛みを感じなくなったよ。
池上:トランスファーの訓練がISTARより少し長かったのね。もう少し具体的に教えてくれない?G:僕にとって言語聴覚士とのスムーズスピーチの練習はそんなに必要はないのは分かっていたから、トランスファーの練習にできるだけ時間を割いて欲しいとリクエストしておいた。通常、最後の3日程度だけど、僕の場合は1週間程度だった。これまでも何度もトランスファーはやっているけど、自分自身の中で言語聴覚士のサポートがなくても、吃音をコントロールできるという自信を持つことができるようになったんだ。
池上:それは、なぜ?
G:治療の限られた環境の中だけでなく、普段の生活の中でもスムーズスピーチを使いこなせるようになってきたことが、自信に繋がったと思う。これまでかなりの時間と労力を費やしたけど、やっと報われる時がきたのだと思うよ。
池上:よかったのね。(私自身、それが本当の理由だとは思わなかったが、吃音に対し以前より前向きな姿勢で向き合っている彼を見ることができたことが嬉しかった。スカイプのビデオ電話なので、表情からもその様子を伺えた。Gには伝えなかったが、ISTARで彼と初めて出会った時に比べると、今回の会話の方がかなりどもっていたように感じた。随伴症状もより顕著に現れていたし、軽度のブロックも2~3分に数回は見られた。)
池上:ボーリンググリーンでの治療を教えて?
G:2週間のプログラムでは、スムーズスピーチの練習は一日だけで、それ以外の時間は全てトランスファーの時間だった。これまで、流暢性の獲得ばかりに固執していた僕にとっては新しい扉を叩くようなものだった。自発的にどもったり、トランスファーをしたりとISTARと内容は変わらなかったが、約2週間の長期間、吃音と向き合うことができたのはかなりの影響力があったと思う。吃音受容に関して大学のキャンパス内でアンケート調査を行ったこともよかったかなあ。
池上:そのアンケート内容少し教えてくれない?
G:質問項目は事前に準備されていたのもあるし、自分自身で考えた質問をいくつか加えたりもした。
①吃音に悩む人を知っているか?その人と知り合ったことで、吃音への思いに変化はあったか?②吃音に悩む友人はいるか?その友人と知り合ったことで、吃音への思いに変化はあったか?
③吃音の原因は何だと思うか?
④学校で吃音に悩む人はいたか?その人は吃音をからかわれたり、いじめられたりしていたか?⑤吃音の人と公的な場で話をするのを、あなたは恥ずかしいと思うか?
⑥もし将来産まれてくるあなたの子どもが吃音だったらどうするか?
⑦どもる人は就職等で不利になると思うか?なぜそう思うか?(社会の中で吃音がどう思われているのかの意識調査だった。ISTARでも同じような調査を行ったが、最終日に数時間行った程度で、形式だけで終わってしまった記憶がある。2週間の比較的長期に吃音と真剣に向き合えたことがGにとってプラスになったのだと思う。その過程で、少しずつ彼の中で意識的な変化があったようだ。)
今回Gにインタビューした最大の目的でもある、「吃音受容」に関しての質問をしてみた。
池上:もし誰かが『どもってもいいよ。吃音なんて気にする必要ないよ』と言ったらどう答える?
G:『気にしなくていいよ』と言われても、『できればどもらないで話したい』と感じるだろうなあ。「吃音は治らない」と受け入れることで、僕の吃音が消失したり、軽減することは無いのは分かっているから、できればある程度コントロールできれば嬉しいとは思う。誰かに『どもってもいいよ』と言われるのと、「少しくらいどもってもいい」と自分自身が思うのは全く別のことだと思う。これまで、久美子に『私だって日本語訛りの英語だけど、言語聴覚士として仕事をしてるんだから、そんなに気にすることないよ』と言われたことはあるけど、あの時は心の底から「どもってもいい」とは思えなかったんだ。
池上:そりゃそうだね。私だって、できれば完壁な英語を喋りたいといっも思っていたからね。今もそう思っているけど、それは不可能だと思うし、それ以外のスキルを伸ばした方がいいって気づいてからはかなり気分的に楽になったからね。
G:「吃音は一生治ることはない」と心の隅で分かっていたけど、ボーリンググリーンでの体験を通じ、吃音を悲観的に見るのではなく、吃音と共に生きる道を選ぶ人生も少しずつだけど考えることができたように思う。実際、「どもってもいい」って思うと、どもることへの不安からは開放された。どもることへの抵抗も次第に薄れていった。名前は忘れたけど、某大学の著名な言語病理学者で、彼自身も吃音に悩む一人として言った言葉を今でも覚えている。『どもらないでおこうと思えば思うほど、どもってしまう』本当にその通りだと思う。今はその重圧から開放されたこともあって、周囲の反応をあまり気にしなくなったかなあ。
池上:かなり考え方が変わったね。以前より生き生きと吃音について語ってるよね。本当に私も嬉しいって感じるわ。
G:流暢性の獲得を諦めたわけではないが、完壁を求めるための代償はかなり大きいことに気づいたし、100%の流暢性を求めて毎回落胆するより、70%程度流暢に話せれば自分自身を褒めることにした。状況や場合によってかなり吃る時もあるけれど、流暢性よりどれだけ自分が伝えたいことが伝わったかに重点を置くようになったかな。“ls the glass half empty or half
full?”(グラスは半分空か?それとも半分満たされているか?)という「物事を楽観的に見るか悲観的に見るか」のイディオムにあるように、例えどもったとしても、30%もどもったと思うより、70%は流暢に話せたと思うようになったんだ。
池上:すばらしい!最後に吃音に悩む人に伝えたいメッセージってある?
