祝・サマキャン25回~仲間との出会い~
2014年夏、吃音親子サマーキャンプは、節目の25回目を迎えました。
第1回目を開催したときは、まさか25回目まで続くとは思っていませんでした。
今年、2026年は、35回目です。25回のときも感慨深かったのですが、それから10年(コロナ禍で2年開催できなかったので、実質12年ですが)経ったのかと、我ながら息長く活動を続けてきたと思います。
常連スタッフのひとりである、千葉のことばの教室担当者の渡邉美穂さんが報告してくれている、第25回吃音親子サマーキャンプを「スタタリング・ナウ」2014.12.23 NO.244 より紹介します。
祝・サマキャン25回~仲間との出会い~
干葉市立院内小学校 渡邉美穂
はじめに
今年、吃音親子サマーキャンプは25回目を迎えました。伊藤伸二さん、東野晃之さん、松本進さんと3人も25回連続して参加していることに驚きました。長い歴史があったのだと思います。
私が初めて参加したのは、15年前。どもる子とどうかかわっていいのか悩み、もがいていました。一足先にキャンプに参加した経験をもつ、当時同僚だった八重樫淑子さんに誘われ、初めて参加した時のことを振り返りながら、今年の吃音親子サマーキャンプを私の視点で報告します。
ことばの教室の担当になって
私は、子どもが好きで教職に就きました。初任校では、クラス担任ではなく専科といって、他のクラスの子どもの音楽や図工、書写などの教科を担当していました。1年目が終わる頃、どうしても自分のクラスがもちたくてたまらない気持ちになりました。それから5年間、自分のクラスをもつことができ、毎日楽しく過ごしていましたが、全国で初めてできたことばの教室として有名な、千葉市立院内小学校に異動しました。
そこで、校長先生に「1年だけでいいから、ことばの教室の担当になってくれませんか」と言われました。クラス担任であり続けたかったのですが、「来年は、絶対に通常の学級に戻します」と言って下さった校長先生のことばを信じ、新しいことを学んで通常の学級で生かそうと思い、「はい」と返事をしたことを覚えています。
その後、ことばの教室のことが少しわかりはじめ、もう少し学びたいと思い、校長先生に担当を続けることを伝えました。「3年ぐらいやれば、なんとか極めることができる」と何の根拠もないままそう思っていました。そして、今年で私は、ことばの教室の担当になって20年目になりましたが、まだまだ極めるどころかわからないこと、知らないことだらけです。でも、楽しくて毎日幸せを感じます。あの時の出会いに感謝しています。
どもる子、サマーキャンプとの出会い
私が初めて担当したどもる子と、どうかかわっていいかわかりませんでした。その子は、運動が大好きな活発な子でした。とにかく仲よくなろうと毎時間、一緒にサッカーや卓球など体を動かして過ごしていました。他にどもる子が通ってきていましたが、その子と一緒にかかわることができず、ふたりで時間を過ごしていました。「ふたりの時間だけでいいのだろうか」「グループ学習は、どんな意味があるのだろうか」などいろんな疑問をもっていました。私は本や研修で吃音の基礎知識や遊技療法などを学びましが、私の悩みは解決しません。具体的な指導方法がなかったからです。
同僚の八重樫淑子さんの授業を参観させてもらった時に、八重樫さんから、「吃音親子サマーキャンプ」に行った時の話を聞きました。「子どもたちが生き生きとどもりながら過ごす2泊3日」のことばが強く響き、次の年の夏、他校から転任してきた高瀬景子さんと一緒に参加しました。
初めてのサマーキャプ
「研修に行ってきます」と、実家に5才と2才の我が子を預けて出かけました。とにかくどもる子どもとのかかわり方や指導方法を学びたい一心でした。当時からのスケジュールの中心、「話し合い」「劇」「作文」の時間が、味わい考える間もなく、あっという間に過ぎていきます。それでも、話し合いの中での、どもる子どもたちの発言や、どもりながら、自分のことばと取り組む劇作りの様子に感動し、帰りの新幹線では高瀬さんと3日間を興奮して振り返りながら帰りました。
そのあとの興奮をかなり抑えながら「研修、疲れたよ」という顔で、預かってもらっていた子どもを迎えに実家に行きました。すると母が、「また出張の時は預かるよ」と笑顔で言ってくれました。きっと、私は満足気な顔をしていたのでしょう。母のことばがうれしくなりました。その後、私は遠慮なく、毎年毎年、実家に子どもを預けては、吃音親子サマーキャンプに参加し続けることができました。そして、今年、私にとっては15回目のキャンプを迎えました。
プログラム1「出会いの広場」
