どもる人の豊かな内面の世界 2

 どもらないように、どもらないようにと、それだけを考えて言い換えをしていると、本当は何が言いたかったのか分からなくなるのではないでしょうか。それでも、どもるよりはいいと思う人もいるでしょう。でも、僕は、自分にも相手にも誠実でありたいと考えます。自分に誠実になるには、たとえどもるだろうと分かっていても、そのときに一番ぴったりのそのときの気持ちに一番ぴったりのことばを使いたいし、相手に誠実であろうとすると、やっぱり一番言いたいことを伝えたいです。羽仁さんの文章に、よく似た箇所をみつけ、うれしくなりました。
 言い換えが全てダメだといっているわけではありません。どうでもいいこと、そんなに大事なことでないときは、どんな手を使ってもその場を切り抜けたらいいと思います。実際、僕もそうしてきました。でも、これだけは言いたい、これだけは譲れないというときは、自分の気持ちに一番ふさわしいことばを使いたいのです。ことばは、どもる僕にとって深く悩んだ分、大切なものなのですから。『スタタリング・ナウ』NO.103(2003.3.21)から、羽仁進さんが語る吃音の世界の第2回目です。
 
《羽仁進が語る》 どもる人の内面の世界 2

言い換えるコミュニケーション
 僕は自分で自分の吃音について研究し、話す時に一応言い易いようなことばを口の中で言ってみて、どもることばをできるだけ避けて、ほかのことばで話してみました。本が好きだった僕はことばを早くからたくさん知っていましたから、ほかのことばに切り替えるとあまりどもらないということを発見しました。
 しかし、そうしてどもらないで話すと、聞く人は、良くわかるらしいのですが、僕自身は、納得のできない気持ちになる。初めに自分の心に浮かんだことばの方が、より自分の気持ちにぴったりのような気がする。言い替えたら、相手には伝わったけれども、それは本当の自分の気持ちだったのだろうかが非常に気になるのです。
 どもらない人は、自分が言いたいことは発音できるので、そのことばがすぐに相手に伝わるかどうかが問題になると思います。ところが、僕は、もう一つ前の段階で、自分とことばとの関係がある。僕たち、どもる人間は、言おうと思っても声が出なかったり、瞬間的に他のことばに切り替えるので、自分と相手より先に、自分と自分の表現手段の間に、一つの溝があるのだと非常に感じました。こう考えると、単純に相手に伝わればいいというような時でも言えなくて、実際、かなり伝えにくいものがあるような気がしてきました。

いいどもり方
 僕のどもり方についてですが、僕は、子どもの時からすごい早口で、これでもずいぶん治ったんですが、人がどもっているという範囲をどんどん越えてしゃべっていく。どもってるんだけど、どこでどもったんだというくらいにどんどん早口で話していました。
 オーストラリアのトカゲで、立って走るコマーシャルでありましたね。水の上をおぼれないでワーッて走ってる。おぼれそうになって、おぼれる寸前にもう次に進む。僕が軽く連発しているのは、考えてみると、ちょっとあのトカゲみたいなものです。「あ、危ない、おぼれるぞ!」っていうときは浮かんでいる。全然、意識してやっているわけはないんですが。

誠実などもり
 僕の現在の家の工事を頼んでる小さい工事会社の人がすごくどもるんです。「うーっ」って言うと、一分間ぐらい言えなくなる。その人がとってもいい目をしてる。
 前は少し大きな工事会社に頼んでいたんですが、不誠実でした。あるとき偶然、道ばたで工事をしている、30歳ぐらいの人に話しかけました。いい人だろうなあという気がしたんです。そう思って話しかけたら、ものすごくどもる人だった。しかし、その人の内面世界の豊かさみたいなのがあった。それで、家を造るときにお願いをしました。するとやっぱり至って誠実なんですよ。
 これはちょっと自慢するわけじゃないが、どもりの人って意外と誠実なんじゃないでしょうか。人間は人をだますことが結構あると思うんですが、どもりながら人をだますのは非常に難しいし、めんどくさいからやらないんじゃないか。それだけではなくてどもりには深いものがある。
 その人からの電話は、電話器が突然壊れたんじゃないかと思うぐらい沈黙がある。待ってると、また話し出す。どもるまいとするから、ああいうふうに黙ると思うんです。
 僕は小学校の入学試験のときから非常にはっきり意識したことがあります。それは、先生は、僕と違うことを考えているから、先生が僕を認めることは多分ないだろうし、そんなことは僕にとっては重要じゃないということです。生意気といえば生意気だけど、他人をあまり意識すると、おぼれてしまう。自分がとんで走っていくことだけを考えて、おぼれそうになったら、一瞬浮かび上がって、次にいけばいいんじゃないでしょうか。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2024/02/06

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