《特集:親の体験・親の気持ち》レジリエンスを育てる
明日から、第7回ちば・吃音親子キャンプです。今日、千葉入りしました。
改めて、早7回目か、と感慨深いものがあります。僕たちの仲間である千葉のことばの教室担当者の渡邉美穂さんが、滋賀のキャンプに長年参加してきて、千葉でも滋賀のキャンプのようなことがしたいなと思い、周到な準備をしてきて、7年前に始めました。僕は最初から講師として参加しています。ちばキャンプの文化が根づきつつあると思っています。
さて、今日は、二人の親の体験を紹介します。最初の森田さんの息子の俊哉さんは、今、吃音親子サマーキャンプの常連スタッフです。忙しいスケジュールを調整して、必ず参加してくれます。もう一人は、『どもる君へ いま伝えたいこと』を読んで、感想を送ってくださいました。こんな感想を読むと、本を書いてよかったなあと心から思います。
よくここまで
静岡県静岡市 森田政子
息子俊哉は大学2年生、今年成人式を迎えました。そして今も現役のどもりです。
私達が「吃音」と出会って13年が過ぎました。
小学校1年生の7月、あと2~3日で夏休みになるというある日、「…」口を開くのに声が出ないのです。その頃の私には吃音の知識はなく、ただただ驚き、担任の先生に連絡をしました。学校でも同じ症状が出ていました。疲れかな?と思い、夏休みの間に治るのではと思っていましたが、どんどんひどくなり、2学期が始まるときには名前も言えない、ブロックの状態でした。
その後はチックや随伴動作が出たり、とにかくひどい吃音が続きました。話すことや発表が好きなので吃音も目立ちました。それからはきっと、他のどもる子どもと同じように自己紹介、朝の健康観察、音読、九九、と苦しみ、私も他のどもる子どもの母親と同じように、担任が変わる度に会いに行ったりと一通りのことはしました。母としてその程度のことしかできませんでした。
いろんな先生がいました。
「しゃべれなくてもパソコンがあるから大丈夫ですよ」
「ことばの教室に行くのは本人のプライドが傷つきますよ」
「(参観会で)お母さん、恥ずかしいでしょうから・・(手を挙げても指しませんよ)」等など。
でも、比較的親身になってくれる先生が多かったのでしょうか。自腹で滋賀県で行われる、吃音親子サマーキャンプに参加してくれた先生もいました。
ただ俊哉にとって居心地の良い学校ではなかったようで、中学校は学区外の中高一貫校を受験しました。もちろん面接はどもる子どもということで配慮していただきました。そして合格。
入学2日目。「どもるって知っていて合格になったんだよ。中学の先生たちが選んでくれたんだよ」と言って見送りました。しかし自己紹介でつまずき、俊哉の希望で私は担任の先生の所へ行きました。伊藤伸二さんの本を持って。学年全体に吃音について話をしていただきました。それが最後でした。
環境が変わり、友だちが変わりました。自転車も乗れないような子が、誘われてラグビー部に入りました。そのラグビー部が俊哉の中高6年間の居心地のよい居場所になりました。ラグビーは下手だけど一緒にいる友だちができ、可愛がってくれる先輩がいて「学校、楽しい」と初めて言ったのも中学生のときでした。小学生のときはいつも「どもり、大丈夫かな」と思っていたのが、中学生になり「ラグビー、ついていけるかな。ケガしてないかな」と変わりました。生活全般がラグビーになりました。それ以降、吃音親子サマーキャンが近づくと吃音について考えるくらいでした。
その頃になると、不思議とどもりがひどくなると思っていましたが、今になってみると吃音を気にかけるからひどくなったように感じただけで、常に俊哉の吃音はかなりのレベルを保っていたのだと思います。サマーキャンプも無事卒業し、あこがれの大学でラグビーをするために東京で一人暮らしを始めました。
上京する日、車で静岡駅まで送り、俊哉をおろし家に帰る途中、私は涙ってこんなに流れるんだと思うくらい泣きました。それは寂しさもありましたが、不安や心配でした。「自分の名前もうまく言えないのに、ひとりでやっていけるのかな。苦労するだろうな」などと考えてしまったからです。でも、俊哉はそんなことは気にせずマイペースに瓢々と一人暮らしを楽しんでいるようです。「心配するのが母親の仕事だから仕方ないね」と俊哉には言われています。
昨年末、友人の父親の葬儀で、久しぶりに会ったラグビー部の友人に「俺にまでどもってどうする」と突っ込まれ照れ笑いをしていました。
小学4年生のとき、静岡のわくわくキャンプで伊藤伸二さんと出会い、初めてどもる大人に会いました。伊藤さんに魅かれ「あと○ヶ月でサマキャン、伊藤さんに会える」と励みにし、一年分の元気をもらい、なんとか乗り越えてきました。
そんな俊哉も20歳、とても頼もしくなりました。サマーキャンプなどで出会うどもる子どもの症状は、俊哉のどもりと比較してしまう私からみたら「どこが、どもるの」と思うくらいでした。でも吃音の問題は、症状ではなく隠れた部分なのだと思います。私が初めて聴いた伊藤さんの講演は氷山の一角の話でした。そのときはなんとなく頭でわかっただけでしたが、今は心から実感しています。
