吃音サバイバル 伊藤伸二・吃音ワークショップin東京 2

 昨日のつづきです。誰かが出した話題が、深く、そして広く広がっていくのを感じます。その場にいる参加者ひとりひとりが、場を支え、豊かなものにしているということでしょう。

《伊藤伸二・吃音ワークショップin東京》
  吃音サバイバル          東京都北区 北とぴあ
                   2014.1.12 10:00~17:00

〈休憩〉

自分の名前や、会社の名前が言えない

田中 言い換えのできないことばを言わないといけないときの対処について、考えたいです。特に、自己紹介で自分の名前や、職場の電話で会社の名前が言えないとき、とても困ります。
伊藤 このような時、どもる僕たちが、どうサバイバルしていくかということですが、実際に相談を受けた、電話のオペレーターの仕事をしている人の体験を紹介します。
 その前に皆さんで少し考えてみましょう。田中さんは、どもるどもらないよりその仕事が好きで就職しました。入社してずっと言えていたのに、最近自分の名前が急に言えなくなってきた。電話がかかってくると、「はい、田中です」と必ず言わなければならない。一日何百本とかかってくる電話に、毎回自分の名前が言えないことは大変です。さて、どうするか。できるだけ奇想天外な選択肢を出して下さい。あり得ないような考えを思いつくことが大切です。どうぞ。

廣田 「はい、すみません」と名前の前につける。
鈴木 一音でも何か言いやすいことばをつける。
溝上 「どもって出ないので、ちょっと待って下さいね」と言う。止まっているよりいい。
松平 「はい」と言って一呼吸する。
樋口 名字ではなく、下の名前を言う。
坂本 紙に書きながら、ゆっくり言う。
西館 歌うように言う。
田中 まちがって、言いやすい名前を言う。

伊藤 はい、いろいろと出ました。僕が相談を受けた、自分の名前や会社名が言えないという人は、それさえ出れば、あとの業務内容については、勉強もしているので、なんとかこなせる人が多いです。なのに、最初の名前が言えないことで、電話応対や自己紹介が、すべてダメだと考えてしまうところに問題があります。僕は、後の応対ができているのなら、自分の名前や会社名をちゃんと言うことに重きを置かない方がいいと思います。どもらない人なら、空気でも吸うように、自然に当たり前にできていることに、価値を置くことはっまらないです。誰もが普通にできることができないという悔しさや苦しみはあるでしょうが、どもる僕たちは、できないことはできないと認め、自分なりの仕方で、サバイバルするしかありません。基本的に、皆さんがとても重要だと考えている「名前を言うこと」の「名前」は、単なる符号で、はっきりと言わなければならないことではないと考えることが僕は大事だと思います。会社にかかってくる電話は、一度きりの人からかもしれない。それなら、斎藤でも後藤でも、伊藤でも別にかまわないはずです。会社の名前はそうはいかないでしょうが、それでも、言いやすい、適当なことばを前につけるなどして、サバイバルしていくしかない。よくかかってくる得意先なら、自分がどもることを言っておけばいい。
 相談を受けた電話オペーレーターの場合は、不特定多数の知らない人からの電話がほとんどで、今後同じ人からかかる可能性のない電話です。そこで、彼は上司に、「田中はどうしても言えないが、横田なら言えるので、これから受ける電話すべて横田で受けてもいいですか」と、自分の吃音について説明した上で、了解を得ました。会社にとっても、電話をした人にとっても、「田中」でも「横田」でも、どっちでもいいのです。職場では「横田」で通すことにして、彼の、名前が言えない悩みや苦労は解消しました。
 電話に限らず、どもる人の悩みは、誰でもができる簡単な、それも重要でもないことが言えないことが多いようです。高校生がアルバイトの接客業で、「ありがとうございます」が言えなくて悩みます。これまでの吃音治療法、言語訓練で言えるようになればいいですが、それは難しい。だとすれば、どんな手を使ってでもサバイバルする必要があります。「あ」が出なければ、「りがとうございます」で十分伝わります。一音一音をきちんと言おうとせず、前に何か言いやすい音やことばをっける。どうせつけるなら、かっこいいものを考える。決まり切ったことを言わなければいけないと思うことはありません。
 また、日本語ほど文法にしばりが少ない言語はありません。「私はあなたが好きです」なら、「あなたが好きです私は」でも「好きです私はあなたを」でもいい。主語を抜いても入れてもいい。
 日本語は語彙が豊富です。言いにくい時は、ことばを言い換えてもいい。言いにくい音で始まるときは、言いやすい音を入れてもいい。どんな手をつかっても、相手に向き合い、相手に伝えていくことです。人間関係から逃げないことが大事だと思います。どもりを治すためではなく、僕たちはどもらない人以上に、発音・発声のメンテナンスはしてもいいと思います。ここで、僕たちが竹内敏晴さんから学んだ、日本語のレッスンをしましょう。

