千葉吃音三昧の日 二日目 千葉県吃音学習会&相談会 2
千葉県吃音学習会&相談会の続き、午後の部です。
午後の部は、1時30分から始まりました。質問の順番がまだ全員回っていなかったので、続きからスタートしました。
ことばの教室の担当者が、担当している子どもからの質問を預かってきてくれました。
「僕は、伊藤さんの本を読んで、吃音は能力だと思うようになりました。伊藤さんは、本を作ったとき、どんなことを思いましたか? どんなことを思って、本を作ったのですか?」
質問してくれた子どもは、『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版社)を読んでくれたようです。僕は吃音に関して、何冊も本を書いていますが、これが一番書きたかった本だと思っています。小学2年生から21歳までの学童期、思春期が、本当に苦しくて辛かったからです。そのときの自分自身に向かって、叫びにも似た思いで書き切ったのだろうと思います。
この質問には、こんなふうに答えました。
「吃音を否定しないでほしい」が一番書きたかったことです。吃音があるとダメだと本人が思ってしまうと、吃音を隠し、話すことから逃げてしまう。そうすると、悪い生活習慣になってしまう。そうではなく、どもりながら、したいこと、すべきことをしていこうとすれば、吃音は人生の妨げではなく、むしろ、吃音が助けてくれることが多い。吃音を入り口に、いろんなことができる。僕はそうだった。吃音からいろんなことを学んだし、吃音に助けてもらった。だから、僕が本を作るとき、一番思ったことは、「吃音をかわいそうだと思わないでほしい」ということ、これに尽きます。
もうひとり、担当者が、保護者とどう吃音の話をしていったらいいか、何かヒントがあればと質問しました。どう話を切り出し、どう展開していくか、ですが、ちょうど午後から参加した保護者がいたので、僕とのやりとりを直接見てもらうのが一番いいだろうと思い、担当者から保護者の方へ椅子をくるりと回し、保護者からの質問を受けることにしました。急に話をふられた保護者はびっくりし、「私は後でいいです。その担当者の話を先にどうぞ」と言われましたが、「保護者とどう話をすればいいかとの質問なので、これでいいのです」と返し、対話が進みました。
保護者は、途中から涙ぐみながら、こんな話をしました。
「小学校に入学前に療育センターで指導を受けていた。小学校に入学してことばの教室に行くことになった。センターでは、言語訓練しましょうと言われ、ことばの教室では吃音を受け入れましょうと言われ、方針が全く違うので、親として困ってしまう。親は分からないから、助けてほしいと思っているのに、専門家はみんな言うことが違う。
息子がどもっているとき、ゆっくり聞いてあげよう、支えていこうと思う。でも、ずうっとつきあっていると、しんどくなる。何が言いたいのか分かることもあるけれど、最後まで聞かないといけないと思うから、聞いている。でも、時間がなくていらいらしたり、焦らしたりしてしまう自分がいる。表面では「あなたはあなたのままでいいよ」と言いながら、本音はスラスラしゃべってほしいと思っている。この私の本音は、きっと、息子にもバレているだろう。本心からそのままでいいよと思いたいのに、そうできない自分がいる」
僕は、自分の両親の話をしました。僕の父親はどもる人でした。母親は、どもる父親を夫とした妻です。自分の子どもである僕がどもっていることに気づかないはずがありません。でも、何も言いませんでした。悩んでいたことは分かっていたはずなのに、いっさい吃音に触れることはありませんでした。それどころか、中2のとき、僕が治すための訓練をしているとき、「うるさい! そんなことしても、治りっこないのに」と言いました。そのときから、僕は、学校にも家庭にも居場所がなくなったのです。この話に、保護者は、「気にしないでほしいと思っていたのかもしれませんね」と言いました。そして、「両親にどうしてほしかったですか」と尋ねました。
僕は、静かに「がんばっているねと思ってほしかった」と答えました。その後、いろんな所でこの話をして、両親が吃音について触れなかったこと、放っておいてくれたこと、しっかり悩ませてくれ、それでもなんとか立ち直っていくだろうと信じてくれたことは、ありがたいことだったと思うようになりました。僕は、心から両親に感謝しています。子どもはいろいろな経験をしながら成長していくだろうと思います。親にしてもらって、うれしかったことは、おいしい弁当を作ってくれたことや病気の時看病してくれたことです。つまり、普段の生活、食事や生活上の安全に気をつけること、それだけで十分です。親に愛されているという実感は、生きるエネルギーになります。親は子どもを愛しているだけでいい、僕はそう思います。目の前で子どもがどもると、心は揺れ動くでしょう。それは、当然のことです。そんな自分を否定せず、揺れ動いている自分を認めながら、それでも、子どもを信じていきましょう。子どもの話をしっかり聞いて、対話をすることしかありません。忙しくて、聞けないときは、「今は聞けないから、後で話してね」と言って待ってもらいましょう。待てる子どもになってほしいです。
そんなやりとりをして、また、くるりと、担当者の方に向き直り、「幼児期に言語聴覚士に出会い、指導を受けている保護者と話すとき、これまでと違う方針にもっていくのは難しい。でも、自分の伝え方で、伝えていくしかない」と言いました。今、見てもらったのは、僕の伝え方です。ひとつの参考になればと思い、急遽、やりとりをしました。
理解してもらえない場合もあるでしょう。でも、根気よく続けていくしかありません。
ことばの教室では、どんなに環境が悪くても、自分は吃音とともに生きていくんだという覚悟をもつ子どもに育ててほしいと、僕は願っています。
ほかにもたくさん質問が出て、終了の午後4時過ぎまで続きました。
僕にとって、とても豊かな時間でした。真剣勝負の、おもしろい時間でした。一緒に場を作ってくれた参加者のみなさんに、感謝しています。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/12/15




