当事者と臨床家
吃音に深く悩み、吃音を否定し続けたことで、人生に大きなマイナスの影響を受けた僕は、治らない、治せない事実を認めないと、より良く生きていくことができませんでした。他のどもる人も同じでしょう。親も、子どもの幸せを願えば、吃音を否定し続けたら、子どもを否定することにつながりかねないと話すと、当初「治してあげたい」と強く思っていた親も変わっていきます。吃音親子サマーキャンプに参加する親たちは、そんなふうに変わっていきました。 ところが、臨床家は「治せない、治らない」ものに対して、それでも治る、少しでも軽減させると考えてがんばっても、自分の人生に何の損失もありません。治すことが、その人の幸せにつながると思い込めば、少しでも、吃音の症状といわれるものを軽減させることが、臨床家の誠意、責任だと考えてしまいます。やっかいなのは、それが善意から出発していることです。 治らない、治せない事実を認めることは、臨床家として、専門家としての敗北だと考えてしまうのでしょうか。敗北ではなく、そこから出発し、臨床家、専門家として、できること、してほしいこと、しなければならないことは、山ほどあります。そういう臨床家、専門家を、僕たちは待っているのです。今日は、「スタタリング・ナウ」2014.5.20 NO.237 より、まず巻頭言を紹介します。
当事者と臨床家
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
「治せない、治らない、吃音に対して、当事者、親、臨床家の三者のうち誰が一番その事実を認めにくいと思うか」
大学や専門学校での講義や講演などで、私が時々する質問だ。今、続いているいくつかの言語聴覚士の専門学校での講義でこの質問をすると、当事者や親だと思うと答える学生が多い。その一方で、「吃音は治そうとするものではなく、どもる当事者が、どもる事実を認め、吃音と向き合い、吃音とともに生きる道筋に立つまでが、臨床家の役割だと考える」という私の主張に抵抗を示す学生もいる。
専門学校の今年のこれまでの講義で、ひとりの学生がふりかえりのレポートにこう書いた。
「言語に関する学術的な知識と、臨床経験から裏打ちされた手法を使って、言語聴覚士として働こうと、この学校で学んできた者として、伊藤さんの主張は受け入れがたい。そもそも、今学んでいる手法も、私は本当には理解していないままに詰め込んでいる状態なので、それらが経験と合わさって、本当に理解するにはもう少し時間がかかると思う。伊藤さんの言われることを、今すぐ理解するのはとても難しいと思いました」
言語聴覚士の専門学校で15年ほど講義をしてきているが、その年その年でずいぶんと私の講義の受け止め方が違う。圧倒的に受け入れられて、有頂天になったり、厳しい批判や抵抗に落ち込んだりしながら続けてきた。すべての学生に受け入れられると考えるには無理があることは、百も承知しているのだが、最後まで抵抗する学生には、正直疲れてしまうことがある。それでも今日まで、気持ちよく講義をし続けてきたのは、「吃音に対する考えが180度変わった」「臨床に出る前に、伊藤さんの考えに出会えてよかった」と、感想を書いてくれる学生が多く、その人たちに支えられてきたからだ。
吃音の世界では極めて少数派の意見を、私が発信し続けなければ、「吃音を治す、軽減する」一色の取り組みになってしまうことを恐れているからだ。学生達の確かな手応えを励みに、これまで講義してきたのだった。仮に、大勢から受け入れられなくても、「英国王のスピーチ」のジョージ6世のように、「I have a voice」だからだ。
吃音に深く悩み、吃音を否定し続けたことで、人生に大きな損失を実際に被った当事者は、治らない、治せない事実を認めないと、より良く生きていけない。親も、子どもの幸せを願えば、吃音を否定し続けたら、子どもを否定することにつながりかねない。当初「治してあげたい」と強く思っていた親も変わっていく。ところが、臨床家は「治せない、治らない」ものに対して、それでも治る、少しでも軽減させるとがんばっても、自分の人生に何の損失もない。その人の幸せにつながると思い込めば、少しでも、吃音の症状といわれるものを軽減させることが、臨床家の誠意、責任だと考えてしまう。治らない、治せない事実を認めることは、臨床家として、専門家としての敗北だと考えてしまうのだろうか。
以前紹介したカナダのアルバータ大学の吃音治療施設「アイスター」などの言語病理学は、いつになったら、その事実を受け止めて、吃音を生きる支援が、言語聴覚士の役割だとの考えに到達するのだろうか。私が、吃音に向き合い始めて50年になるが、その当時と治療法が全く変わっていないことを考えれば、さらに50年は必要とするのだろうか。「治せない、治らない」事実を認めるのが一番難しいのは、臨床家、専門家なのだ。
その中で、「吃音を意識し始めたときから、どもる人は、吃音とともに生きていくことができることを約束されている。そう、基本設定されている」との、前号の主張を、そのまま言語聴覚士の専門学校の学生に提示したら、どのような反応が返ってくるだろう。専門家として、何もすることがないということか、と考えてしまうかもしれない。
金子書房発行の4冊、「当事者研究」「認知行動療法」「アサーティヴ・トレーニング」「論理療法」などを、どもる当事者と共に取り組む友人であってほしいと願っているのだが。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/01/16