この、サマーキャンプの最初のプログラムをここ数年、私が担当することになり、楽しく企画させてもらっています。初めて参加する人は、かつての私のように、期待よりも、不安や緊張が大きいものです。だから、「和やかに、楽しく、無理をしない」ことを心がけてきました。これまで担当していた松本進さんや桑田省吾さんなどは、トークがうまくて盛り上げ上手だっただけに、毎回一番ドキドキ緊張しているのは私ではないかと思います。でも、私はこの大事なプログラムを任せてもらっていることが、とてもうれしいのです。
サマーキャンプが記念すべき25回目を迎え、盛り上がっているのは、私たちスタッフだけかもしれません。少しでも、25回の伝統や歴史を分かち合いたいと考えました。そこで、「サマキャンクイズ」でキャンプの歴史を紹介し、「サマキャンカルタ」でキャンプの意義を共有してもらえるようしました。カルタの一部を紹介します。
・ああ、ええな キャンプでみんな どもってる
・笑顔見て また明日から がんばれる
・子どものため そう思ってたのが 自分のため
・どもっても 芝居している 自分が 夢みたい
・セリフをうまく言うことよりも 相手に声を届けよう
・卒業から始まる どもりとの一生のおつきあい
・ていねいに 真剣にかかわる 劇の練習
・丘の上から 遠くへ 声を届ける「オーイ!」
・涙する 卒業生の語りは すばらしい
・ねむれない だって もっと話したい
・晴れ舞台 母さん 父さん みてるかな
・ひとりじゃない 仲間ができる サマーキャンプ
・不思議だな どもり気にせず 話すわが子
・へーそうなん みんなのエピソード どもトーク
・みんなが 主役になれる サマーキャンプ
・向き合って 一生懸命 作文教室
・めいいっぱい 語って向き合う 2泊3日
・練習を重ねたセリフ どもっていいから 安心や
劇「王様を見たネコ」の「ネコです」
1日目の夜にスタッフの劇の発表があります。サマーキャンプで子どもたちが練習する劇を紹介する大事な時間です。その劇は、スタッフが事前に1泊2日の合宿をして練習します。演出家の竹内敏晴さんが脚本を書き、これまで2日間びっしりとレッスンをして演出して下さっていました。竹内さんが亡くなってからは、大学院生時代から参加し、今は東京学芸大学の教員の渡辺貴裕さんが指導して下さっています。
私は長年、サマーキャンプに参加しながらもその練習に、なかなか参加する勇気がありませんでした。演じたり歌ったりすることが苦手で、避けてきたのです。私はどもりませんし、教師です。なのに、人前で話すことが苦手です。楽しそうに子どもたちの前で演じるスタッフをうらやましく思っていましたので、ある年、勇気をだして練習に参加し、竹内レッスンを受けました。
緊張と苦手意識が強く、かなりの疲労がありましたが、劇を丁寧に作り上げていく竹内さんの思いが伝わってきて、劇に参加することが楽しくなってきました。その後、渡辺さんが演出して下さる練習にも参加しています。
今回の劇では主役の「ネコ」を演じました。以前「モモ」のお話で主役の「モモ」を演じた時は、セリフは少なかったのですが一向に覚えられず、当日も台本を持ってセリフを読んでいました。今回は、役の思いやセリフに気持ちが入り、セリフも自然と覚えていました。年齢を重ね、うまくなくてもいい、自分が楽しもうという部分がずうずうしく大きくなったのかもしれません。楽しく練習し、演じることができました。
渡辺さんの演出や練習には劇を楽しむ要素がたくさんあります。今年初めて私は、まとめる係をやらせてもらい、渡辺さんに教えてもらったいろいろな声だしの練習をしました。特に「ライオンとぞう」は、何度もやりました。グループの子どもたちがライオン組とぞう組に分かれて肩を組みます。向かい合って「ライオンだ! ライオンだ!」と肩を組んでぞう組に向かっていきます。「ぞうだ! ぞうだ!」とぞう組もライオン組に向かっていきます。お互いの声のかけ合いをしながら、声を相手に届ける練習です。子どもたちの声が、どんどん、大きく、伸びやかになっていきます。
また、童謡を歌って動きをつけるのも、とても楽しく、これらの遊びを通して相手に声を届けながら、劇を楽しめるようにしました。今回、私が演じた「ネコ」は一人で歌を歌うところがありました。カラオケでも歌えないほど、歌うのが苦手な私が、劇の中で歌えたのは自分でも驚きでした。子どもたちとの練習でもセリフや歌を楽しめました。これからは、カラオケもマイクを持って歌えそうな気がします。
子どもたちの話し合い
