劇遊びの実践
昨日に続いてもう一人、どもる子どもたちとの劇遊びの実践が『演劇と教育』に掲載されました。語ることが生きる力につながるとの思いは、私たちが吃音親子サマーキャンプで大切にしている芝居に通じるものがあります。
著者本人、および『演劇と教育』編集部の了解を得て、昨日と今日、2つの実践を紹介している「スタタリング・ナウ」2015.6.22 NO.250 より紹介します。
実践報告 小学校「通級指導教室」のグループ学習
自分の物語は自分で決められるんだよ~吃音の子どもたちとの劇あそびの可能性~
土井幸美(横浜・公立小学校教員)
「きこえとことばの教室」
▼通級でのグループ学習
昨今、教育の分野だけでなく一般的にも「通級指導教室」(以後、通級)がそれなりに知られるようになってきました。配慮が必要とされる子どもや少数派の子どもたちが、それぞれのテーマに沿って週に一度くらいの頻度で最寄りの通級に通うシステムがあります。通級するテーマは、社会性を身につけるためだったり、補聴器をうまく使いこなすためだったり、正しい発音を獲得することだったり、吃音とうまくつき合うための方策を知ることだったり……子ども一人ひとり違っています。私の勤める小学校には「難聴・言語通級教室」があります。とても堅苦しい名称なので、保護者や子どもたちには「きこえとことばの教室」と呼んでもらっています。
きこえとことばの教室は、一対一での学びの場(横浜市には、社会性を育むことがテーマの情緒通級「学びの支援教室」というのもあり、こちらは小グループで活動しています)。いつもは担当の先生と二人でその子が目標とすることに沿って練習したり学びを重ねたりしているのですが、私の教室では3年前から難聴の子どものグループ学習と吃音の子どものグループ学習を始めました。
どちらの子どもたちも、日々通っている小学校、クラスに同じテーマをもつ仲間がいないことが多いので、きこえとことばの教室でその仲間を保障していこう、というのがグループ学習を始めたきっかけです。また、子どもたちが活動中に保護者同士も待合室でおしゃべりする機会を得て、家や学校で困ったことを出し合い、わからないことを上級生の保護者に聞いてみるなどのつながりも期待しての活動のスタートでした。私は、吃音の子どもたちのグループ学習の企画を1年目からずっと担当させてもらっています。
▼子どもたちへの凄まじい圧力
ここで、吃音について少し。
吃音とは、「わわわわ、わたし」(繰り返し)、「わーたしね、おーかあさん」(引き伸ばし)、「わっ・たし」(ブロック・つまる)のような話し方が頻繁に起こる状態をいいます。吃音は人口の1%くらいいると考えられていて、どの国でもどもる人はいます。ただ、この数字は確実な調査で証明されたものではありません。また、発症率が5%ということなので、自然治癒が80%になります。しかし、これをもって「吃音が一過性のものでほとんどが治る」と言い切ることもできません。吃音については確定した原因はわかっておらず、治し方も未だよくわかっていないのが現状です。(伊藤伸二『親、教師、言語聴覚士が使える吃音ワークブック』解放出版社より)
そして、これを読んだ方々は「では、きこえとことばの教室に来て、子どもたちは何をするのですか?」と疑問に思うでしょう。でも、たくさんやることがあるのです。なぜなら、子どもたちは「スラスラ喋れることが”フツウ”」という凄まじい圧力の中で暮らしています。ことばが出にくい子どもにとって、この環境で生き抜くのは結構大変なのです。自分が楽に暮らすためのヒントや工夫を見つけ、ありのままの自分を好きになることが大切です。子どもたちは、きこえとことばの教室でこの学びを積み上げているのです。
ゆっきーさんと劇あそび
▼劇あそび、おもしろいかも
3年前から始まった吃音のグループ学習。ゆっきーさんは悩んでいました。
「同じテーマの子どもたちに仲間づくりの場を提供してきたけれど、なかなか、お互いがちゃんと知り合って仲よくなる活動ができないのよね」
ゆっきーさんは、とても真面目な人です。まずは、子どもが楽しめることを大事にしようと、スライムを作ってみたりミニカーリング大会をしたりして、みんなで楽しい時間を過ごす活動を進めてきました。
「う~ん、楽しくは過ごせているかもしれないけれど、子ども同士が相手を意識しお互いに繋がっていく”気持ちの交流”みたいなのが活発にならないなあ」
どうも、うまくいっていない。お互いが自分のアイディアを出し合えたり、お手伝いし合ったりできる活動として、ジャンボすごろくづくりやマジック・ショーも企画してみました。でも、子どもたちがそこにいる相手に関心をもち、話が盛り上がって大笑いしたり、ちょっとした本音が出てきたりする活動になりません。ゆっきーさんは、とても悩みました。
「その子ども、その子ども、個々の”らしさ”がいっぱい出てくるような活動ができないかなあ。そして、自分たちで主体的に決めながらおもしろいと感じられる場面設定ができないかな」
そこで、この冬の活動に企画したのが「劇あそび」でした。