G:人間はお菓子のバラエティーパックみたいなものって事かなあ。人間は、知能、技能、容姿、性格、コミュニケーション能力、言語能力等様々な部分から構成されていて、他の人より優れている部分もあったり、劣っている部分があるのが当たり前ってことなんだよね。悩みや、弱み、劣等感の無い人間なんてまず存在しないし、劣等感に苛まれていると、自分の長所になんて気がつきもしないんだ。そんなことをしていると、人生を楽しむ時間なんて無くなってしまうよ。
彼は最後に二つのメッセージを残してくれた。
◇“Do what you love to do and give it your best.Life is too short.You’11 be an old man before you know it”(好きな事をして、ベストを尽くしなさい。人生は短すぎる。気付いた時には年老いてしまっているから、今を大事にしなさい。)
◇“Life is too short to wake up with regrets”(人生は朝、後悔して目覚めるには短すぎる。あなたをきちんと扱ってくれる人を愛し、そうでない人のことは忘れなさい)
現在の彼は2年前とはまるで別人であった。「吃音」の症状は以前と変わらないか、場合によってはより重くなっている印象ではあったが、「吃音と向き合える」ようになったことで、人生を楽しんでいるようにも思えた。吃音への悩みがなくなったわけでも、治さなくていいと思うようになったわけでもない。治したい気持ちはあるが、「どもってもいいや」、「完壁に流暢に話せなくてもいいや」と思えるようになったのだ。ここまで肯定的に人生を送れるようになった彼の話を聞きながら、北米の吃音治療も、少しでいいから方向転換をしてくれればと願わずにはいられなかった。
まだまだ、少数派の意見ではあると思うが、「流暢性の追求」にのみ価値を置くのではなく、人生をより充実したものにするための「寄り添う治療」へも目を向けてほしいと強く感じた。
おわりに
言語聴覚士として、言語訓練の技術向上に力を注いだ3年間であった。アメリカ・カナダでの研修会に参加し、リッカムプログラムも積極的に取り入れた。臨床家としての技術を磨いてきたつもりであった。その一方で、吃音治療においては、思うような結果が得られない事も多かった。
「吃音は治すべきもの」としての取り組みが北米では続いており、日本でも「吃音治療・改善」の取り組みが中心となっているようだ。北米での吃音治療法を学んだ一人として、スムーズスピーチがまったく効果がないと全否定するつもりはないが、スムーズスピーチに頼りすぎの治療は逆効果だと強く感じ、「吃音受容」の重要性を訴えたい。
子どもの補助輪付き自転車の両輪が「吃音受容」、補助輪が「流暢性の獲得」と考えるモデルへと方向転換するのもそう悪くはないと思う。補助輪がついているほうが安心であれば、一度は補助輪をつけて走るのもいいと思う。しかし、補助輪が無くても走り続けることができるのに、補助輪をつけたまま前進するのは、少しもったいないように思う。スピードを出し、風を切りながら爽快に走れたら、どんなに気持ちいいことだろう。
「吃音を治す、改善する」にこだわらず、吃音と向き合い、共に生きる道を模索する手助けをすることこそが、吃音臨床に携わる言語聴覚士の仕事だと思う。具体的には、吃音は「治るべきもの」として考えない。流暢性のみを追求するのではなく、具体的な悩みへの対処方法を考える。そして「吃音と共に生きる」をテーマに、共に歩むことこそが言語聴覚士としてできることではないだろうか。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/07/20

