治らずして、治った

 どもる覚悟ができたきっかけは?との質問に、デイヴィッド・ミッチェルさんは即座に「絶望です」と答えました。そして、覚悟ができるまでの吃音との闘いを「内戦」と表現しました。
 2013年、オランダで開かれた第10回どもる人の世界大会で出会ったミッチェルさんのことは、10年以上経った今でも鮮明に覚えています。吃音との付き合いの歴史、転機、大切にしたいこと、今後の展望が、僕とよく似ていたからです。「スタタリング・ナウ」の読者に何かメッセージをとお願いしたものと、イギリスのオブザーバー紙とオランダ人文科学・社会科学研究所の機関紙36号に同時掲載されたものを特集した「スタタリング・ナウ」2013.10.23 NO.230 を紹介します。まず巻頭言です。

  治らずして、治った
                    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「シンジさん。私、シンジさんと話したくて探していました。話の輪に加わってもいいですか」
 2013年6月、オランダで開かれた第10回どもる人の世界大会の7人の基調講演者の中で、目玉とも言うべき、世界的に著名な小説家、デイヴィッド・ミッチェルさんが、日本語でこう話しかけ、私たちの夕食の席に入ってきた。
 もちろん私たちも話したかったが、誰もが話したい人気者なので、話す機会などないと思っていた。突然の訪問には驚いたけれどうれしかった。吃音についての話は尽きず、楽しく豊かな90分があっという間に過ぎた。
 ミッチェルさんは、私の基調講演の「吃音否定から吃音肯定への語り~ナラティヴ・アプローチ」の大会資料の講演要約を読み共感し、私と話したいと探していたのだ。このような著名人と話す時、私たちからの質問に相手が答える形が多いが、ミッチェルさんは違った。私たちにとても関心を示し、いろいろと質問をし、私たちからの質問にも丁寧に答えて下さった。
 同じような経験をしたからと言って、共感し、分かり合えるとは限らない。吃音の体験を踏まえながらも、吃音の取り組みについての考えは、大きく異なることが多い。吃音が治っておらず、吃音が自分の力ではどうしようもないことを経験を通して熟知しているであろう吃音の吃音研究者や臨床家の中にも、「少しでも、吃音の軽減を目指すべきだ」と考える人は少なくない。また、どもる著名人で、吃音について率直に語り、どもる人の力になろうとする人は少ない。
 ミッチェルさんとは、経験がわかり合え、今後の展望も共通していた。そして、小説家として、活動すると同時に、13歳の自分には戻れないが、今悩むどもる少年の励ましになればうれしいと、13歳のどもる少年を主人公にした小説を書いた。
 そして、小説家であると同時に、どもる人への応援ができるのは、とても生き甲斐のある仕事だと楽しく話していた。これも、私が吃音親子サマーキャンプを続け、自分が苦悩した学童期・思春期の子どもたちに、「どもりは治らない、どもりと共に豊かに生きよう」のメッセージを送り続けるのに似ている。体験もよく似ており、吃音への思い、どもる人、どもる子どもへの思いが、ほとんど共通していることがとてもうれしかった。
 「吃音を治すではなく、吃音と共に豊かに生きる」という、私たちと同じような考えに至ったきっかけ、どもる覚悟ができたきっかけは何だったのかを質問すると、ミッチェルさんは、瞬時に「絶望です」と答えた。
 自分の内にある、自分自身でもある吃音を治そうとし、どもらないようにしたいと闘ったことを「内戦」と表現した。これ以上闘えば自分が壊れると絶望し、吃音との闘いには勝てないと、内戦に終止符をうったとき、人生は変わり、さらには、吃音そのものも変わっていった。吃音そのものが変わっていったことも私とよく似ている。
 「私たちのニュースレターに、何かメッセージを書いていただけませんか」と厚かましくもお願いしたところ、これも瞬時に「喜んで」と約束し、メッセージを送って下さった。
 そのメッセージとともに、ある新聞に掲載された記事も紹介するが、そのタイトルは、「どもらない、どもる人になるには」だった。この意味は深い。全文を読めばよく分かるのだが、タイトルだけを読むと、「どもらないようにする」と受け取る人がいるかもしれない。アルコール依存症の友人は、「アルコール依存は治らないが、断酒を続けることはできる」という。これは、私が最近言い始めた、「どもりは治らないが、治(おさまる)ものだ」と同じ意味合いのものだ。
 親鷺と弟子の唯円を描いた戯曲『出家とその弟子』の作家・倉田百三は神経症になり、森田正馬の指導を受けて、「治らずして、治った」と言う。
 吃音は、治そう、軽減しようではなく、治らないと認めたところから新しい人生が始まるのが、洋の東西を問わずに共通するのがおもしろい。(「スタタリング・ナウ」2013.10.23 NO.230)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/11/26

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