ゆっきーさんは、自分が児童学研究所で以前に体験したドラマセラピーの一つを思い起こしました。それは、元の話はあるけれど、グループのメンバーで自由に作り替えていけるドラマ(劇)づくりでした。仲間が出してきた表出をそのまま受けとって、次の展開に繋いでいく。どんな展開も受容し、協力して話を最後までもっていく。これって、おもしろいかもしれない。
「この冬の吃音グループは、『ぐりとぐら』で劇あそびをしようと思います」
仲間の先生に提案しました。冬休み前にゆっきーさんが提案した劇あそび企画には、どの先生も「自分はどう動いたらよいのかしら? 子どもへの働きかけはどうしたらよいのかしら?」と明らかな不安の表情がありました。ゆっきーさんもこのままではマズい! と直感して、思い切って知人の脚本家・くみこさんに相談することにしました。
▼「子どもに任せましょー」
くみこさんは、年明け早々、時間をつくって会ってくださいました。真面目に活動の流れを説明するゆっきーさん。子どもたちの自由に任せると言っても、それなりの枠みたいなものがないと子どもたちも当惑するのではないか、という心配もくみこさんに伝えました。
「う~ん、結局、『ぐりとぐら』って、でっかい卵を拾って、それでおいしいものを作って、みんなで食べた、ってだけのお話なんですよね。それ以外は、なんだっていいんですよ」
「なるべく、大人が決めないのーをモットーに」
参加する子どもの人数は五~六人くらいなので、全員がねずみになって「ぐり」「ぐら」の他に「ぐみ」とか「ぐん」とか好きな名前と性格を決めておくとよいかな、と考えていました。
「登場人物のキャラクターとか、あらかじめ決めない方がいいんです。子どもに任せましょ。その子自身でいいんです。」……なるほど。
「目的が在ることが大事です。おいしいものをつくるのが目的。大き過ぎて運べない、かたすぎて割れない、障害されれば人は必ず能動的になります。子どもたちは自分から動き出すんです。」…
…なるほど。
くみこさんは、ある小さな島でやった『桃太郎』の劇あそびのことも話してくれました。
「お話が始まり、『おじいさん、やってくれる人?』『おばあさん、やってくれる人?』って演者を募っていくんです。島の子たちだからかな、子どもたちが元気なの。バンバン手を挙げてくる。桃になる子もいる。『さあ、桃を切らなきゃいけない』って言うと、斧になる子もいる。劇に助っ人で入っている大人の俳優さんが斧になった子を持ち上げて桃を切ろうとする。そんな様子を見て、斧になりたい子が激増したりして。斧の子がいっぱいだから、お話としては『桃は、まだ切れない、まだまだ切れない……』って延々とね。それが、またおもしろいの」
「『ぐりとぐら』なら卵を子どもにやってもらってもいいですね。例えば、オムレツを作るぞ~! ってことになったら、『何がいる?……そう、フライパン! 誰かフライパン、やって~!』って劇を作っていくんです。フライパンを先生たちがやって、卵の子どもを囲んであげて調理してる場面を演じていくのもいいですよね」
「最後に出てくる森の動物たちも、子どもたちが招待する形もおもしろい。お母さんたちには子どもがリクエストした動物になって劇に入ってきてもらうとか」
「劇あそびって、大忙しなの。そして、お話を進めていく人は、みんなに助けてもらわないと何もできないの。『助けて、助けて!』『手伝って、手伝って!』って、あなたが困れば困るほど、子どもたちはどんどん助けてくれる、活躍してくれるのよ。」
くみこさんのアドバイスで見事に生命力を吹き込まれた『ぐりとぐら』の劇あそび。仲間の先生たちに伝えると「これなら、とってもおもしろそうだわ」と言ってもらえました。
▼困れば、子どもたちは助けてくれる
当日は、インフルエンザも流行っている時期で参加できた子どもは3人でした。まず、『ぐりとぐら』の絵本の読み聞かせをして、それからスタート。
「ぐりとぐら、やってくれる人」……しーん。
いきなり、ゆっきーさんは大ピンチ。
「じゃ、どの役がやりたいと思った?」……3人にそれぞれに聞いてみました。答えは「どれでもいい」でした。なるほど、やりたくなるほどの魅力を伝え切れなかったかな。それとも、こちらに決めてもらう方が安心なのかな。瞬時に、いろいろな思いがめぐります。ちょっとアプローチを変えて、ぐり・ぐら以外の役から決めてみようかと思い立って、
「この劇、ぐりとぐらが主役に見えるのだけれど、劇あそびではいろんなものを自分たちでやらなきゃいけないから、Cくん、そのたくさん活躍する役をやってくれない?」とCくんにお願いすると、かなり迷った末に「いいよ」との返事。「うわあ、助かる! まだまだ、助けてくれないかな…ぐりとぐら…先生、困ったなあ」なんて言っていると、「やってもいいよ」とA君が手を挙げてくれました。B君も「やってもいいよ」と言ってくれてぐり・ぐらも決定しました。「困れば、子どもたちは助けてくれる」―その通りでした。
仲間の先生たちも子どもと一緒になって劇に入り、森のドングリやクリ、大きな卵になりました。森で見つけたドングリをコマにして遊びました。Y先生をくるくる回して遊ぶのも、なかなか楽しかったようで、キャッキャッと笑い声が聞こえました。
