非戦の覚悟
吃音との非戦、治療・改善する派の人たちとの非戦、今日、紹介する「スタタリング・ナウ」2014.11.22 NO.243の巻頭言を読んで、僕たちは僕たちの信じる道を行くだけだと、その思いを新たにしています。
先日の大阪吃音教室に、20年ぶりに参加した人がいます。職員30人ほどの前での朝礼の司会が一ヶ月に一度程度あるらしいのですが、「おはようございます」から始まるその司会がうまくできないので、二、三日前から「ブルーな気持ち」になるのが嫌だと、近況報告をしました。僕たちの仲間は、彼の話を理解しようといろいろと質問しました。うまくできないと自分では思っているけれど、これまでなんとかしのいできているのでは? 僕たちはどもる人間なのだから、すらすらと司会ができないのはある意味当然なのでは? 確かに、気分の悪いことだけれど、「その時は、どもって言えなかったんだから、しょうがない」と思うしかないのでは? 僕は、ひとつの経験は、ひとつの経験として、「嫌だった」程度に止めておいた方がいいと思います。何度も思い返して嫌な気持ちをずっと引きずるのは損だと思うのです。
彼が来なかった20年の間、彼にもおそらくいろいろなことがあったでしょう。どもって嫌な思いをしたという、吃音に悩む物語だけでなく、なんとかサバイバルして切り抜けたという、吃音とともに生きる物語もあったはずです。そちらの方にスポットを当ててみると、全く違う景色が見えてくるのではないでしょうか。話しているうちに、彼も、嫌な思いをしたのはごく一部のことで、その他のことに目を向けることの大切さに気づいたようです。
僕たちは、吃音肯定の物語を、機嫌良く語っていきたいものです。(「スタタリング・ナウ」2014.11.22 NO.243 より)
非戦の覚悟
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
10月半ばから始まった今年の私のキャンプロードは、第13回の静岡、第12回の岡山、第16回の島根と続き、11月15・16日、第6回の群馬で終わった。たくさんのどもる子ども、保護者、ことばの教室の教師と、どもりについて語り合った時間は、私にまた大きな生きる力を与えてくれた。
最終の群馬キャンプで、私は、講演で初めて自らが起草文を書いた「吃音者宣言」を読んだ。これまで読むこともなく、読む必要もなかった宣言文を今回読んだことには、理由がある。
1965年夏から始まった私の、どもりと向き合い、どもりと共に歩み始めた旅は、学童期・思春期の苦悩の物語からの脱却にあった。東京正生学院で「どもりを治す、改善する」努力をしたが、300人全員が治らなかった。この現実に向き合い、吃音と闘うことの無意味さを知ったことで、私は吃音と闘うことをやめた。治らなかった現実に向き合っても、何度も治療所を訪れたり、違う治療法を模索する人が多い中で、なぜ私は、一度の失敗経験で、治すことをあきらめられたのか。いくつもの理由が浮かんだが、どれもしっくりこなかった。ナラティヴ・アプローチに出会ったとき、「吃音否定の物語」を「吃音肯定の物語」に変えることができたからというのも一因だと気づいた。
吃音に悩んで治療に来た人は、吃音に悩む物語だけでなく、吃音と共に生きる物語も持っていた。地元に帰れば、それぞれが社会人として立派に生活していたのだ。会社の社長、僧侶、学校の教師など、話すことの多い仕事に就いている人もいた。悩んでいても、それぞれが社会人として、それなりに豊かに生きていることを知ったことで、私は吃音と共に生きる希望を見出したのだ。
1965年秋、どもる人のセルフヘルプグループを創立し、多くの人々と、吃音について、吃音から影響を受けた人生について対話を続け、ひとつの結論に達した。吃音を否定し、治さなければならないと考え、治す努力を続けていると、いつまでも吃音の影響から解放されない。そう確信した私たちは、10年の年月と、大勢のどもる人々の体験を整理し、「吃音と共に豊かに楽しく生きていくことができる」との肯定的な物語を作り、文章化した。それが「吃音者宣言」だ。
以来38年、様々な領域から学び、活動を通して、吃音肯定の物語を豊かな、確実なものにしてきた。
ところが、2013年7月、北海道の看護師が、吃音に悩んで自ら死を選んだことがきっかけになったのだろうか。吃音は苦しくて辛いものだということを社会に理解してもらいたいとの当事者の願いと、どもっていては有意義な人生は送れない、少しでも吃音の症状を軽減すべきだとの、治療する側とが一体となって、改善する動きが強まってきた。
人類は、紀元前の時代から、吃音との闘いに敗れてきた。しかし、闘うのではなく、仲良くすることで共存する知恵も育んできた。精神医療の世界の、病気や障害の当事者が、人生の主人公になり、当事者研究する動きや、リカバリーの概念が急速に広がっている時代にあって、それに逆行するかのような、治す・改善すべきの声が、吃音の世界にだけ起こることが不思議でならない。
「吃音と共に豊かに生きる」物語を私たちは語り続けてきたが、当事者の側から、「どもる人は治療され、援助されなければならない、弱い存在」としての物語が復活した。そこで、群馬での講演で、これまでの歴史を紹介し、吃音者宣言を読み上げたのだ。この動きに、べてるの家の向谷地生良さんが、「治す・改善する派と闘うのではなく、機嫌良く自分たちの信じた道を進めばいいんじゃないの」と言って下さったことばを思い出す。
どもりと闘うことの無意味さと弊害を知っている私たちは、どもりとの非戦を宣言したように、治す・改善する立場の人たちとも、非戦を貫きたい。吃音を改善すべきだとする人にも、その人なりの理由や背景があるのだろうと、その存在は認めざるを得ない。私たちは、ことば文学賞などを通して、淡々と、私たちの体験を発信し続けるしかない。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/02/10

