今年のしめくくりは、大阪吃音教室の忘年会
2025年12月21日(日)、毎週金曜日の大阪吃音教室の会場近くのフレンチレストランで、大阪吃音教室の2025年の忘年会がありました。これまでの忘年会は、土曜日の夜に開催していましたが、今年初めてランチ忘年会となりました。
このフレンチレストランは、障害のある人も共に働いているところで、何度かランチをいただいたことがありますが、大阪吃音教室の忘年会にふさわしいところだなあと思っていました。食事もおいしいし、広さもちょうどいいし、何より長時間の使用を許してもらえるという会場でした。細かい打ち合わせは、会長の東野さんと青名さんがしてくれて、僕たちは、当日、出かけるだけでした。
参加は、子ども2人を含む24人。金曜日の常連もいれば、久しぶりの人もいます。4つのテーブルに分かれて座りました。バイキング形式ではないので、落ち着いて食事を楽しみました。青名さんの司会で、忘年会が始まりました。恒例のひとりひとりのスピーチ、覚えているものだけですが、紹介します。
・母親の介護の中で、吃音教室の講座で学んだプラスのストロークについて実践している。・自分の名前が言いにくいので結婚したときに妻の姓にしたが、旧姓使用の話が出てきたり、親戚から、○○家の姓を継いでほしいという話が出たりして、心穏やかでない。
・来年、担当する講座の予告編。ぜひ、参加を。
・職を変え、時間的にも金銭的にも、少し余裕が出てきたので、体力づくりをしている。
・30年前に吃音教室と出会い、今、76歳になった。今まだ現役で働いている。詩吟は続けている。
・会に参加するようになって37年。人生の半分をここにいるみんなと一緒に過ごしている。まさに、我が人生は、吃音人生だと思う。
・会社で、マイナスのストロークをもらうことがあるが、学んだことを活かして、交流分析のAを働かせようとしている。
・今年は仕事が忙しく、なかなか参加できなかった。来年は参加したい。妻が「新生」の紙面のイラストを描いてくれている。吃音への理解が深まったようだ。
・息子のこと、親父のこと、家を買うことになったことなど、いろいろあった一年だった。ほかのグループに参加することもあるが、自分の問題が解決すれば、参加しなくなるのがほとんどなのに、大阪吃音教室はそうではない。これが他のグループとの大きな違い。自分の問題が解決しても、参加し学び続けていること、会の運営や持続に関わり続けていることがすごい。
・普段、なかなか参加できず、縁遠くなってしまったが、忘年会に誘ってもらってうれしかった。
・直接吃音とは関係ないが、この場は、深い対話が存在していることに惹かれて参加している。病気の夫とも、一瞬一瞬を深く楽しみたい。
・定年後の身の振り方を考えた。自分にとって大事な場所として、地域の自治会活動、仕事仲間の同期会、そして大阪吃音教室の3つがある。
・しんどくて落ち込んだとき、吃音教室で学んだことを実践した。一日の終わりに、「今日よかったこと」を3つ書き挙げることを続けてみた。最初はなかなか3つがみつからなかったが、続けていくうちにできるようになり、気づいたら、しんどさが消え、元気になっていた。
・大阪吃音教室と出会って35年くらいになる。まだ現役で働いている。健康が一番。
・「なんとかなる」を強く感じた一年だった。吃音親子サマーキャンプの会場の食堂閉鎖も、みんなの力で乗り切った。今回、「スタタリング・ナウ」でサマーキャンプの報告をしたが、「サマーキャンプは、つづく」というタイトルをつけた。いつまで続けられるかわからないが、できる限り続けていきたい。ゆるやかなつながりのこの場が好きだから、続けられそうだ。
・脊柱管狭窄症で3回も手術した。「痛」の一年だった。吃音・流暢性学会で、薬物療法が取り上げられたと聞いて、まだまだがんばらなくてはいけないと痛感した。
など、近況報告や、大阪吃音教室で学んだことを日常生活に生かしている話がたくさん出ました。
また、スピーチの合間に、余興も飛び出しました。東野さんが「外郎売り」、木下さんが詩吟、相埜さんがバイオリン、と大阪の忘年会に華やかさが増しました。
11:30に始まった忘年会は、終了予定の14:30を過ぎてしまい、あわてて会場を出ました。一年の最後、いい仲間といい時間を、今年も過ごせたこと、幸せでした。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/12/28