サマーキャンプでは、学年ごとの話し合いが2回あります。話し合いは、子どもたちの話したいことや聞きたいことを中心にそれぞれの語りを大事にしています。私は普段、ことばの教室のグループ学習の中で話し合いをしていますが、お互い知り合っている子どもたちです。サマーキャンプは、初めて出会った子どもたちの中ですが、どんどん自分のことを語ります。知らない人の前で話すのは、大人でも難しいことでしょうが、子どもたちは自分の経験や思いを率直に話してくれます。どもっても、何を話しても受け入れてもらえるとの安心感があるからでしょう。
「どもり」を大きなテーマとして、現在、困っていることや、将来の不安などが話題にあがります。子どもはどもり始めた時から「何か変だ」「話しにくい」と感じている子がほとんどです。まわりの大人がそのことにしっかり向き合わなくては、子どもたちの話すことへの劣等感は大きくなってしまいます。ですから、サマーキャンプでは普段話せない、話していない、どもりについてたくさん話せる場所だということに、子どもたちは喜びを感じているのかもしれません。
私は話し合いをする時には「何かアドバイスをしよう」という感じではなく、子どもに教えてもらうつもりで話を聞きます。自分のどもりについて、子どもたちが一番知っているからです。
ある人に「渡邉さんは、どもるわけではないのに、なんでこんなにどもることについて一生懸命なんですか」と聞かれたことがあります。私もなぜだかわからないのですが、子どもたちが自分のことを一生懸命に考え語る姿に感動しているからだと思います。教師は、子どもを教える立場だと思っていましたが、実は子どもに教えられているとわかってから、子どもを尊敬できるようになりました。また、吃音について伊藤伸二さんの話を聞いた時、それは「生きる」ことの話であり、私にも当てはまることであり、私が学びたいことだと思ったからでした。子どもたちが自分らしさをさがしたり、生きる見通しを立てたりしていることに、感動したからです。
サマキャン最終日:親たちのパフォーマンス
子どもたちが最後の劇の練習をしている時間に、親たちは劇の上演の前座としてのパフォーマンス練習があります。工藤直子さんの「のはらうた」という動物や虫などが出てくる詩の朗読ですが、歌や踊り、からだを使って表現します。一度だけ練習しているところを見に行ったことがあります。グループに分かれてアイデアを出し合って、子ども時代に帰ったように、楽しそうに練習していました。本番は、普段の生活では見られないようなお父さんやお母さんの様子に、子どもたちも大喜びです。狭い発表スペースを最大限利用して動き回って、表情豊かに演じます。親は子どもの発表をみることは多いですが、子どもが親の発表を観るというのはなかなかないことです。
サマキャン最終日:子どもたちの劇の発表
劇の練習は3回しかないのですが、多くの子どもたちはセリフを覚えようとします。どの子も自分のやりたい役を選んで演じます。練習中にセリフを足したり、演出を考えたりする子もいて、スタッフの劇とはまた違ったおもしろさがあります。サマーキャンプの劇では、どんなにどもってもみんながセリフを待っている安心した雰囲気があります。話し合いで普段の学校では「あまりしゃべらない」とか「セリフのある役はしない」と言っていた子も、ここでは堂々と役を演じています。サマーキャンプは、「したくないことは無理にしなくてもいい」という暗黙の了解があります。その中で、やりたい役をやりたいように演じています。
11年前のサマーキャンプに、小学校1年生の幹大君が大阪から参加していました。虫捕りが大好きで、緑豊かな荒神山を走り回っていました。劇の練習もあまり参加しないでとにかく走り回っていました。私たちは、その様子を見守っていましたが、最後の練習では「セリフは言いたくない」と言っていたので、私たちのグループの最後に拍子木で終わりの合図をする役をやることに決まりました。いよいよ本番、参加者が全員集まり、劇の発表が始まりました。なのに、私の隣に座っていた幹大君がいなくなりました。大勢に囲まれるように座っていて、緊張したのかもしれません。トイレに行くと言って、外に出て、丘の方に行ってしまいました。やりたくないことは、無理にはしなくていいと思い、大人が代わりに拍子木を打とうとした瞬間に、幹大君は帰ってきました。「カン」と、幹大君の合図で、私たちのグループの発表が終わりました。
その幹大君と今回、また同じグループになり、その昔話をしました。高校3年生になった幹大君は、私よりも大きく声も低く大人になっているのですが、表情にはあの時の面影が残っています。「その話はやめてくださいよ」と笑いながら、恥ずかしそうにしていました。
サマキャン最終日:卒業式
