エビデンスとナラティヴ
2、3日前と比べて、今日はなんと暖かかったことか、春本番のようでした。
昨日は、大阪吃音教室の、年に一度の運営会議でした。15名の運営委員が集まりました。近況報告や講座を担当しての感想などをみんなが話した後、大阪吃音教室の世話人、大阪吃音教室のニュースレター「新生」の編集担当、1年間の大阪吃音教室のスケジュール、講座担当者などを決めました。
自分の吃音の問題は、解決しているはずの運営委員が、こうして会に関わり続けることの意味を思います。こんな運営委員がいるから、僕も、ずうっと関わり続けることができるのだと改めて思います。その様子は、また後で報告します。
今日は、「スタタリング・ナウ」2015.2.22 NO.246 より、まず巻頭言からです。
エビデンスとナラティヴ
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
吃音は治せないと考え、「吃音と共に豊かに生きる」取り組みを子どもと続けている、ことばの教室の担当者から次のような電話があった。
「今、私のことばの教室に通ってきている、小学1年生の保護者が、言語聴覚士を養成する大学の教授の面接を受ける機会があり、そのときに、小学3年生までなら、流暢性形成技法などの言語訓練をすれば、1割から2割は治せると言われた。うちの子どもも治るかもしれないと、その保護者は迷い始めている」
この電話の後、吃音の自然治癒率80%と言われた時代に起こったことを思い出した。80%という数字のために、「吃音はほとんど一過性のもので、何もしなくても自然に治る」と、専門家が保護者に伝えていた時代が長く続いた。それが今でも根強く残っている。自然治癒率の数字は、自然に消失した子どもはいいが、治らないままに学童期を迎えた、多くの子どもの保護者を悩ませた。数字のもつ怖さを思う。当時、私たちは、治らない20%の吃音をどうするかを考えていた。
最近、大学や専門学校で吃音の講義をしていて、「その治療法や情報は、エビデンス(科学的・統計的根拠)に基づいているか」が話題になることが多くなった。また、脳科学の進歩で、吃音の原因が解明されたとの主張も聞かれるようになった。
1968年頃、カリフォルニア大学の身体検査時に個別面接を行い、学生の吃音体験の調査をした結果が、吃音自然治癒率80%のエビデンスになった。その後、自然治癒の調査研究が続けられたが、研究者で、治癒率は10%~80%とあまりにも幅が広い。これでは混乱するばかりだ。
また、脳に関しても、1930年に吃音は大脳の優位性が混乱して生じるとの大脳半球優位説が出され、それは否定されたものの、脳の画像診断の進歩によって再び脳への関心が高まった。どもる人とどもらない人との画像から、「脳の機能と構造の違いから吃音は生じる」と、あたかも吃音の原因がわかったかのように言う人も出始めた。
1986年、第一回世界大会の時、アメリカのセルフヘルプグループは、脳に吃音の原因があると主張していた。脳に問題があるとするなら、表面的な言語訓練で治せないだろう。そうであれば、「吃音と共に生きる」私たちの主張に全面的に賛成してもよさそうだが、「治そう、改善しよう」と彼らは主張する。治そうとする彼らが、なぜ吃音を脳の問題にしたがるのか、私には理解できなかった。
私たちは、吃音の悩みの本質を「吃音をネガティヴに物語ることから起こる」と考え、吃音を治す努力を否定した。そして、どもりながら、自分のしたいこと、すべきことを誠実にする日常生活を大切にしてきた。その中で、吃音の肯定的なナラティヴ(物語・物語ること)を大切にしてきた。吃音を病理学的にとらえずに、「哲学」、「生き方」の問題ととらえることを主張してきた。
それが近年、「エビデンスにもとづく、吃音への支援」などと声高に言われると、エビデンスとナラティヴは対立するのものかと考えてしまう。
ところが、昨年夏、「親・教師・言語聴覚士のための吃音講習会」で、斎藤清二・富山大学教授の講義や対談を通して得た「エビデンスは味方になる」「脳科学の研究はエビデンスになり得ない」などの話に、胸のつかえが取れる思いがした。
実際、吃音については、これだけ科学・医学が進歩した時代にあっても、常識的な知識程度の解明しかできず、明確なエビデンスはない。
また、「小学3年生までなら1割、2割は治る」は、「治る」を強調したかったのだろうが、ほとんど効果がないと言っているのに等しい。だが、どもる本人や親は、少ない確率でも、2割に望みをかけてしまう。専門家は、自らの発言がどう影響するかの想像力をもちたい。
今回の斎藤清二教授と私との対談を読み返し、私たちのしてきたことに確信がもてた。楽しく、豊かな活動で得たものを今後も発信していきたい。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/02/22

