千葉吃音三昧の日 柏で、東葛飾地区難聴・言語障害研究部会研修会 ~「吃音は治らない、治せない」と覚悟を決めてからの臨床~
千葉吃音三昧の日々のラストは、柏市での研修会でした。令和7年度の第2回東葛飾地区難聴・言語障害研究部会研修会に呼んでいただきました。千葉の吃音キャンプや、親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会などに参加して、「伊藤さんの追っかけをしています」と自己紹介し、伊藤の考え方を千葉の仲間になんとか伝えたいと努力している礒谷淳子さんが、僕を講師にと尽力してくれて実現しました。千葉県は広いので、千葉市内でのイベントにはなかなか参加できないとのことで、僕が出向く形になりました。
会場は、アミュゼ柏でした。参加者は、100人近くで、会場に着くと、準備の段階からお世話になっていた鷹取直子さんが待っていてくれました。
いつものように、たくさんの資料を用意しました。話したいことが多くて、講演時間の2時間では到底話せないことは目に見えています。そこで、話せなかったことは、資料で補ってもらうとして、一応パワーポイントのスライドも前半と後半を用意しましたが、前半だけに留めました。僕の体験と、そこから考えてきた吃音哲学と、吃音は治らないのだから治そうとしないでほしいということを伝えることができたらそれでいい、と最初から決めての講演でした。ここでは、お話ししたことのいくつかを簡単にまとめて紹介します。
◎導入は、国立特別支援教育総合研究所でのオンライン講義の話からはじめましたが、僕自身の体験から、どもる症状を治そう、改善しようという取り組みからは、どもる子どもやどもる人の幸せにはつながらないことを伝えたいと思っていること、今、81歳の僕は、1965年、21歳のときにV字快復をしてその後、60年間幸せに生きてきたことを話せることをうれしくありがたく思っていると、まず話しました。
◎Ⅲ期に分かれる僕の人生をエピソードとともに簡単に話しました。僕の話を聞くのが初めてという人も少なからずおられるようなので、これは欠かせません。
Ⅰ期…どもっていたけれど、どもりを気にせず、明るく元気で活発に生活していた。
Ⅱ期…一つ目の転機は、小2の学芸会。担任の配慮だったのだろうが、せりふのある役をさせてもらえないことから、吃音に強い劣等感を持ち、吃音をネガティヴにとらえる考え方を身につけてしまった。これは、やさしさ暴力と言える。不本意な生活は、21歳まで続いた。
Ⅲ期…二つ目の転機は、どもりを治すために行った東京正生学院での奇跡。吃音は治らないという事実に直面し、どもって生きていく覚悟を決めた。初恋の人との出会い、仲間との出会いで、どもっていても聞いてもらえる経験をし、どもれない身体からどもれる身体になった。その後、どもる人のセルフヘルプグループを作り、世界で初めてのどもる人の世界大会を開催し、どもる子どもたちのために吃音親子サマーキャンプを開催し、臨床家とともに吃音の取り組みを探る吃音講習会を開催するなど、吃音とともに豊かに生きる取り組みを続けて、現在に至る。
◎この僕の体験から、東京正生学院で僕がそうなったように、ことばの教室で、どもる子どもがどもれるようになってほしいと思います。どもり慣れというか、どもってしゃべるのが僕のしゃべり方なんだと思える子どもになってほしいのです。
また、僕は、リーダーになったおかげで、いろいろな力がつきました。ことばの教室でも、どもる子どもがクラスや学校で、いろいろな世話役をすることを後押ししてほしいのです。リーダーになることで、話す力、書く力、みんなの意見を聞く力、まとめていく力、粘り強く取り組む力など、たくさんの力が私にはつきました。
◎吃音は治りません。今後、医学、科学が発展しても、おそらく難しいでしょう。でも、どもりながらも、したいことを見つけ、一所懸命取り組んでいくうちに、自然に変わっていくと僕は思います。そういう人をたくさん見てきました。吃音の原因、治療の研究はこれまで長く続けられてきました。あの、ヴァン・ライパーも、晩年、「自分自身も含め、誰ひとりの吃音を治せなかった」と言っているのです。ことばの教室の担当者であるみなさんが治せなくて当然です。治したいとことばの教室を訪れる子どもや保護者の前で「吃音は治りません」と言うことができないとおっしゃる担当者がおられますが、「私は治せません」は言えるのではないでしょうか。そこからが出発です。子どもの変わる力、自然治癒力は信じていいと思います。
◎どもる人の悩みは、実は、どもれない悩みです。僕が学童期、思春期にこんなに深く悩んだのは、どもりたくない、隠したいと思い、話す場面から逃げたからです。高校のとき、大好きだった卓球部を、自己紹介があるだろうからという理由で辞めてしまいました。どもりながら自己紹介したってよかったのに、そうしていたら、大好きな卓球を続けることができ、違った高校生活を送れていただろうにと思います。この逃げの人生は、アドラー心理学でいう、人生の課題から逃げることに通じます。
◎どもる子どもを「吃音と戦う戦場」に送ってはいけません。音読の練習をし、少し上手になったときに、よかったねと言ってしまえば、どもらなくてよかったになり、どもることはいけないことになってしまいます。どもりを治す有効な方法がないのに、どもっていたらダメだとなると、逃げるしかなくなります。どもっていても、したことをし、言いたいことを言い、自分の人生を生きることを子どもたちと共に学んでください。吃音と戦う戦場に送ると、子どもたちがどうなるか。金鶴泳の「凍える口」を読むと、そのつらさがよく分かります。
◎幼児期に訓練をしてきた子どもが、小学校に入学し、ことばの教室に通うこともあるでしょう。保護者は、幼児期と同じ訓練を求めるかもしれません。でも、ここは教育の場だから、子どもがどう生きていくかを、教育のプロとして支援していくと、毅然とした態度で話してほしいのです。吃音は、医療モデルではなく、教育モデルとして扱うべきです。
◎子どもと吃音について学んでください。『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』(解放出版社)にいろいろなエクササイズが載っています。吃音の治療の歴史、ジョンソンの言語関係図、シーアンの吃音氷山説、対話をすすめるための吃音チェックリストなど、担当者と一緒に学んでいきましょう。失敗してもいい、傷ついてもいい、小学校の中のことばの教室という安全な所で、いっぱい失敗し、傷ついて、それでも、そこから立ち直っていく子どもに育てましょう。そういう吃音哲学を、生きる上での武器として、子どもに持たせてほしいのです。吃音哲学は、音読がすらすらできることなどよりはるかに大きな、この不確実な激動の時代を生きる子どもにとって、生きる力となるでしょう。
質問の時間がなくなるくらい、時間をオーバーして話しました。
実は、この前日、熱が出て、体調は万全ではありませんでした。当日の朝、熱は下がっていました。僕は、大勢の参加者の前に立ち、そのとき生まれてくることばを紡いで、あふれる思いを一気に話しました。このような話す機会をいただき、とてもありがたかったです。礒谷淳子さんにはとても感謝しているのです。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/12/18







