第27回島根スタタリングフォーラム 1日目 保護者との時間
島根スタタリングフォーラムは、自然の家の所員のオリエンテーションの後、流水真理子さんの出会いの広場からスタートしました。流水さんは、この島根スタタリングフォーラムの出会いの広場を20年前くらいから担当してくださっています。手拍子をうまく使い、リズムよく参加者をリラックスさせていきます。毎回、僕はすごいなあと思いながら見ています。次々と繰り出されるエクササイズが立体的になってきたような気がしました。今も研修を積み重ねて、その上あちこちで実践されて、腕を磨いておられます。
昼食のとき、山口県の「ののはなクリニック」から紹介されて参加した女子中学生とその母親と、個人的に少し話す時間を作りました。翌日、部活の行事があるため、宿泊せずに帰ると聞いたので、時間を設定したのです。自分の課題もしっかり分かっている中学生でした。このフォーラムに参加したことで、何かつかんでくれたらと思いながら、彼女に質問したり、僕自身の体験を話しました。夜の部が終わって帰るとき、二人であいさつに来てくれましたが、いい笑顔のふたりでした。
午後からは、親と子どもが別々の活動です。僕は、保護者を担当しました。はじめに、ひとりひとり簡単に自己紹介してもらいました。僕も、「皆さんは、世界でも極めて珍しい珍種に出会っているんですよ」と言って自己紹介しました。笑いが起こりますが、本当に珍しいのです。吃音の治療・改善を目指さないで、共に豊かに生きていこうなんて言っている人は世界中どこを探してもいません。なぜ僕以外にいないのか、僕には不思議です。原因もわからず、治療法も確立していないのだから、それしか方法はないと思うのですが。そんな吃音への取り組みに新しい選択肢といっていいのか、薬物療法が話題になっていると聞きました。その話を聞いたとき、僕は唖然としました。昔、「風邪薬のように、ルル三錠のように…」と冗談で書いたことがありますが、ついに、ここまで来たか!という感じです。
いつものように、質問を出してもらうことにしました。でも、「何か質問はありませんか?」と聞いても、なかなかしにくいようです。どうも、日本人は、すばらしい質問をしないといけないと思っているようです。こんな質問をしたら笑われるんじゃないだろうかと考えてしまうと、質問はできなくなります。どんなに小さなことでも、どんなに初歩的なことでも構わないからと念を押して、質問を出してもらいました。
印象に残った話題を紹介します。
全国各地に、どもる大人や、どもる子どもや保護者などの集まりができてきました。吃音で悩んでいるのが自分だけではないことを実感できる場になっているようです。僕たちの主催する吃音親子サマーキャンでも、子どもたちはまず、ひとりではなかったことに安心したと言います。僕は、このことが、吃音とともに生きていくスタートになると思っています。でも、そこから、どうすすんでいくか、どんな活動をしていくかは、様々です。どもる子どもへの理解を広げようと、リーフレットを作り、学校や病院に置くという活動をする人たちもいます。理解が広がることはありがたいし、喜ばしいことです。でも、それと同時に、ひとりひとりが自分の眼の前の人に理解してもらえるよう、自分のことばで自分を語っていくことが大切になってくると、僕は考えています。
そこで、僕は、言語関係図を紹介しました。X軸はいわゆるどもる症状、Y軸は聞き手の反応や環境、Z軸は本人がX軸やY軸をどう受け止めているか、です。X軸へのアプローチは難しいというのは共通です。では、Y軸はどうか、周りがいい聞き手だと話しやすいので、Y軸へのアプローチは大事だとなります。でも、ここで止まっていていいのかと、僕は思います。理解してほしいと願うことはいいけれど、周りの理解がなければ何もできないということになれば、大変です。いかにどもっていても、いかに聞き手が悪くても、自分は自分の人生を生きるんだというZ軸へのアプローチが大切だと思うのです。吃音のせいにせず、周りの理解のなさのせいにせず、自分の生き方を見いだしていく子どもに育てたいと思います。
すると、ひとりのお母さんがこんな話をしてくださいました。お母さん自身もどもる人で、自分の息子もどもります。
そのお母さんは、自分の母親から、どもるようになったことを謝られたことがあるそうです。息子にそのことを話したら、息子は、「治らないなら死んでしまいたい、生まれ変わってやり直したい」と言ったそうですが、このフォーラムに参加してから、すっきりしました。中学校入学のとき、学校側に説明しようかと言うと、息子は、「自分が言いたい思う子には、自分が伝える。1回だけ言う。それで分からないのなら、そんな子とは友だちにならん」と言ったそうです。Z軸がしっかり育っているなと、うれしくなりました。 この話を聞いて、僕は、サマーキャンプで出会った2人の子どもの話をしました。
僕たちは、自分ではどうしようもないもの、吃音というテーマをもってしまいました。他の人はそれぞれほかのテーマを持っています。それは、僕たちが生きていく上で考えなければならないテーマです。明確なテーマがあることは、幸せなことだと思います。
笑いあり、涙あり、の保護者との時間でした。(つづく)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/11/16