俊哉の吃音症状は変わりませんが、吃音で悩むことはなくなりました。これから就職活動があります。またドキドキの日が始まりますが、俊哉は全く気にしていないようで「面接でお茶を出されたら飲むほうがいいのかな?」「コーヒー飲めないんだよな」などと言っています。さすがです。
本当に長く辛い日がありました。でも良い出会いがありました。周りの人々に助けられました。吃音親子サマーキャンプで多くの人に出会い、楽しい体験をたくさんしました。俊哉のいろいろな姿を見ることができました。今はあの辛かった頃が良い思い出です。今苦しんでいる子も親もたくさんいると思います。でもきっとその苦しみは報われるし、思い出になる日がきます。
ただ、どもる子ども本人の本当の心は私にはわかりません。でも俊哉の力を信じているし、もしひとりで乗り越えられなくて少しでも私の力を必要としてくれる時がきたら、母として受け止められるように準備万端にしていたいと思っています。そして、俊哉の吃音に悩み、生活の中心が俊哉になってしまい寂しい思いをしながらも、サマーキャンに一緒に参加したり、学校(高校まで同じなので)での様子を見守って支えてくれた姉・友梨奈にも感謝しています。一緒だったから、きっと乗り越えてこれたのだと思います。
いつか、俊哉の子どもと親子3代で、友梨奈も一緒に吃音親子サマーキャンプに参加することが森田家の「予定」に入っています。サマーキャンプでお会いしたら、是非声をかけて下さい。
『どもる君へ いま伝えたいこと』と出会って
広島県広島市 永田敬子
この本に出会えたことを感謝せずにはいられません。どうしても伊藤伸二さんにお礼を伝えたくて、突然のことで失礼ですが、手紙を書きました。
私には、7歳の男の子、5歳の女の子、2歳の女の子の3人の子どもがいます。
7歳の息子がどもり始めたのは、3歳前でした。
すぐに保健師さんに相談しましたが、「自然に治るので、言い直したりせず、気づかないフリをするように」と、アドバイスを受け、そのように過ごしました。
幼稚園に入園しましたが、どもりが目立つときとそうでないときと波がありました。園の先生には、子育て相談などで、気になる都度、相談しましたが、皆一様で、「成長と共に治る」「気づかれないように過ごして」とのことで、気になりながら何もできないまま、月日が流れました。
3歳でどもり始め、小学校入学するまでの間、私の両親からも主人の両親からも、「母親が厳しいからだ」「母親の本の読み方が早いからだ」「夫婦仲が悪いからだ」「第2子との間が近いからだ」「もっと子どものことを考えろ」
散々言われ、とても傷つき、私は自分を責めるようになり、理解してくれない夫とよく口論になり、どもる息子へも腹が立つこともありました。
長男が1歳になったとき、育児休暇が終わり、仕事復帰しなくてはならなくなりました。1歳半で次の子が生まれ、同時に夫が2ヶ月も海外出張になり、母子2人きりの生活が始まりました。日中、保育所での生活のため、帰宅すると母親べったりで家事ができず、常におんぶをしていました。安定期に入る前の長時間のおんぶで、流産しかけ、夜中の家事や慣れない部署で無理をし、私は肺炎になりました。入院が必要なのに、1歳になったばかりの息子を預けるところがなく、毎日、息子を連れて点滴に通いました。息子も風邪などで発熱が続き、職場でも復帰したばかりの病欠で、休みたいとの電話にも出てもらえないほど冷たくされ、毎日泣いて過ごしました。
手を借りられるところが全くない。こんな不幸なことはないと思っていました。妊娠中の肺炎治療などで、医師からはお腹の子は流れるかもしれないと言われ、覚悟もしていました。
そんな中でも、長男は、「本を読んで」「だっこして」「お腹すいた」「遊んで」と親に甘えてきます。要求してくるのが子どもの自然なことだとは頭では理解していても、当時、心身共にまいっており、余裕がなかったので、無視したり、ヒステリックに怒鳴ったり、拒絶したこともあります。全く恥ずかしく、情けなく、子どもの寝顔を見ては、自分を責めている全く笑顔のない母親でした。
2ヶ月後、夫が海外から帰宅してからは、我慢していたものがどっと怒りとなり、夫を攻撃し、毎日のように夫婦ゲンカとなりました。
それでも、あきらめていた子を出産し、新たな気持ちで育児を始めましたが、完壁主義の私は、赤ちゃんは静かに寝かせ、長男は外遊び。手作り料理とおやつ。絵本の読み聞かせ、トイレトレーニング。今思うと、到底無理なことをやっていたのです。赤ちゃんが寝ているときには、大きな声を出したり走ったり跳んだりする長男を叱っていました。
下の子が1歳になって、少しペースがつかめてきました。そして、話し始めるようになり、どもり始めました。両方の両親から、「母親のせいだ」と言われ、思い当たることだらけの私はみじめでした。どもるのを耳にするたびに「私が悪い、私のせいだ」と責められているようでした。
小学校入学。かなりどもりが目立ち、随伴症状が出てきました。私は、どもりを隠すことを考え、どもりというハンディをもつ息子には、他で自信をもってほしいと、たくさんの習い事もさせました。
