再び 副作用と副産物
「副作用と副産物」、このタイトルで文章を書いたのは、1982年7月17日のことでした。
吃音を治そうとすることで起こる副作用、これに気づかない臨床家の存在に危機感を持ったからでした。この夏も、ある研修会の討議の場で、「ゆっくり話す話し方を訓練指導しようとするのですが、子どもが嫌がるんです」と言うことばの教室担当者がいました。したくない訓練をさせられる子ども、副作用が明らかな指導を受ける子どもの姿に、心が痛みます。
43年前に書いた僕自身の文章に、大きく頷く僕がいます。(「スタタリング・ナウ」2012.9.20 NO.217)
再び副作用と副産物
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
30年前、日本吃音治療教育連盟(望月勝久事務局長)の会誌「新・吃音研究」の巻頭言への執筆を依頼された時、私は戸惑った。望月さんの目指す方向と、私の考えが正反対だったからだ。連盟の結成宣言と活動方針はこう謳われている。
「吃音の本質を解明し、科学的な治療教育の方法を確立し、吃音という障害をして、人類史の過去の記憶にとどめしめる」「吃音の撲滅に英知の挑戦をする」。
具体的には、「リズム効果法」の普及に心血を注いでおられた。リズム効果法は、「アノー、エー」などの連係語を入れて、どもらないように練習しようというものだ。
『「アノー、ぼくは、エー、たいへん、エー、アー、どもるんでエすが、アノーよろしくー」という連係語を40%くらい挟んでも音節を延伸しても、吃音が目立たない話し方ができれば、それでいいではないか。その程度の連係語なら至極ポピュラーなのである。誰の話もそうである。話し方を苦労して工夫しながら、「自分は、まだ、どもりはなおっていないかもしれない」と思っても、他人様が、どもりに気づかなければ万々歳で、そうなれば、社会人として、もはや吃音者ではない』
私財を投じての活動は、自分の吃音経験から来る、どもる人への愛情からきているのは疑いがない。しかし、善意だが、吃音を否定する動きに、私は反発し、大きな危惧を持っていた。
この夏、全難言協全国大会の吃音分科会で、愛知県の奥村寿英さんの発表に対して、統合的アプローチの軟起声(柔らかく、そっと声を出す)の実践や、ゆっくり話す指導をしようとすると子どもが嫌がるとの発言に、「副作用と副産物」の文章を思い出した。「アノー、エー」を頻繁に使えと提唱する望月さん自身は、それらを全く使わずに流暢に話す。自分は生活の中で絶対に使わないものを、どもる子どもにどうして指導できるのか。疑問や反発を抱いたあの頃の状況に、今、似てきたように思う。
巻頭言に書いた、副作用と副産物(1982年7月17日)の副産物の記述を抜いて紹介する。
―「3錠でどもりが治る」という、かぜ薬のように簡単に飲める薬があれば、また実際にそれを飲んでどもりが治ってしまえば、問題はない。しかし、実際にそのような薬はない。
これまでいろいろな吃音治療法が開発され、紹介された。その治療法に取り組むにあたり、それの持つ副作用および損失を充分に考慮しておく必要がある。従来、吃音治療にあたって、それは全く省みられることはなかった。治療を受け、吃音が治らなかった場合、その副作用はかなり大きい。治った場合ですら、その治療に費やす精神的、時間的、金銭的な損失は大きいものになっているといえよう。どもる人にとって、治療が本当に幸せにつながったのか、検討しておく必要がある。
吃音に悩み始める時期、また悩みの深まる時期、つまり吃音を治療したいと思う時期は、その人の人生設計にとって最も重要な時期と重なる。どもる人が吃音の治療を受けるのはそのような時期にあたっているということを勘案しないで治療に取り組むことはできない。吃音治療に励むことによって、吃音に対する拒否的・否定的な態度が強まる可能性がある。それがいつまでも吃音にこだわらせることになり、日常の生活上様々な場面で消極的になり、逃げの人生を歩む結果となりやすい。逃げの人生が、吃音治療からくる副作用だと言っていい。(中略)
実際、吃音は治りにくいものであり、治療するとなると長期になることを覚悟しなければならない。長期になっても治るのならまだいいが、いかなる治療法を試みても治らなかった人が圧倒的に多い。そう考えれば、「どもりが治らないと、自分らしい豊かな人生は送れないのか?」という疑問が出され、吃音治療とは違う立場の解決策が考えられるのは自然なことだ。それは、自分の人生に副作用が表れ、実際に損失を被ってきた成人のどもる人の側から生まれた。
「どもりが治ってからの人生を夢みるより、どもりながらも自分らしく豊かな人生を生きよう」と『吃音者宣言』は出された。「ひどくどもっていれば決して楽しい人生やより良い人生は送れないであろう」という立場に立ち、吃音そのものの治療を勧める声に対して、私たちは自らの人生をかけて、どもりながらも明るくより良く生きていけることを証明しようとしている。―
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2025/08/09