大きな卵を家に運ぶか、道具を持ってくるかの場面では、Cくんが近くにあったロープを川に見立てたので、川に流して家まで運ぶことになりました。S先生を三人で協力して川に入れ、ごろごろ転がしていきました。
「卵を使って、何をつくる?」とみんなに相談すると、C君が「温泉たまご!」と大きな声で提案。おもしろい!「どうかな、温泉卵にする?」と他の子どもたちに投げかけました。卵のS先生は「温泉、いいわねえ。疲れも取れそうね」と賛成のつぶやき。ぐりとぐらは「ケーキがいい」とのことで、残念ながら卵は温泉卵になれませんでした。
C君は、それから小麦粉になり、ぐりとぐらに卵のS先生と一緒にコネコネされ、Y先生とA先生のフライパンで焼かれ、ふっくらおいしいケーキになりました。
「お母さんに森の動物になってもらいます。何になってほしい?」と聞いてみました。C君から「ライオン!」、B君は「カンガルー!。A君、「う~ん、どうしようかな」と悩みます。A君の弟が羊のフードの上着を着ていたことをS先生が思い出してA君に伝えると「うん、羊にする」と決定。おいしいケーキになったC君をお母さんたちは振る舞われ、C君のお母さんはC君をムシャムシャ食べる演技をしてくださいました。C君もくすぐったいこともあり、ケラケラと笑いながら幸せそうに食べられていました。
劇あそび『ぐりとぐら』再考
▼「卵、デカっ!」
仲間の先生たちとの振り返りでは、これまでの活動より子どもたちが大きな声で笑う場面がいくつもあったこと、小さな声ではあったけれど「その子らしいつぶやき」がたくさん出ていたことが、今回の収穫だったと話し合われました。特にB君は、これまでのグループ活動ではほとんど声を出すこともなく表情もあまり変化せず、活動を楽しんでいるけれど、それを周りの子どもと共有している印象が薄かったのです。しかし、今回は「卵、デカっ!」など、気づいたことや思いついたことを自然に口に出して隣りにいるA君とおかしがっている様子が見られ、担当の先生もあまり見たことのなかった大笑いする姿からB君らしさを大いに感じ取ることができました。
▼自分で決める劇あそび
そして、吃音グループの活動の伸展を考える時、子どもたちが「物語を自分で決める」ということ、すなわち自分でストーリーを自在に変えていける習慣を身につけるために「劇あそび」の可能性を今後も追いかけていきたいと考えます。役を決める時や劇中の場面で、
「どれにする?」「なんでもいい」
「どっちにする?」「どっちでもいい」
このような会話が幾度かくり返されました。(今回は、劇あそびをしたい! と集まった子どもたちではなく、担当者が企画した内容に子どもたちが合わせる活動であったことや、ゆっきーさんが子どもたちの意見を拾いながら彼らが前のめりに参加するほどのおもしろい展開ができなかったという反省点があったことは確かですが)
やはり、ここで「自分はこれにする」と決められるといいなと思うのです。劇あそびのような楽しけりゃどっちだっていいような事柄から「決める練習」を始め、いつか出会う肝心な時にも自分で決められるようになっていくことは、吃音のある子どもたちにとても必要だと感じるからです。
吃音とともに暮らしていると、しばしば深く心を傷つけられることがあります。「話す」という行為は日常にずっと付き纏うので、吃音のない人に比べて自信をなくしやすい状況に追い込まれるリスクが高いのです。みんなの前で発表したら話し方を笑う子がいたり、まねする子がいたりします。受験の面接や好きな人に告白するのに絶対にどもりたくないと心底悩むこともあります。そういう場面に遭遇した時に、ネガティブな物語の筋を自分でポジティブな物語に書き換える力があれば、逞しく生きていけるのではないでしょうか。吃音への偏見があり恋の告白を無下に断る女子がいても、「ああ、なんと僕は女の人を見る目がなかったのだろう。吃音がなかったら彼女の本性がわからず、付き合ってしまっていたかもしれない。危機一髪を逃れた」なんて、自分の物語に書き換えていける人になってほしい、と願いながら、子どもたちと「自分で決める劇あそび」、これからも続けたいです。
『演劇と教育』NO.673 2015年4月号
実践された土井幸美さんから、弾んだ声でお話を聞かせていただきました。
《この夏の吃音グループでも、劇遊びをしていきます。教室の担当がひとり入れ替わり、一緒にやっていただけるか心配していましたが、「いいわよ!」とのお返事。また、新しい「自分だけの物語」を子どもたちと展開できそうです。遊ぶことを大事にしていきます》
日本演劇教育連盟と晩成書房の許可を得て、転載させていただきました。
編集:日本演劇教育連盟
豊島区南大塚3-54-5第一田村ビル3F
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発行:晩成書房
千代田区猿楽町1-4-4
TEL/03-3293-8348
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/03/13