今年、その幹大君を含め、5人の卒業式がありました。サマーキャンプに3回以上参加した高校3年生が、卒業式で卒業証書をもらうことができます。溝口稚佳子さんが、ひとりひとりの子どものこれまでのキャンプでの様子を振り返っで、未来への応援のメッセージを卒業証書に書きます。その文が読み上げられ、手渡される時間はとてもあたたかいお祝いの雰囲気になります。見ている子どもたちは、あんなふうに自分も卒業証書をもらいたいと思い、親たちも我が子のその姿を見たいと思うことでしょう。
卒業証書をもらった子どもたちは、サマーキャンプを振り返ります。出会った人、考えたこと、変化してきた自分のこと、そして、これからの人生を語ります。そういう話をしなさいと言ったわけではないのですが、代々の卒業生が語ってきたことを見本とし、子どもたちは語る文化を受け継いでいます。この子が、ここまで語るようになったのかと、成長した姿に驚くばかりです。
卒業式が始まったのは、小学4年生の時から毎年欠かさず参加してきた政毅君が高校3年生の時だったと思います。政毅君と同じ年代の子たちは、話し合いの時間だけでは足りないくらいずっと真剣に話し合いをしていました。寝る間を惜しんで話していることもありました。彼らは、毎年、話し合いを大事にしてきました。そして、参加者の仲間作りを率先して行ってくれました。小さい子のお世話をし、遊んでくれました。
中高生などの思春期に、小さい子とのかかわりや仲間作りなどを率先して行動できることは珍しいことだと思います。サマーキャンプでは、その伝統が受け継がれています。政毅君が卒業する時、自分のことを語ったことは今に引き継がれています。また、その学年の一つ下に千葉から私と高瀬さんが連れてきていた陽菜さんが、政毅君たち卒業生に送別のことばを伝えました。
「私は、高校生のお兄さん、お姉さんの話し合いのグループに入れてもらった時、自分のことをこのようにことばで表現すればいいのだと、語る見本を見せてもらいました。私が学んだことは、今度は、後輩に伝えていきたいと思います」
陽菜さんの先輩に対する思いや尊敬のことばを聞いて、私たちはことばの教室の担当者なのか親なのかわからない、なんとも言いようのない、子どもの成長を喜ぶ気持ちになりました。次の年の陽菜さん自身の卒業式では、陽菜さんの語りに高瀬さんと号泣したことを思い出しました。
私にとってのサマキャン
吃音親子サマーキャンプを「サマキャン」と呼んだのが陽菜さんでした。それから私は、サマキヤンということばを言いながら陽菜さんや政毅君たちなど多くの卒業生や参加者との時間を思い出していました。
ことばの教室で出会うどもる子たちやその親たちに、私は、どもっていてもがんばっている人がいると、自信をもって言えます。それは、サマーキャンプでたくさんのどもる人たちと出会ったからです。「先生はどもってないから、どもる人の気持ちがわからない」とことばの教室で言われた時、どもりのことを本や研修会で学んだだけなら、こんなに自信をもって、「吃音と共に生きることができる」と言うことはできないでしょう。
今でもわからないことばかりですが、一緒に学べる仲間がサマーキャンプにいます。そして、みんながみんなのために毎年のサマーキャンプを作ることが楽しみでもあり、その一員であることが誇りであり、うれしいです。
おわりに
私は、勉強も運動も普通程度にしかできません。特別にできることもないし、興味もこれというものはありませんでした。小学校の教師は、全ての教科を教える中で得意教科をもって、研究をしていきます。教師になった時、どの教科がいいのか決められず、いろいろな教科の研究会に行きました。でも、どれもしっくりこないまま年月が過ぎていきました。そんな時に、ことばの教室の担当になり、勉強の方向性が決まりました。
子どもたちのことについて真剣に話し合ったり、教材研究をしたり、同僚だった八重樫さんや高瀬さんと本当に楽しい時間を過ごしてきました。また、2人とは苦しい時間も過ごしました。どもる子どもの話し方の流暢性にこだわる、ことばの教室の担当の先輩の先生に抵抗し、どもりながらでも話したいことを話している子どもを大事にし、それが正しいと信念を貫いてきました。
何度もつぶされそうになった時、伊藤伸二さんや多くの仲間に支えられて、ここまで、私たちは信念を貫くことができました。
最近、話し方の流暢性にこだわる動きが強まってきた中で、これまで通り私たちは、子どもたちの語りを大事にし、自分らしく生きることができる、しなやかな心を育てていきたいと思います。私も仲間に助けてもらいながらことばの教室の担当として、人として成長させてもらいました。これからも、まだまだ成長していきたいと思っています。多くの出会いに感謝し、これからも吃音親子サマーキャンプに参加していきたいと思います。(了)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/02/16