―『親、教師、言語聴覚士が使える吃音ワークブック』(解放出版社)の第7章「仮面のことばではなく、自分のことばを育てる」を使って、日本語のレッスンに取り組む。日本語の発音・発声の基本の、①母音の息の流れ②一音一拍③子音と母音を同時に言うを実際に経験した。
 「津軽海峡冬景色」をひとりひとり一節ずつ歌ったり、唱歌「真っ赤な秋」を読んだり、歌ったり、声を出す楽しさ、喜びを体験した―

最後の感想

田谷 発音の仕方に興味を持っていました。一人ずつ歌って、実践できたことが楽しかったです。
西館 みんなの話や伊藤さんの話は参考になりました。今までは、どもるのが嫌で、あまり人と話そうとしなかったけど、これからは話そうと思いました。司法書士に挑戦したいと思います。
田中 治そう、治るだろうという考え方と、どもってもいいから話そうの違いがよく分かりました。自分は話すことが好きだったんだと分かりました。
坂本 ほとんど初めて会った人なのに、6~7時間もしゃべりました。テーマが吃音だったということなのだろうと思います。楽しかったです。
樋口 楽しかったです。しなくてもいい苦労をしていると思いました。
松平 1年ぶりに、吃音にどっぷりとっかった時間は充実していました。気持ちのいい整理ができました。
溝上 話すことから逃げていた時代があって、今は話せるようになりました。今後は、分かりやすく話すこと、声やことばのことを考えていこうと思います。
田中 自分はひとりじゃないということは、力になりました。接客もいいけれど、ことばの教室の話を聞いて、自分もしたいと思いました。
鈴木 私の区にはことばの教室に来る子が100人くらいいて、そのうちどもる子は、20~30人くらい。私は初任なので受け持っているのは、ひとりだけですが、吃音にとても興味がわいたので、どもる子どもと、どんどん関わっていきたいです。子どもと、楽しい環境を作りたいと思いました。
廣田 自分以外のどもる人に会うことが恐かったんです。申し込んだけど、後から仕事が入ってしまい、キャンセルできると思ってほっとしました。キャンセルのメールをしたら、伊藤さんから、仕事を代わってもらってでも参加したらと言われて、迷ったけれど、参加しました。ほかの人の話が聞けてよかったです。言いにくいことばから逃げたり隠したりする自分がいるけれど、参加したことが大きな一歩と考えたいと思います。
木村(言語聴覚士) 言語聴覚士としてだけでなく、どう生きるかで勉強になり、自分が救われました。今は言えないが、自分も、吃音ではないが、問題を持っているので、それを考えるきっかけになりました。
梶田 どもりを抱えながら生きているからこそ見い出すこと、作り出すことができることがあるかもしれないと思えました。それらをみつけられるようにがんばりたいです。

伊藤 10時からあっというまに時間が過ぎてしまいました。皆さんの初めの固い表情が、随分やわらかくなりましたね。人は語ることが好きなんだなと改めて思いました。そして、人間っていいなあと思いました。
 音痴の人が歌っている姿が素敵だという話がありましたが、似たことをオランダでの世界大会でも思いました。大会会長や事務局長が堂々とどもっていて、これまでの世界大会のイメージが変わりました。治らない、治せないという現実は世界でも変わりません。どもりを認めないと、楽しく、豊かに生きることはできないと思います。オランダでの世界大会のとき、実行委員のつけている、缶バッジには、「I stutter.So What?」(私はどもるが、それが何か問題でも?)とありました。
吃音は、紀元前300年の、デモステネスの時代からの人間を悩ませてきたけれど、一方で、豊かに生きることにつながったという物語がたくさんあります。吃音は、治すべきものとだけ考えず、生活習慣病とどうつき合うか考えるように、僕たちは吃音とつきあいたい。歴史が繰り返されて、「吃音を治す・改善する」の大きな流れがまた押し寄せてきています。私たちは、世界大会の缶バッジのように、どもっていて何が悪い?と考えています。今日、そのように考える仲間と出会って、話し合い、互いに元気が出てきました。世間は、治さなければいけない、治すべきだという状況ですが、その中で、どもっていていい、どもって生きていこうという文化をつくりあげたいと思います。
 吃音をどのように治療し、改善するかの話し合いだったら、こんなに楽しく、豊かな話し合いにはならなかったと思います。(了)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/01/27

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