私と息子に転機がやってきました。担任の先生との出会いです。まだ若い先生ですが、以前、吃音について勉強する機会があったとかで、息子のどもりや随伴症状に気づいてくれ、「ことばの教室」のことや、どもりについて教えて下さいました。
同じ条件でも吃音が出る子と出ない子がいる。親のせいだと思わないで、と。初めて、私だけのせいではないかもしれないと、ほんの少し救われました。現在、ことばの教室へ通級しています。
長男のどもりは、「ぼく」と言うとき、「ぼ、ぼ、ぼく」となったり、首をふる随伴症状だったり、「…」と、出なかったり、いろんなものが混ざっています。音読であまりどもらず、計算カードではかなり悪戦しています。でも、長男はとても明るく活発で、誰とでもお友だちになれ、時間があれば外で年上の子とも遊び回り、教室でも発表もどもりながらどんどんしています。本人の性格もあるでしょうが、担任の先生に恵まれました。どんなにどもっても見守り、他の子と同じように発表もさせて下さる。本当にありがたいです。
それでも、クラスや近所の子どもたちに「どうしてそんな話し方なん?」「普通に話して」と言われたり、からかわれたり、真似をされ、「やめて」と言っても止めず、悔しがり、傷つき、大泣きをしています。私が話を聞き、必要なときに担任に連絡をとり、対応してもらったりしています。
「お母さんは100%味方、どうしても意地悪な子がいて、学校へ行けなかったら、転校も引っ越しもできるから、何でも話してよ」
「この子は吃音に負けない何かを持たせなくては。目立たないように何かできることを探さなくては」と、今まで以上に「吃音を治す」ことを考えていました。
治療の本を読みまくり、ことばの教室の先生、担任の先生に治療法はないかと聞くたびに、「治療より、受け止め方ですよ」と言われてました。でも、このときはまだピンと来なかったのです。
そんな中で伊藤さんの『どもる君へいま伝えたいこと』(解放出版社)に出会いました。やっと出会った。そう感じました。今まで手にしていた本とはまったく違う。何かスーッと心に入ってきたのです。
私の今までの考え方自体が間違っていたと気づかせてもらいました。正直、まだ気づいたところ、方向がぼんやり見えかけてきたところで、理解できたかと言われると、少し不安ですが。ただ、早い段階で、息子が話すことをやめる前に、随伴症状を「その動作は目立つからやめた方がいいんじゃない」と言わずにすみました。コミュニケーションの一つのしゃべることはやめてほしくない。
長男はとても話し好き。本を読むことも大好き。知ったことをお友だちや家族に説明するのも大好きなのをつぶしたくないです。
『どもる君へいま伝えたいこと』を書いて下さり、本当にありがとうございました。この本に出会えたこと、本当に感謝しています。今なら担任の先生方が言って下さった「受け止め方次第」の意味が分かるように思います。
息子に読んでやりました。読みながら涙があふれました。息子も「ボクの気持ちと同じ」と泣いています。親子で大泣きをします。悲しいとか、悔しいとかではなく、あー、分かってくれる人がいる、という自分が自分でいられる安心感のような、心が洗われるような、伊藤さんの温かなことばが私たちを包んでくれました。息子の涙は、私のものとは違うかもしれません。でも、一つだけ分かったことがあります。息子がどもりでよかった、とは思いません。でも、どもっていなかったら、こんなに細かく息子を観察したり、親子で話し合ったりしていなかったかもしれません。
息子が小さいとき、十分に甘えさせてやれなかった私の未熟さ。母親であるまじき行為。悔やまれることは山ほどあります。やはり、これらがきっかけの一つになったと、今でも思っています。そうであっても、過去は変えられない。だからこそ、これからは、息子の迷いがあったとき、困ったとき、すぐに耳を傾けられる、そんな母親になりたいと思います。
息子が何度も何度も「読んで」と言います。小学校1年生の息子にはまだ読めない漢字が出てくるので一人では読めません。そこで、我が家では『どもる君』を2冊購入しました。一冊は家族用にリビングの本棚へ。もう一冊は息子専用にです。息子専用には、全ての漢字に読み仮名を書こうと、今、取り組み中です。宇があまりに小さくて肩こりになってしまいました。(笑)でも、母として、やるべきことがあるのがとてもうれしいです。
息子がこの本を開いて「少し心が軽くなった」と言っていました。
突然のお便り、乱筆乱文、誠に失礼しました。お許し下さい。最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました。今まで本と出会ってこんなに感激したことがなかったので、この本を出して下さった伊藤さんにどうしてもお礼が伝えたかったのです。本当に本当にありがとうございました。どうぞ、これからもお元気で私たちのように、悩み苦しんでいる友だちを支えて下さいませ。(2011年3月20日) (了)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/10/03


