千葉吃音三昧の日の1日目~千葉市立高洲第三小学校・真砂西小学校合同グループ学習
千葉吃音三昧の一日目は、ことばの教室訪問です。
12月5日(金)、伊丹空港から東京へ飛び、羽田空港からリムジンで、稲毛海岸駅へ行き、そこから会場の千葉市立高洲第三小学校へ向かいました。ことばの教室には、子どもたちが集まってきていました。
いつものように、円く輪になり、子どもたちからの質問を受けました。
これまで、僕は、「伊藤さんは~ですか?」と、子どもから質問を受けると、すぐに答えないで、「どうしてそんな質問をしたの?」とか「君ならどうする?」と返すことがよくありました。そのことを知っている担当者は、質問を考える子どもに、自分ならどうかということも考えておこうという話をしてくださっていたようです。子どもたちは、「自分ならこうだけど、伊藤さんはどうですか?」と質問内容をまとめておいてくれました。そのおかげで、対話の形がとりやすかったようです。子どもたちからの質問は、こんな質問でした。
1.伊藤さんが初対面の人に吃音について分かってもらうためにしていることはありますか。
「君はどうしているの」と尋ねると、相手に吃音について説明しているとのことでした。僕は、「僕なら何もしない。ただどもってしゃべるだけ。それでいいと思うけど、説明しなきゃいけないかなあ」と返すと、「知ってくれている方が安心だから」と返ってきました。「初対面と言っても、これから会う人と会わない人がいるんだから、友だちになりたいと思う子には言ったらどうかな」と言ったのですが、本人は、そのつもりで、分かってほしい友だちには「言葉を繰り返すことがあるよ」と伝えているのだそうです。
2.伊藤さんは、話しやすい環境をどうやって作っていますか
僕は、「君にとって話しやすい環境ってどういうもの?」とまず聞きました。何も気にせず、しゃべれる環境だそうです。僕は、ひとりでもいいから、本当に仲のいい友だちを作ることをすすめました。その子と一緒に遊んだり勉強したりしているうちに、別の子とも友だちになれるかもしれない。ひとりずつ輪が広がっていけばいい。みんなに分かってもらうことを考えないで、ひとりから始めよう。そこから少しずつ広がり、みんなと仲良くなってしまえば、いい環境になると思います。
3.子どもの頃、どもる子どもと会いたかったですか。小学2年生から、本当に友だちがひとりもいなかったのですか。
事前に、「吃音ワークブック」などを通して、僕のことを勉強していてくれたから出てきた質問でした。小学校2年生の秋の学芸会の話は、その勉強の中で知ってくれたようです。僕は、同じようにどもる子どもと出会いたかった、同じようにどもる子がいると知っていたら、あんなに悩むことはなかったかもしれません。友だちはひとりもいなかったと思い込んでいた僕ですが、60歳ころ、中学校の同窓会に行ったとき、何人もが声をかけてくれて、遊んだ話を聞かせてくれました。「誘えばよかった」と言ってくれた人もいました。正確には、ひとりぼっちだと思っていたけれど、本当はひとりぼっちではなかったのかもしれません。
4.初めてどもる人に出会ったときはどう思いましたか。
実は、父親がどもる人だったので、どもる人には会っていたんだけど、父親なので、友だちではないです。21歳のとき、吃音を治すために東京正生学院に行ったとき、たくさんのどもる人に会いました。みんなすぐに話しかけてくれました。すごくうれしかったことを今でも覚えています。
5.仕事のときにどもって、人を待たせているとき、どんなことを思いますか。どんな気持ちになりますか。
この質問をしてくれた子は、僕がカレー専門店をしていたことを知っています。接客中にどもったら、自分なら「どもってしまって、すみません」という気持ちになるというのです。この「すみません」のことばの意味は、「あなたの時間をとってすみません」であり、「待たせてすみません」だとのことでした。
この質問には、厳しいことを言ってもいいかと前置きをして、話をしました。
10年以上前になりますが、静岡のキャンプに来ていた女子高校生が、どもるたびに「すみません」を連発していたので、それはやめようと提案したことがあります。
①頭を上げて、相手の目を見てどもること
②どもったとき、絶対に「すみません」とは言わないこと
このふたつだけを心掛けて、残りの高校生活を送るように提案しました。
1年後に会ったとき、彼女はずいぶん変わっていました。おどおどと下を向いていた彼女は、もちろんどもるけれど、相手を見て話をしていました。どもることは「すみません」と言わなければならないことではないから、やめませんかと話をして、僕は、さらに「すみません」ということばはどうして出てくるのだろうか、考えてみようと提案しました。人に迷惑をかけたからというけれど、どもることが迷惑をかけると考えたら、どもる人は生きていけなくなります。「すみません」のことばのもつ暴力性を、僕は話しました。難しいことだと思うのだけれど、もっと障害の重い人もいます。その人たちは、ずっと「すみません」を言い続けなければならなくなります。そうではなくて、お互い様という考え方になれたら、みんなが生きやすくなるのではないでしょうか。「すみません」の代わりに何かいいことばを考えたいです。子どもたちからは、「気にしないで」とか「ありがとう」のことばを普段から使っていこうという意見が出ました。
6.どもったとき、相手の反応が気になります。伊藤さんは気になりますか。もし、ならないなら、どうしたらそうなるか方法を教えてください。
他人の反応は、自分ではどうすることもできません。だから、そういうどうしようもないことは、あきらめる方がいいと僕は言いました。自分でなんとかなることをがんばったらいい。僕がどうしてそう思えるようになったかというと、ずうっと悩んでいて、しっかり考えるということをしてこなかったからです。損な生き方をしてきたと思っています。だから、人の目は気にしない!と決めることです。決めても気になるときもあるけれど、また、気にしない!と決める。自分ができることを一生懸命することが大事だと思います。(つづく)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/12/11




